英雄 3
テルシェデントで待機しているはずのウィリーたちを呼びに行ったシュビナは朝と共に彼を連れて来た。
シュビナの飛行速度でも明らかに往復時間に満たない速さでの帰還だった。
それもそのはず、シュビナは往きの道中でジウを目指すウィリーの船を発見したらしい。
船はロタウの浜の沖に停泊した後、ウィリーだけがシュビナに連れられてジウに入った。
ウィリーは帝都から不眠不休で来たという。
何を求めているかと言えばリオンの出馬だった。
ロブはその圧倒的な力を使って内乱を終わらせる目論見だという。
戦後処理をリオンに託そうというのだ。
談話室で大勢のジウの住人に囲まれながらウィリーは堂々としていた。
巫女となったリオンのお披露目も兼ねての会合だったが住人たちは口々に反対を述べた。
明らかな政治利用であり内政干渉である。
それ以前に外の世界から拒絶されてここに来たジウの住人にとって外の世界の揉め事など関わり合いになりたくないのだ。
だがウィリーは住人に言って聞かせる。
この一年のうちに必ず世界の脅威となる蛇神の復活があり、そうなったら国や所属がどうのと些末なことなど言っていられなくなる。
全ての者が協力し合わなければならない厄災だ。
そしてゴドリック帝国の内乱は巫女出現の宣伝に持ってこいの出来事なのだ。
「お忘れですか? 繋世の巫女の名を。世界を繋げた巫女のことを。その後の世界は今日のような体たらくですがそれはきっと何かが足りなかったからでしょう。ですが私たちはその前例の上に立っています。歴史に学び成功と失敗を取捨選択できます。再び世界が繋がる日は目前です! そこに平和の礎を築くのは私たちなんです!」
「私、行くよ」
「リオン!?」
「覚えてないけどさ、ラグ・レと一緒に私を帝国からここに連れてきてくれたのは、ロブなんでしょ? それに、私がラーヴァリエに狙われてるって知った時に駆け付けてくれたのもロブだった。なんでそこまでしてくれるかは分からないけど、そのお礼が返せるなら私行くよ。……この力を使いこなす練習にもなるだろうしね!」
ラグ・レは遥か昔にロブと交わした言葉を思い出していた。
イムリント撤退戦で何の罪もない子供を殺してしまったロブ。
その罪に苛まれ、親に殺されてやることが自分の生きる目的だと言っていた。
だがロブは大賢老に諭され、ウィリーとの縁があり、守ることを目的に生きるようになった。
その彼がかつての守る対象だったリオンを当てにしている。
ウィリーに使節を頼んだ時にはまだリオンは巫女にはなっていなかったはずだが、信じていたのだろう。
ラグ・レは少し寂しい感覚を覚えたが思い直してリオンの横に立った。
リオンはロブの呪いが解けるかもしれない唯一の存在なのだ、当てにして当然だろう。
「我らが押さえつけることなど出来まい。わたしも行くぞ。これはこいつを修道院から連れ出した時から始まった、私とロブ・ハーストが紡いだ物語でもある。巫女の起こりを見守るのも私たちの役目だろう」
自分をからめたが言っておいて少し情けなく、恥ずかしくなるラグ・レ。
これではロブに必要とされたリオンに嫉妬しているみたいではないか。
だが口々に不安の声を漏らす住人たちにとってラグ・レが賛同したのは大きかった。
シュビナは黙って首をくるくる動かし、ルーテルも口を挟めば火傷するとでも言うように難しい顔で腕組みをしており立場表明を棄権したようなものなので、有力な戦士の一人であるラグ・レによる立場の表明は明らかに場の空気を変えたのだった。
「おじいちゃんもイェメトも、いいでしょ?」
――止めることは出来ないね。
「聞いた? オタルバ、あなたの口からおじいちゃんの答えを皆に教えてあげて」
「待ちな」
「んー、なんか嫌な予感」
「ロブの魔法は強大だ。ジウだって浄化で眠りについちまうほどにね。ジウが何と言おうと、あたしゃ心配だよ。だから……まずはあたしの魔法を攻略してみな。練習しに行くって言ってもそれさえ出来ないんだったら行かせるわけにはいかないよ」
「おじいちゃんのあれは……ううん、分かった。じゃあ勝負しましょうよ」
大賢老は別のことに気を取られてしまっただけだがオタルバを説得するには今の勘違いのままのほうが都合がいいのでリオンは黙っていた。
オタルバを納得させるため、リオンはジウの大樹の前に移動した。
大樹の前の開けた空間にてリオンとオタルバが向かい合う。
住人たちはリオンを心配そうに見守った。
ジウが誇る番人である審判のオタルバに敵う者などジウにはおらず、ましてやリオンなんかが勝負になるわけがないと思っていたからだ。
「いつでもいいよ」
「おやまあ、ずいぶんでかい口を叩くもんだねえ。……まあいいさね。じゃあほら、これでどうだい?」
先手でオタルバはさっそく隆起の魔法を放った。
土の体積を膨張させ瞬時に起伏させるオタルバが得意とする魔法だ。
だが構えるオタルバに対して魔法は出てくる気配がなかった。
確かに唱えたはずの魔法が発動しなかったのだ。
一同は信じられないものを見た。
リオンが僅かに光に包まれている。
あれは凝縮された魔力だろう。
魔力の理解に至っていないはずの住人たちでさえその光が見えるということはリオンが凄まじい魔力を発動させているという証拠であった。
「これが……巫女の力ってかい?」
「うん。土の気脈がざわついたからそれを鎮めたの」
使い手の魔力の向きの逆方向に自身の魔力を合わせて相殺させる反魔法とは少し異なっている。
圧倒的な魔力で気脈そのものを掌握する力だ。
反魔法を使うまでもないということか。
オタルバは何故か可笑しくなって笑った。
「は……はは……。全力でぶっ放してみてもいいかい?」
「いいよー」
こんな事は初めてかもしれない。
オタルバは全身全霊の魔力を込めて今までで出力したことのない魔法を放とうとした。
だが魔力は相応に消費したもののやはり発動には至らなかった。
リオンは先ほどの小手調べの時と同じ顔で静かにオタルバを見つめていた。
オタルバは膝を着いた。
全力を以てしても発動すらさせて貰えない力。
抑え込む力。
これが鞘の巫女の力か。
「負けたよ……行けばいいさ。亜人のあたしが着いて行ったんじゃややこしくなるだろうからね、ラグ・レ、しっかりリオンを守るんだよ」
「もちろんだ」
「ウィリー、あんたもだ。リオンに傷つけたらどうなるか分かってんだろうね」
「肝に銘じます」
一応の情勢も考えて亜人勢は今回はジウに残ることになった。
ウィリーはジウに挨拶し、リオンとラグ・レを連れて再び商船に乗り込む。
シュビナは往時だけ共にしテルシェデントで伝令のために待機する。
元日から慌ただしくリオンの巫女としての旅が始まった。