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鞘の巫女 4

 年の瀬であることなど関係なく決戦の準備が整えられていく。


 内紛の動向を見守っていた周辺諸国による情報収集合戦も白熱していた。


 ここへ来て各国の情報機関はブロキスがラーヴァリエを乗っ取りゴドリック帝国が仮の王を立てていたことをようやく知る。


 それは各国が帝国や島嶼に出稼ぎに出ている自国民に対して半強制的に引き揚げを命じる程に深刻な状況を思わせる情報であることは間違いなかった。


 かつてブロキスは自国を滅ぼした後に忽然と姿を消し、一瞬でゴドリックを乗っ取った過去を持つ。


 今回は順番こそ逆であるもののかつての大事件を彷彿とさせるに充分だった。


 何をしでかすか分からない未知への無理解が恐怖となって伝播(でんぱ)する。


 だがそれでも一年の暮れくらいは何事も起こさないだろうと希望的観測が為されるのは人の愚かさなのかもしれなかった。


 テルシェデントから入港し急ぎランテヴィア解放戦線の後を追ったロブ達は帝都の一歩手前でティムリートたちと合流することが出来た。


 ロブ達を見たティムリートは無念に顔を歪ませて救いを請うた。


 自分には求心力がなく、同志たちは敵とする帝都民に長年の鬱積をぶつけることしか考えていない。


 自分の目の届かないところでは略奪も起きており、西側からは味方するから優遇せよとの書簡が次々に届いている。


 意思もなく勝ち馬に乗った集団を取り込んでしまったことでその志の低さは元々の構成員にも及んでいた。


 あの集団と共に帝都に雪崩れ込んでしまったら愚行が繰り広げられるのは目に見えている。


 略奪禁止の命令は出したが順守する者はいないだろう。


 革命成功後の未来のことも考えて早急に終戦を宣言しなくてはならなかった。


「ロブ、すまないがあなたの力が必要だ。早急にこの戦争を終わらせたい。出来るか?」


「……やってみるさ」


 皇帝さえ倒せば一応の収束にはなる。


 だがそれは本当に解決と言えるのだろうか。


 問題の根源たるブロキスは既に居らず、ヘイデンはまるで味方のように振舞っている。


 どう転んでも後味の悪い結果になることは明白だった。


 それでも戦わなくてはならない。


 ロブは自身が持つ圧倒的な力を誇示することで事態の終息を図るつもりだった。


 魔法を使い、敵にも味方にも恐怖を植え付ける。


 恥ずべきことだが理性を欠いた者たちを抑え込むにはこうするしかなかった。


「ブランク、ちょっと来い」


「なんだよロブ?」


 ロブは各隊のまとめ役たちと共に明日の侵攻の最終確認を行っていた。


 敵も防衛の準備はしているだろうが年末年始ということもあって攻めてこないだろうと高をくくっているに違いない。


 その隙を突き徹底的に叩く。


 新年の幕開けを新時代の幕開けにするのだ。


「お前は事態が最悪な方向に向かっていることに気づいているのか」


 少し離れたところでロブはブランクと向き合った。


 ティムリートがあれほど苦しんでいたというのに右腕として補佐しなかったのか。


「最悪な方向? 事態は最初から最悪じゃないか。だがそれも明日で終わる」


「お前は腕が立つ。あの連中にも一目置かれているだろう。奴らの行動をしっかりと見張っていろ。決して帝都の一般市民には手を出させるな」


「なんだって?」


「開戦と同時に俺が決着をつける。いいか、ブロキスはもういないし、今ヘイデンを叩くことも出来ない。この内紛には意味も目的もなくなっている。あるのは感情と手段だけだ。この先の事を考えるなら被害を最小限にとどめて終わらせなくてはならない」


「ふざけた事いうなよ……みんながどれだけこの日を待ち望んでいたと思うんだ」


「お前はティムリートの傍にいながら何を見ていたんだ。ここで暴虐の限りを尽くしてしまったらあいつの治政のためにならない。分かるだろう」


「それは綺麗事だろうが!」


 ブランクはロブの言葉に食い下がった。


「今更そんなことを言うやつがあるかよ。帝都でのうのうと生きていた奴らにもこの貧富社会の責任がある。罪は裁かれるべきだ」


「いくら大義名分を掲げてもそれはただの憂さ晴らしだ」


「安心しろよロブ。ブロキスだってあれだけ滅茶苦茶やらかしたじゃないか。だけどちょっとしたご機嫌取りでまるで名君みたいにちやほやされていただろう。ティムリートが皇帝になったら同じようにやればいい」


