英雄 9
時は戻り元日の夕刻、リオンたちは早馬を飛ばして帝都領に入る。
まず最初に目にしたのは帝都の外に広がる広大な平原が邪悪な炎で焼かれている様子であった。
凄まじい魔力の衝突を感じていたリオンだがここまで凄惨なことになっているとは思いもよらなかった。
今のところは町が風下に入っていないようだが今後どうなるかは見当もつかなかった。
道中、ウィリーに聞いたところによるとロブは崩壊した組織を再結束させる策があると言っていたという。
そしてウィリーにはリオンを呼んでくるように頼んでいた。
自分が呪いの力を暴徒たちに見せつけ、その尻拭いをリオンにしてもらうのが彼の言う策だというのか。
リオンとラグ・レはロブのその判断に腹を立てていた。
ランテヴィア解放戦線の本陣に行く。
本陣は未だ帝都ゾアの外にあった。
呪いの炎を監視しつつ草花への延焼を防ぐため全軍で塹壕堀りをしていたらしい。
戦が終わってから塹壕を掘るとは珍妙な話だがその判断は正しかった。
一日も終わり、本陣では戦勝を祝う浮浪者たちが酒盛りをしていた。
解放戦線が城下で略奪行為をしないことを条件に城の兵糧庫が解放されたそうだ。
ティムリートたちは城で皇帝バンクリフらの処分を協議していると聞いた。
とりあえず、勢い余ってバンクリフを殺害することには至っていなかったことが分かりウィリーは胸を撫でおろした。
酒宴の隅で大人しくしている禿げ頭を見つけ、ウィリーはコーエンを呼び寄せた。
彼のようなならず者はもっと調子に乗っているかと心配していたが威勢がない。
理由を聞いてもはぐらかすばかりで答えないのでウィリーは話を変えて戦況を聞いた。
コーエンによれば結果は次の通りだ。
ランテヴィア解放戦線対ゴドリック帝国軍の戦いは現皇帝バンクリフ・ヘジンボサムの降伏宣言によりランテヴィア解放戦線の勝利。
被害状況は両軍合わせて死者六十余名、負傷者三百余名、帝政側の捕虜五千人弱とかなり抑えられたものとなった。
ただし帝政側では化身甲兵のエイファ・サネス少佐が解放戦線ロブ・ハースト軍曹との一騎打ちで討死。
一方で機械課棟の一室にてケネス・レオナール少将とトルゴ・アシンダル博士が死亡しており、状況証拠からレオナール少将がアシンダル博士を銃殺後に自身も同じ銃で自決したと結論付けられた。
存在が確認されていた諜報部のショズ・ヘイデン大佐と装甲義肢使いのビクトル・ピーク准尉は行方不明。
有志による捜索隊を出してはいるが未だ足取りは掴めないとのこと。
それも大切なことだが今は処理しなければならないことが沢山だ。
解放戦線側には政に携われる者が皆無なので、とりあえずティムリートの父ナダルのいるバエシュ領から文官を派遣してもらっている段階らしい。
嘘だな、とウィリーは思った。
より遠いところからきている自分たちが到着している時点でバエシュ領からの増援がまだ来ていないのはおかしい。
そもそも派遣を要請していないのだろう。
バエシュ領はエキトワ領とリンドナル領を警戒せねばならず人を割くどころではないはずであり、それよりもティムリートは秘密裏にバンクリフら敗軍の将たちを起用しているはずだ。
歓声が沸いた。
何事かと見てみると豪華な酒宴の肴が運ばれてくるところだった。
立派な正装に身を包んだ使者たちがおり、張り付けた笑みの奥に侮蔑の眼差しを讃えて人々を労ってる。
コーエンがうんざりしながら舌打ちをした。
「西側貴族の連中が祝いの品を持ってくるんだよ。勝負がついてまだ半日しか経ってねえのにどんどん運んできやがる。でもあれには手を付けるなってきつく言われててよお。ロブさんにも見張ってろって言いつけられてっから俺は全然楽しくねえよ」
そうぼやくとこっそり手を付けようとする浮浪者たちを威嚇し、コーエンは使者の元へ歩いて行った。
城のほうに運んでくれと機械的に喋るコーエンと、いえいえ皆さんにも楽しんでいただきたく、とご機嫌を取ろうとする使者の押し問答が始まる。
あれを消費させることで自分たちも戦勝者側に入ろうという魂胆が丸見えだ。
若輩のティムリートやただの軍人であるロブにはそういった貴族との付き合い方は考えもつかないことだろうから、バンクリフらの助言があるとみて間違いない。
「ここにいても仕方がないですし、ロブさんたちのところに行きましょうか」
「ううん、大丈夫。ロブならこっちに来てるよ」
「え? ……ああ、魔力で分かるんですね。便利だなあ」
「私と一緒にいるときはロブっていっつも魔力消してたのに」
「奴も成長したのだろう」
保護者の目線でラグ・レがしみじみ頷いているとロブがやって来た。
