英雄 7
両陣営の最大戦力による一騎討ちである。
サネス少佐は無骨な鉄塊を右手を使わずに肩に背負って構えた。
光を視認したロブは不快感をあらわにする。
ニファの得意とする近接武器は両手に持った双頭の短剣だったはずだ。
あの得物は姉であるエイファが得意としていた武器である。
構え方が特殊なのは右腕が使えないからだろうがテルシェデントで負傷してから日は経っているので機体の修復は出来たはずであり、わざわざ姉の機体に乗ってくる利点がロブには思い浮かばない。
先ほど兵士たちからもエイファと呼ばれていたことから察するに姉として戦うつもりなのか。
当てつけのつもりか。
「兵士たちよ! 今から俺は全力で戦う! 今ほど見せた魔法も使う! あの黒い炎は俺しか消すことが出来ない! 水をかけても消えない炎だ! 煙を吸い込んでも駄目だ。内臓が熱で溶けて苦しみながらじわじわと死ぬ! それが嫌なら上から降りるんだ!」
「…………」
「聞こえているんだろう? 降りろ!」
「…………」
「魔法を使わせない気か……」
ロブの大喝を兵士たちは無視した。
ニファの援けになると思ってか塀の上から動く気配が感じられない。
出来るならば巻き込みたくないが警告はした。
彼らも戦場にいるのだ、そのつもりならば割り切るしかない。
化身装甲の腰の動力部が大きな火花を咲かせ腰を落とす。
その瞬間に鉄塊が間合いを破った。
流石のロブも反応が遅れたが何と少佐の一撃を躱した。
油断していたわけではないが慣れない機体に乗っているという欠点を感じさせない動きであり、むしろエイファ以上に使いこなしていることにロブは驚いた。
巨大な剣が片手で振るわれるたびに装甲から金属のきしむ音が唸る。
放電量を限界まで上げ大剣の重量を軽くしているのだろう。
精隷石は外部から大きな力を加えると磁場を発生させ近くにあるものを軽くするという特性を持つ。
その特性が内部の人体を膨張させる結果に繋がるわけだが、そこには欠点がある。
近接武器はある程度の重量があるからこそ敵を打ち付け、あるいは切り裂くというのに質量を軽くしてしまえば斬撃に効果がなくなってしまう。
しっかりと相手に通じる攻撃をするには振り下ろすと同時に火花の放電量を緩め武器に質量を戻さなくてはならない。
しかしそのままだと今度は武器の質量に振り回され、脱臼もしくは下手をすると腕ごと千切れ飛んでいく危険性がある。
故に斬撃が当たりそうになったら今度はまた火花放電を強めなくてはならない。
サネス少佐の斬撃は放電の変換を感じさせないほどに早く、自然だ。
まるで本当に怪力で巨大な武器を振り回しているようである。
当たったら文字通り木っ端みじんだろう。
風圧も凄まじく、初手で体制を崩したロブは防戦一方となった。
だがサネス少佐は分かっているはずだ。
ロブを殺してしまえばまたテルシェデントの時のように邪神の分身による呪いは発動し、ここは凄惨な地獄と化すだろう。
嵐のような猛攻を回避しながら少佐の意図を考える。
もともと彼女は意思の読めないところがあったが、先ほど兵士たちに自分を魅せる演出を行ったりと今回は欲望のままに向かってきているわけではない様子なので何か意図があるはずなのだ。
「ピークの気配がしないな……まさかこれは陽動か? 奴が本陣に特攻を仕掛ける気か?」
敵も短期決戦を狙っているなら考えられる話だ。
もともと解放戦線は烏合の衆であり、ティムリートを擁立しているという点で辛うじて繋がっているだけの組織である。
本陣にはブランクもいるが装甲義肢には敵わないだろう。
焦燥を感じたロブの意識が後方の空に移った時だった。
サネス少佐が動いた。
ロブの隙を狙ったわけではない。
ロブが破壊した門の外へ出て行ってしまう。
予想だにしなかった行動にロブは呆気に取られてしまった。
ある意味でこれで城の防備は裸も同然だろう。
このままサネス少佐を追わず城内に侵攻すれば現皇帝など簡単に制圧できるはずだ。
だがロブは少し躊躇した後に少佐を追うことにした。
どの道ティムリートの本隊の出陣準備が整えば城など兵数の差で制圧できる。
それよりも不気味な挙動を見せる少佐のほうが厄介だと思った。
少佐の向かった先は一般住居区だ。
ランテヴィア解放戦線の侵攻経路からだいぶ逸れた民家の通りで諍いが起きていた。
ダグが解放戦線の義勇兵たちと喧嘩しているのだ。
義勇兵はもはや作戦は他人任せになっており彼らの関心事は民家からどれだけ良いものを接収できるかになっていた。
住民が残っていればそれはいたぶる玩具になっていた。
「やいこら糞ども、作戦にはこんなところに来るなんてなかっただろうが!」
「うるせえっ! これが俺たちの怒りだ!」
「なあにが怒りだ。略奪を正当化してんじゃねえ! 後のことを考えろや!」
「俺たちが得るはずだった物を取り返してるだけだ!」
「なんなんだよてめえは? 解放戦線にいるくせに、帝都の豚どもに味方する気か!? この差別主義者め!」
「変な面しやがって! 偉そうにしてんじゃねえ! 殺されたくなかったらとっとと失せな!」
「ああそうかい、このダグ様を怒らせようってのかい。いいぜ、軍規違反にゃ厳罰が必要だ。てめえらの面の皮剥いで……」
殺気をにじませたダグが一歩前に出て暴徒たちが身構えたその時だった。
衝撃で視界が大きく揺れ、瓦礫が舞い爆音が響いた。
「な、なんだぁっ!?」
尻餅をついたダグ。
揺れる頭を叩いて見上げると目の前に忽然と現れた化身装甲がダグの正面にいた。
今の一撃で地面は抉れ、そこにいたはずの無法者たちは血飛沫になって消えていた。
これは敵襲なのか。
ダグは我に返って地面を転がり化身装甲から間合いを取った。
あの瞬発力をみれば無駄な動きということは分かっていたが、それでも回避行動を取らざるにはいられなかった。
冷や汗がどっと噴き出して臭気が面の中にこもる。
死を予感しつつも果敢に短刀を構える防塵面の男の姿を甲兵は暫く見つめていたが少し後ろを気にする素振りを見せてから駆けていってしまった。
暫くすると攻め込んでいったはずのロブが合流する。
ロブはあの化身装甲がティムリートを狙っていると考えていたようだが、甲兵は外門に向かわず更に住宅地の奥に行ったようだ。
「何がしたいんだ……ニファ!」
「ティムリの坊坊がお目当てにしちゃあ道草を食い過ぎてるぜ。あっちにゃただの略奪者になっちまってる連中がまだいるが……それが目当てか?」
「ダグ、とりあえずビビたちにもう少し後退するように伝えてくれ。あとは……無傷の子供がいたな。奴らにこの件をティムリートに伝えるよう走らせるんだ」
「了解!」
ダグと別れたロブは少佐の残した痕跡を辿り再び追いついた。
避難命令を聞かず僅かに残った住民を救い、戦線の暴徒を屠っていた少佐はロブの到着を確認すると再びどこかへ去って行ってしまった。
ロブが着いてくることを期待しての動きのようだが彼女は何を考えているのだろうか。
味方の兵士がこれ以上殺傷されないためにもサネス少佐の行動は早く止めねばならなかった。




