英雄 10
リオンの立場からすれば敵だの味方だのと区別することはあってはならないだろう。
アスカリヒトが全人類の敵ならば、それを封じることが出来るリオンは言うなれば全人類の味方だ。
ただしそれは理想論でありどんなに博愛を掲げたところで相容れない者だっている。
全てを救おうとすれば救える者も救えなくなってしまうだろう。
そもそも人類が危機に瀕していることを知る者は現時点で殆どいない。
今まではそんなことを声高に訴えても狂人扱いされて終わりだっただろう。
アスカリヒトの復活まで残り三か月しかない今、どれだけ短期間で多くの人に事態を気づかせられるかが鍵となる。
立ち止まっている暇などなく、それは予め捨てる人間を決めておかねばならないということでもあるのだ。
「お前も、理解しているはずだ。世の中にはどうしても……協力出来ない者はいる。それを敵と割り切ったほうが、上手くいく。たとえ憎しみあっていなくても、よく知らなくてもな」
「…………」
「だからラーヴァリエは敵だ。単純に考えればいい。そこにどんな人間がいるかだとか、細かいことは……考えてもきりがない。敵は……多いほうがいい」
「うん。……知ってる」
たどたどしいロブの解に諦観を漂わせた返事をするリオン。
ロブの言っていることは滅茶苦茶だが意図を酌むことは出来ていた。
彼は戦場という地獄に人生の大半を預けて来た人間である。
その生い立ちを知っているという意味でリオンは返答したのだ。
知ってはいるが、理解は出来ない。
自己防衛だということは分かる。
リオンの身に置き換えるなら、救えなかった人たちのことを死んでも仕方がない存在だと割り切らなければ荷が重すぎるとロブは心配しているのだろう。
だがそれは巫女としてあるべき姿なのだろうか。
風が吹く。
夜への転換で風向きが変わったのだ。
浄化を急いだほうが良いかもしれない。
やり方はなんとなく分かっている。
「あれ、危ないから治してくるね」
察したロブがウィリーに合図を出した。
大方、城内の者にも浄化の光景を見せようということなのだろう。
ロブはそれを政治利用したいようだがリオンはそんなのはどうでも良かった。
自分には力があって出来ることが目の前にある、ただそれだけだ。
穢れた荒野に近づいていくリオンを見つけ浮浪者たちが何事かと酒を置く。
気の触れた商売女が自らを焼きに行ったのかと好奇の目で見守る集団を余所にリオンは虚空に流れる気脈を見た。
流石のリオンも既に広大な範囲が焼かれた野原を自身の魔力だけで浄化するのは不可能そうだったので最初から気脈の魔力を借りることにしたのだ。
ただ、気脈の魔力を使うということはそれなりの代償もある。
リオンの体から強い聖性が沸き起こると全ての人の目に光となって映った。
虚空から光を紡ぎだしたリオンが手を伸ばすと、差された箇所の穢れた大地が瞬く間に浄化されていく。
光の帯や珠の中を歩くリオンはまるで踊っているかのようだ。
ランテヴィア解放戦線の面々の間からどよめきが漏れた。
リオンの行為は人伝に広まっていき、いつしか帝都ゾアの城壁の上には帝都の住民や貴族の使者たちまで肩を揃えてその光景を見ていた。
更に奥ではエセンドラ城の見張り台にティムリートやバンクリフの姿もあった。
奇跡の光景を目の当たりにした人々は理由も分からず涙していた。
戦争の終わりに見たその光景がただただ美しかったからだ。
あの少女はいったい何者だろうかと口々に囁かれる。
中にはさっそく祈りを捧げている者までいた。
光が散っていく様子がまるで魂が天に還っていくように見えたからだ。
リオンの浄化の反魔法は大地だけでなく人々の心さえ清めたのだった。
光が消えた。
徐々に暗くなりつつある時間帯なので、明るいものを見た後だと余計に見づらいが荒野に充満していた穢れの気配は完全になくなっていた。
勤めを果たしたリオンが戻ってくると上空の薄雲から雫が落ちる。
それは次第に小雨となっていった。
「終わったよ」
「あれだけの範囲の穢れを……たったこれだけの時間で浄化したのか。驚いた……」
「あれだけの範囲とかいうならもっと加減してよ。おかげでほら、雨が降ったじゃない」
「ぬ? 浄化と雨になんの関係があるのだ?」
「気脈の中の魔力を適当に使ったから均衡が崩れたの。今は空とか、雨に含まれる魔力が優勢ってこと」
「気脈の魔力を消費すると天候も変わってしまうのか」
「ちょっと違うけど、まあそんな感じでいいよ」
「なんにせよ良くやってくれた。俺の尻拭いをさせてすまなかったな。だがリオン、お前の力は多くの者が見届けた。ここにいる全ての人間がお前が巫女であることの証人になったといってもいいだろう。もう少し力を貸してくれ。お前はこの国をまとめることが出来る」
「…………」
「……どうした?」
「私はまた普通に外で遊べるようになりたい。だからアスカリヒトを封印するために巫女として頑張る。ただそれだけ。だから巻き込まないでよ。私は誰の道具でもないから」
子供じみたリオンの反抗にロブは黙った。
だがロブもラグ・レもそれを咎めることなど出来なかった。
何故ならリオンはまだ数え年十五歳にして、満年齢では十三歳の女の子である。
力を持っているはずの大人たちが寄ってたかってそんな子供に人類の存亡を託している現状で、彼女を上から目線で諭して良い者などいるはずがなかった。




