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鞘の巫女 8

 ロブの放つ殺気を受けて異を唱えられる者などいなかった。


 それもそのはずである。


 片や本当の地獄を乗り越えて来た戦争帰りで、もう一方はただの無法者なのだから。


 威圧感に説得力があった。


 逆らったら殺される。


 特にコーエンたちは一度ロブにこてんぱんにやられている。


 二度目はないと、思った。


 大人しくなった集団を見据えてロブは浮かない顔をしていた。


 結局のところ自分は暴力にしか解決方法が見出せないのである。


 拳をちらつかせて自分の主張を通そうとするなど、やっていることはごろつきたちと一緒なのだ。


 そんなロブの背中に何かを感じたか、ダグがやってきて肩を叩いた。


「餓鬼どもを救えたなあ」


 ロブが大きく息を吐いて小さく首を振るのでダグは今一度ロブの肩を叩き何度も静かに頷いた。


 そして怯えるコーエンたちの前に立つと低音を利かせた地鳴りのような笑い声を響かせた。


 このアルバス・クランツの亜種のような大男は得体が知れない。


 ロブに対する同等それ以上の態度は商隊の入社年差による上下関係の延長でしかないが、それを見たコーエンたちはロブよりも強いのではないかと過分に恐れ(おのの)くのだった。


「やいてめえら、餓鬼どもに殺しを教えなくてよかったなあ。俺ぁ少年兵にちぃとばかり嫌な思い出があってよお、あともう少し遅かったら俺がてめえらをぶっ殺してたところだぜ」


「ひぃ」


「そらビビ、じいさんの治療に当たってくれや」


「ふぁー」


 腰の鞄から医療道具を取り出して手際よく老人の手当てを始めるビビ。


 ロブは周囲の光の震えを目で追って状況を把握した。


「ダグ、ビビ。どうやら暴徒は略奪に目がくらんでまだこの一般居住区より先には進んでいないようだ。ここからは俺一人で行くが、いいか」


「ふぁーふぁ」


「おお、そんじゃあ俺はこの区画を見回っとくわ。んで、住民に危害を加えてる奴がいたら、どうする」


「常識の範疇(はんちゅう)で任せる」


「了解! 面の皮ひっぺがしとくわ」


 夕飯の魚を焼くか煮込むかの相談をするような適当な声色の会話の中におぞましい単語がはさまっているのを聞いた無法者はいよいよ失神しそうになった。


 奴らの常識とはいったい何なのだ。


 自分たちも無法を誇っていたがそれ以上の異常者ではないか。


 つくづく彼らの沸点であるらしい殺しをしなくて良かったと思った。


「おら坊主ども、ぼさっとしてんじゃねえよ。てめえらの手は何のためにある。千擦りこくだけじゃねえだろ。ほれ、ビビの手伝い、してやってくんねえか」


「ヴぁっし! ……ふぉおーう、ふぇっふぇっ」


「ごろつきどもはそこに並んで手当ての勉強な」


「…………」


「おう、聞こえなかったか」


「い、いえ」


「言っとくけどよう、ビビは俺より容赦ねえぞ。歯茎(えぐ)られたくなかったら大人しくしてるんだな」


「ふぇふぇふぇふぇ!」


「はいい…………!」


 泣きそうな顔で、否、泣きながらいそいそと家の壁を背に並ぶコーエンたちと、代わってビビの周りに集まる子供たち。


 ロブが見ていると一つの光がロブに視線を向けてきた。


 ラグナだ。


 ラグナはロブの前に来ると落ち着きのない様子で暫くもじもじしていたが、ロブが黙ったまま動かないでいてくれるのを見て意を決した。


「あ、あの……あのじいさんを殺すのは……よくないことだと思ったんだ! でも、殺す覚悟がなかったわけじゃないよ」


 それは少年の精いっぱいの強がりだった。


 強がる方向性を間違えているが、臆病ではないと言いたいのだろう。


 ロブ自身も浮浪児が素直に謝意(しゃい)を伝えてくるとは思っておらず何を言ってくるのか興味があった。


 だがラグナの言葉を聞いてさっと表情を曇らせた。


「お前は相手が(つちか)ってきたものを背負えるか?」


「え?」


「覚悟とはそういうものだ」


 忌々しそうに呟くとロブは(さっ)と身を翻して城の方角へ走って行った。


 ぽかんとして立ち尽くすラグナの頭にダグが軽く手を置き、ビビの救護教習への参加を促した。




 ロブは駆けた。


 一般居住区を抜け簡易門を破壊し向かうは内門の扉。


 単騎で現れた槍使いを見て内門上部の守備は一斉に射撃を開始する。


 温存した外門の兵も加わっているため弾丸の雨は豪雨のようだった。


 ロブは銃口の火が見えた瞬間に炎を出現させて障壁を張り弾を爆風で逸らした。


 初めて見る魔法の力に兵士たちが怯んだ。


 黒い炎雷を(まと)ったナバフの槍が空を切ると火球が飛んでいく。


 火球は門のちょうど上にある石積みを破壊し、近くにいた兵士が悲鳴を上げて後退した。


 その隙を逃さない。


 更なる魔力がロブの全身から(ほとばし)り槍を介して発動した。


 刺突が城門を吹き飛ばし、門の上にいた兵士はあやうく巻き込まれるところだった。


 続いて最大の魔力を消費して反魔法が唱えられ、邪悪な炎が消えていった。


 だいぶ力を使ったがまだ蛇神の分身の呪いが体の内で鎌首(かまくび)をもたげる様子はなさそうだ。


 瓦礫から立ち上った土煙が次第に落ち着いていく。


 そう、こんな所ではまだ魔力を浪費してなどいられない。


 目の前にいる強大な力を倒すまでは。


 待ち構えていたのは人の倍はあろうかという巨躯の重装歩兵だった。


 怪力と防御力に優れ、人によっては機動力も上がると言われているものの扱いが難しいのが難点の兵器である。


 ただ、それを(よろ)っているということは即ち戦闘力に優れた精鋭であるという証左だった。


 頭上から飛んできた声援にロブの心臓はどくんと大きく揺れた。


「サネス()()! ご武運を!」


「我らが戦女神、エイファ・サネスよ!」


「暴虐の徒に帝国軍人の誇りを御見せつけください!」


「その裏切り者にだけは秩序ある裁きを!」

 

 城壁の兵士たちに応えるように化身装甲が石碑のような大剣を左手で天高く掲げると大歓声が沸き起こった。


 まるで新兵器として注目を浴びた時以来の支持ではなかろうか。


 兵士たちの熱狂ぶりは(わら)にも(すが)る思いか。


 あるいはこの短期間に人心を掴む何かが行われたのかもしれない。


 化身装甲は両手剣であるはずのその無骨な鉄塊を右手を使わずに肩に背負って構えた。


 今までに見たことのない構えだったがやはりテルシェデントで腕をもぎ取った悪夢は正夢だったようだ。


 となるとあの腕部分は欠損を埋めるために中身が流入しているはずだ。


 それはもう二度と装甲から降りることが出来ない特攻の構えだった。




 ロブ・ハースト対サネス少佐。


 戦闘――開始。

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― 新着の感想 ―
[一言] 壊すと液体が出てくるっていうのはまるで蛹ですよね。
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