一緒にいる人物をみてリオンは意外な顔をする。
あの男はカヌークの漁村でクランツにこてんぱんに負けた人だ。
たぶん敵の人だったはずだが降参したということなのか。
「マーロウ大尉、コーエンと変わってやってくれ」
「承知した」
マーロウと呼ばれた男はリオンをちらりと見てから貴族の使者たちの方へ行ってしまった。
「あの人って敵でしょ?」
「いや。この国の国民だ」
難しい返事をされて眉を顰めるリオン。
ラグ・レが腕組みをしてロブを叱った。
「派手にやったなロブ・ハースト。大地の精霊たちが泣いているぞ。この後処理にリオンを使う算段だったか。リオンはお前の所有物じゃないのだがな」
「すまないとは思っている。だが力を見せつけるには丁度良い舞台だと思わないか」
「なに?」
「リオン。巫女になったんだろう?」
「うん、まあね」
「ならあの穢れた大地を浄化できる、違うか?」
「たぶんね。でも……そういうのは相談して欲しかったな」
「……すまん」
魔法を使うことを極力避けていたロブがここまで魔法を使ったのは魔法を見たことがない人々にその力を実際に見せることが目的だったのだ。
それはリオンが今後活動していきやすいようにという配慮ともとれるが、何の断りも入れずにリオンを使おうとしたことはラーヴァリエ教皇やジウの大賢老と一緒ではないか。
どうして誰も説明もなく相談もしてくれないのか。
そう思ってしまいリオンは悲しくなるのだった。
「どの時点でその作戦を思いついたの?」
「……構想は前から。お前ならきっと巫女の力を得ると……信じていた」
「信じてたなら、言ってよ。私は……ロブの道具じゃない」
「それは……そうだな。俺が間違っていた。すまない」
平民風情が、と大声が響き渡った。
貴族であるマーロウが現れたことにより使者たちの態度が変わったことを浮浪者たちが茶化したらしい。
頭を下げるだけでも恥辱ものだというのに馬鹿にされて我慢の限界が来たのだろう。
今、既存の特権階級相手には何をしても正義の一言で片づけられる集団にそれは悪手だった。
「やめろお前たち」
「違うぜロブさん、あいつらが先にごみを見るような目でこっちを見て来たんだ!」
「貴族なんか糞くらえだ!」
「俺たちが勝ったんだ! 奴らはいらない!」
「戦争は終わった。争いは禁止だと言っただろう。どうしても戦いたいのなら俺が相手になるとも言ったはずだ。どうする?」
「そ、それは……」
「マーロウ、早く使者を連れて行ってくれ」
殺し合いが終わったからと言って全ての問題がなくなるわけではない。
むしろ今が一番問題だらけの不安定な時期だと言えるだろう。
蛇神の復活の懸念もあるが列強勢力がいつ動き出さないとも限らない。
早急にまとまる必要があった。
まとまるには共通の目的があると良い。
アスカリヒトは世界の脅威であり、万人が手を取り合うには適切な存在だった。
そしてそれに対抗できるリオンがこの地で起てば人々は必ずまとまるのではないだろうか。
それは世界の人々の支えにならなければならないリオンにとってもよい訓練になるはずだった。
「すまない。血の気の多い連中でな。……今ここにはあんな連中がたむろしている。そして西側貴族の使者たちもわんさか来ている。この場でリオン、お前が大賢老のような浄化の力を使ってあの穢れた土地を元に戻せば多くの者がお前の力を目の当たりにする。そうすればアスカリヒトが復活する話も信じさせることが簡単になるはずなんだ」
「リオンさん、あなたをこの国から旗揚げさせるという計画です」
「どういうことだロブ・ハースト。リオンはジウの人間だ。これはいわゆるナイセーカンショーではないのか?」
「アスカリヒトは世界の脅威だ。だがラーヴァリエの連中だけはあの存在に自分たちの信じる唯一神の姿を見たらしい。おそらくだが、連中はアスカリヒトを守ろうとする。それに対抗するには数の力しかない。奴の復活までに味方を募るべきなんだ」
「おんなじなのに?」
「……何が同じだ?」
「ラーヴァリエとおんなじ。誰かが誰かを下に見て、馬鹿にしてる。ラーヴァリエでは一等国民だとか二等国民だとか言ってた。ここでは貴族だとか平民とか言ってて、結局はおんなじでしょ。変わんない。それなのになんであっちは敵で、こっちは味方にするわけ?」
リオンは複雑な表情をしていた。
巫女として、救う者を区別することに疑問を感じたのだ。
ロブは答えられなかった。
自分の策が利己からくるものだと理解しつつもリオンに押し付けていることが分かっていたからだった。




