英雄 8
戦っては別の場所へ移り、移っては戦いを繰り返す。
サネス少佐の目的はロブの誘導というよりは移動した先にいる暴徒の集団を片付けることにあるようだった。
寡兵となってしまった帝都防衛側の戦法としてはかなり不可解なものであり、そもそも稼働限界の短い化身装甲でやるようなことではない。
細々した戦闘で名もなき雑兵を殺すより一気に外門の外に陣を張る本陣に突っ込むべきではないのか。
少佐の装甲に迸っていた火花放電が不安定になる。
やはりもう限界に来ているようだ。
膝をつきかけた装甲は、しかし奮起した。
走り出した先は外門の方角だった。
ようやく意味の分かる行動が成された。
狙いはティムリートだろう。
ロブは魔法の爆風を使って跳躍すると壁を越えて移動を短縮する。
本陣の旗を掲げ、大勢の解放戦線の兵士が出陣の準備に取り掛かっている端で急に現れた化身装甲と頭上から飛んできたロブ・ハーストの魔法の槍が衝突した。
奇襲を受ける形になったが本陣の兵士たちは逃げまどいこそすれど混乱状態に陥ったりはしなかった。
ダグに頼んで走らせた少年たちが装甲兵の襲撃に注意せよというロブの伝言を広めてくれたのだろう。
蜘蛛の子を散らすように退避した兵士たちが遠巻きに見守る中でサネス少佐が剣を胸の前に立て、次いでロブに刃先を向ける。
ロブはその仕草で全てを察した。
あの仕草は決闘の前の作法だ。
戦場では時代錯誤となり廃れた行為だが、対人戦闘の訓練ではよく目にするものである。
浮浪者や漁民、町人で構成されたランテヴィア解放戦線の面々は分からずとも騒ぎを聞きつけて姿を現したティムリートにもそれが何を意味するものか分かった。
彼女は帝政側の代表として解放戦線の代表にロブを指名しているのだ。
短期決戦を望むのは両陣営同じということか。
しかしサネス少佐が勝ったとしてもその後すぐに稼働限界は来てしまうだろうし、敵陣深くに入り込んでしまったことから味方である帝政側の立会人もいない状況で公平な決闘が出来るとは思えない。
特に雑兵の集団などは決闘後の結果を土足で荒らしそうなほど無知だ。
だから見せつけろということなのだろう。
無知で残虐な正義たちが、恐れて言う事を聞くような圧倒的な力を。
「ロブ・ハースト軍曹! 敵が決闘を所望している! ティムリート・ブランバエシュの名において命ずる。神前の戦いにてこの戦争に終止符を打て!」
ティムリートの声が聞こえた。
ティムリートも把握しているのだ。
相手は敵の最大兵力。
これを倒せば敵の士気は一気に瓦解するだろう。
そしてロブは理解していた。
サネス少佐もロブに倒されることが狙いなのだ。
先ほど居住区で暴徒たちを狩ったのは彼らが戦後処理で裁きにくく遺恨になりやすい存在なのを分かっていたからだろう。
そして彼女は今、ロブという英雄を生み出すことでこの戦いの後に統治が上手くいくようにしてくれているのだ。
ロブが決闘の作法を返すと化身装甲の雷導が最大出力となった。
あまりの光に目の前が見えなくなったロブだが、目に宿した魔力を調整して輪郭が見えるようにする。
この調整は意識しないと出来ないので本気の勝負をするにはなかなか高度な技術が必要となる。
ただしそれはサネス少佐も同じであり、あの状態では少し操作を間違うだけで自壊する恐れがあった。
ロブの全身からも黒い炎雷が巻き起こった。
見せつけるように、魅せつけるように。
彼女がそのつもりなら乗ってやろう。
それが平和へと繋がるのならば。
両者が激突した。
一撃一撃に轟音と爆風が吹き荒れる。
ロブも魔法の出し惜しみはしない。
槍の穂先に灯された穢れた炎が空を裂き、粘性を伴って大地に降り注いだ。
「兵士たちに通達せよ! あの煙を吸い込んではいけない!」
ティムリートが下知を下し全軍は移動を余儀なくされる。
近寄れさえしない嵐のような戦いに人々はただ口を開けて見守るしか出来なかった。
最強の兵士と戦女神。
