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英雄 6

「策?」


「はい。策です。帝都のみんなを救う策です」


 そんなものがあるのだろうか。


 ピーク准尉には思い浮かばない。


 彼女は戦略を立てられるような頭などなかったはずだ。


 嫌な予感がした。


「少佐殿……! 少佐殿の化身装甲、お持ちいたしました!」


 きしむ車輪の嫌な金属音が聞こえ始め、何事かと一同が見やると荷車を力いっぱい押してきた兵士たちが到着した。


 アシンダル博士にサネス少佐の出撃許可を貰いに行っていた兵士たちが何とかして機体を持ってきたのだ。


 搬出を許したということは(すなわ)ち出撃許可も出たということなのだろうか、ピーク准尉は内心で舌打ちした。


 サネス少佐がこの傷では機体に乗れないことなど博士が一番良く知っているはずであり、博士の判断は軽蔑に値するものだった。


「ああ良かった! これがなければ話になりませんからね。っていうか、あれ?」


「おいお前たち……それは少佐の機体じゃないぞ」


 だが兵士たちが運んできたのは機械課検査室の奥にあったエイファの化身装甲だった。


 化身装甲や装甲義肢は個人に合わせた出力調整が必要であり他人の機体を着ても存分な働きを得ることは出来ない。


 特に化身装甲だと着ただけで死ぬ危険性があるくらい繊細なのだ。


 これは決戦の時までエイファ・サネスであり続ける少佐への博士なりの皮肉だろうか。


「まあいいか。ありがとうみなさん。よく持ってこれましたね」


「い、いいんですか? いいんですよね! よ、よかった……これで違うって言われたら俺たち馬鹿みたいでしたよ……!」


「いいわけないだろう。死ぬぞ」


「大丈夫ですよ。私自分で調整できますし、あの機体も乗ったことありますから」


「なんだと?」


「まあまあ。装甲も持ってきて貰えたことですし、ではさっそく策についてお話しますね」


 身を案じるピークの思いとはうらはらにサネス少佐は門外の空を指差す。


 その方角には暴徒によって破られた外門がある。


「今、ロブ・ハースト軍曹がこちらに向かっています。それも単騎で。これに全力で当たります」


 サネス少佐は何故かロブ・ハーストの魔力だけは知覚することが出来る。


 一同はどよめきの声をあげた。


「まさか……ロブ・ハーストに全兵力を投入するというのですか? いくら強かろうと、たった一人に?」


「討ち取って、その後はどうするのです。一時的に敵の士気をくじくことは出来るでしょうが多勢に無勢なのは変わりません。逆に余計に敵の憎悪を煽るだけかと……」


「いえいえ、軍曹とは私が戦います」


「ど、どういうことですか……? 我々はどうすれば良いのです」


「皆さんはとりあえず何もしないでください。これは私が軍曹と一騎討ちをする、という策です」


 唖然とした。


 そんなものは策ではない。


 誰もが口にはしていないがサネス少佐とピーク准尉はテルシェデントの攻防で一度ロブ・ハーストに大敗を喫している。


 隻腕となった状態で勝てる見込みなど皆無だった。


 ロブ・ハーストを引き付けている間に全兵力で解放戦線の本陣に特攻しろということだろうか。


 それでも兵力は圧倒的に足りない。


 ピーク准尉が敵総大将を叩くまでの時間稼ぎだろうか。


 サネス少佐はそれも否定した。


「最小限の被害に留めたいという気持ちは敵も味方も一緒だという事ですよ。略奪したい、蹂躙したいと望む暴徒ばかりに目が行ってしまいがちですが解放戦線の行動は一貫して短期決戦狙いです。それは人数が膨れ上がった今でも変わっていません。いえ、人数が膨れ上がったからこそ早く勝敗を決しないと内部崩壊してしまうんです」


「内部崩壊……で、では籠城に持ち込めばよろしいのでは? わざわざ一騎打ちなどと時代錯誤なことをせずとも……」


「籠城は援軍の見込みがあって初めて意味を成す戦法ですよ。我々が籠城で疲弊し、ランテヴィア解放戦線が内部分裂して、双方が弱り切ったらどうなるでしょうか。今この瞬間にもこの内乱の動向を見守っている島嶼や列強諸国が大義名分を作って乗り込んでくるでしょう。そうなったらこの国の住人全員が不幸になる未来が訪れる。そうではありませんか? いいですか。前提としてこの戦いで我々の勝利は考えてはいけないのです」