「自分で何を言っているのか分かっているのか」


「みんなはやっと本来の人間らしい暮らしが出来る。これでようやく釣り合いが取れるってわけだ」


「……お前がジウを出て行った理由が分かった」


「なんだと?」


 ロブの一言に薄ら笑いを浮かべていたブランクの顔色が変わった。


 ブランクが出て行った理由は暴走だった。


 ロブがザッカレア商隊に加わりゴドリックを去った後もジウとバエシュの関係は続いていた。


 ティムリートはレイトリフを失い、ブランクはロブと別れたことでお互いに同情する関係にあった。


 ブランクはバエシュ領で過ごすことが多くなり、結果ゴドリック帝国の格差社会に触れて義憤を燃やすことになる。


 同時にそれはジウへの軽蔑を募らせる結果となった。


 ブランクは人間に近い外見をしているということでアルマーナで瀕死に至る虐待を受けた過去を持つ。


 決死の思いで逃げ出したブランクをジウは迎え入れ、当時はジウの寛大さに感謝し慕っていたブランクだったが他国に触れたことでそれは次第に疑問へと変わっていった。


 ジウはあれだけ強大な力があるにも関わらず何故能動的に救いをもたらそうとしないのだろう。


 それに比べてティムリートは年若く力もないのに懸命に貧しい人々を救おうと努力している。


 亡きレイトリフの遺志を継ぎ、帝国を正そうと夢に燃えているティムリート。


 その姿勢こそが本来の正しい力の使い方ではないのだろうか。


 そしてブランクはティムリートのランテヴィア解放戦線立ち上げに参加した。


 これをジウの戦士たちに咎められた。


 救える命があるのに自分たちが平和ならそれでいいのか。


 口論は平行線を辿り、ブランクはジウを出て行ったのだった。


「ジウは駄目だ。自分たちのことしか考えていない。差別がはびこっているのにそれを正そうとしなかった。だけどティムリートは違った。だから俺は解放戦線に加わった。そこにおかしなところがあるか?」


「だったらそのティムリートの意思を尊重しろ」


「しているさ」


「ならもう一度言う。いいか、明日の戦いはすぐに終わらせる。今はまだ理解出来なくてもいい。だがティムリートのためを思うなら俺が突入した後に各隊に自制を促すよう協力しろ」


「なあロブ。俺は解放戦線の二番手なんだぜ? あんたは何だ、解放戦線の一員でもないくせに。協力者なら協力者らしくしろよ。あんただって軍にいたんなら口の聞き方くらい知ってるはずだ」


「…………」


「それともなんだ、ノーマゲントの商人が内政干渉してるぞって広められたいのか?」


 殺気を放つブランクを真っ向から受け止めるロブ。


 ロブは何も答えなかった。


 重苦しい沈黙が続く。


 だが先に耐えられなくなったのはロブの実力を知っているブランクのほうだった。


「わかったわかった。ティムリートの意思、か。ティムリートがそう言ってたんだな? 軍令は絶対、そうだろ?」


「…………」


「なんとか言えよ。分かったって。各隊は暫く抑えとくぜ。でもそんなに長い時間抑えられると思うなよ」


「助かる。一刻でいい」


「そりゃまた随分と長いな」


「頼んだぞ」


「無茶いうぜ」


 自分も準備しなくてはならないのでロブはウィリーの元へ戻っていった。


 ブランクはやれやれと溜め息をつくと再び集団の元へ戻る。


 声は聞こえずとも二人の身振り手振りを見ていた一同は何があったのか気になっていた。


 禿頭のコーエンが恐る恐る尋ねる。


「ブランクさん、ロブさんと何を話していたんです?」


「ああ。ティムリートからの伝言さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ブランクの言葉に一同は顔を見合わせ大いに喜ぶのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺しての革命だと反発を受けて同じ流れを繰り返すだけですよね。ブロキスのように未知の力を前面に押し出してもそれは変わらなかったので。
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