誰もがその異名を思い出していた。
気脈が乱れる。
サネス少佐の一撃即死の乱撃は全てハースト軍曹にいなされる。
かたや軍曹の攻撃は装甲に浴びせられるが決定打には程遠かった。
だがそれは軍曹が上手く加減しているからだった。
やはり軍曹、あなたには敵いませんね。
意図を酌んでくれて良かったです。
ここであなたが存分に力を見せつければ誰もあなたに逆らおうだなんて思えなくなるでしょう。
その高みに立ったとしてもあなたならきっと上手くやってくれるはずです。
責任を押し付けてごめんなさい。
だけどこれはあなたが始めたことですから。
あの嵐の夜の翌日が晴れ渡る快晴だったように。
この国の行く末をより良いものにしてくれることを祈っています。
もう些末なことに囚われている暇なんてありませんよ。
自分を否定したり、過去に縛られたり、生きることの理由を見出そうとしている時間なんかありませんから。
だから背負っているものを少しでも置いていってください。
あなたは優し過ぎるのが玉に瑕だと私は思います。
一つくらい自分を許してあげてはいかがでしょうか。
私が言うのもおこがましいですけど。
ダンカレムでの姉の死はあなたのせいではありません。
仕方のないことだったと思います。
私が姉を騙り姉の機体に乗っていることがあなたを余計に傷つけていることは分かっています。
でもこれはあなたへの当て付けじゃありませんから。
私にだって理由があるんですよ。
ついでで良いですから、その思いに気づいてくれることを願っています。
さて。
どうやら稼働限界のようです。
装甲内は実に不自由ですよ。
癒着した腕部分を起点に収縮が始まったようで先程から首が千切れそうです。
ロブ・ハースト軍曹殿。
戦ってくれてありがとうございました。
どうかお幸せに。
後は宜しくお願いします。
ティムリート率いる解放戦線の本隊がエセンドラ城に入城を果たした。
兵士たちは解放戦線が乱暴狼藉を働かないことを条件に無抵抗で投降した。
王の間にまで進軍すると、近衛兵さえいない広い空間に小さな老人が一人座っていた。
席を立った老人は胸に抱えていた王冠をそっとティムリートに渡した。
12月31日正午。
初夏の風が心地よくそよぐ晴天の下で革命は終わる。
開戦までは騒がしかった暴徒たちもいつの間にか大人しくなっていた。
あの悪夢のような決闘を見て威勢を保っていられる者などいなかったのだ。
帝都の外の荒野では化身装甲が膝を着いていた。
周囲が慌ただしく制圧作業を進める中、ロブだけはその鋼鉄の巨人の前に立ちつくしていた。
穢れた炎が燻っているので誰も近づくことが出来ない。
そのうえロブ自身から放たれる重く悲痛な雰囲気がティムリートやブランクにさえ声をかけることを躊躇わせていた。
ロブは魔法の残滓でぼんやりと光っている装甲に近寄るとそっと肩に触れた。
腕章の塗装の盛り上がりでそれがエイファ・サネスの化身装甲であったことを確信する。
ニファの機体は直そうと思えば直せるだけの時間はあったはずだ。
双子とはいえ慣れない機体でよくこれだけ戦えたものである。
ロブははっとした。
指でなぞった腕章に裂傷があり指が引っかかる。
それは刃物による切り込みだった。
ただし先の戦闘で付いたものにしては作為的過ぎた。
少尉の階級章の上に平行に走る二本線。
この傷は一等兵の階級章を模したものに違いなかった。
戦女神エイファ・サネスとして戦場に立たねばならなかった彼女はロブにだけ分かる思いを残した。
それはここに居たのがニファ・サネスであったという、世界へのささやかな抵抗だった。
国政のために死んだはずの亡霊が十余年の時を経てロブに語りかける。
あなたも心の思うままに生きよと。
ロブは化身装甲に頭をつけて肩を震わせた。
自らを犠牲にすることで未来を最悪の状況から救った彼女こそ、この戦いにおける真の英雄なのかもしれなかった。