「そ、そんな横暴な……!」


「だからこその一騎打ちです。私がそれを引き受けますので、皆さんにはその後の戦いに備えて欲しいのです」


「その後の……戦い?」


「まて、少佐。そういうことか。……ない頭を振り絞って考えた結果がそれか」


「はい、これです。准尉、後のことは頼みますね。戦争責任は士官以上に課せられるもの。あなたは准尉。彼らがきちんと法に則ってくれるなら処分は重くはならないはずです。だから後はあなたがみんなを律してくださいね」


「自己犠牲なんて……私は認めないぞ」


「ふふふ、他に何も思いつかないくせに。 それにご心配なく。これは自己犠牲なんかじゃないですから。あの子が……サーシャが大きくなる頃にはきっと私たちの評価も見直されているはずですよ。でも父さんたちが生きている間は、きっと私は悪者ですから」


 悪戯を思いついたかのように笑うサネス少佐の笑顔が胸に刺さる。


 これは自分たち姉妹を食い物にした両親への彼女なりの復讐でもあるというのか。


 こんなことは間違っていると思うのに代替案が何も浮かばずに歯を食いしばる准尉。


 その時、サネス少佐が反応した。


「直線的な動き……軍曹が動きました。もう時間はありません。鬨の声でも上げませんか? 気分を盛り上げましょうよ!」


 陰鬱な顔をした者、少佐の意図が読めない者たちが戸惑っている。


 少佐は笑顔で腰の儀礼用の細剣を抜いて天にかざした。


「さあ戦いましょう! 皆さんは、生き残ってください! ここにいる人が、一人でも多く生き残って、私たちのこの国を、みんなの大切な人や大切な居場所を、生きて守ってください! それも戦いの形です!」


 勘の鈍い者も気づいた。


 後の戦いとはそういう意味だったのか。


「みんなの思いは私が引き受けます! 絶対に最後まで戦い抜いてみせますね! だから見ていてください! 私を、見ていてください!」


 化身装甲。


 歩兵として強力すぎる故に近代戦においては連携が取りづらく国威掲揚の宣伝くらいにしか使えなかった無用の長物。


 だがその兵器が活躍できる場が訪れてしまった。

 

 それを(まと)うことが出来る今唯一の存在に、兵士たちは涙を流しながら精いっぱいの鬨を送った。




 邪悪な気配が近づいてきている。


 雷導と呼ばれる火花放電が始まった。


 放電中に内圧が変わり肉体は電解され外殻骨格を動かす筋肉となる。


 そして女は鋼鉄の巨人となった。


 右腕の欠損部位にも変化が生じる。


 縫合こそされていたが切断面は治癒の途中にあった。


 この状態での着装は欠損部分から結合組織が流出し装甲内壁と癒着するという研究結果が出ている。


 つまりはそういう変化が起きており、不退転の戦乙女が帝都に起った。


「来ました! ロブ・ハーストです!」


 門兵の叫び声を聞いたピーク准尉が化身装甲に手信号を送る。


 門の上にいた兵士たちが慌てて散っていき吹き飛ばされた城門の先に禍々しい黒炎が見えた。


 しかしそれは瞬く間に消えていき、瓦礫から立ち上った土煙が次第に落ち着いていく。


 現れたのは栗色の長髪に目隠しをした屈強な男だった。


 経験と冷静さに優れ銃撃戦が主流となった現代においても槍一つで戦果を上げる帝国陸軍の伝説的存在。


 十余年の沈黙を()て再び現れた最強の不穏分子。


 元エキトワ方面軍、サネス小隊軍曹ロブ・ハースト。


 対峙する二人の頭上に帝国兵たちの声援が降り注ぐ。


「サネス少佐! ご武運を!」


「我らが戦女神、エイファ・サネスよ!」


「暴虐の徒に帝国軍人の誇りを御見せつけください!」


「その裏切り者にだけは秩序ある裁きを!」


 化身装甲の中には外部の音声はもう届かない。


 それでもニファは城壁の兵士たちに応えるように石碑の如き大剣を左手で天高く掲げたのだった。

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