鞘の巫女 2
ビクトル・ピークは装甲義肢の最後の適合者だ。
この兵器は微妙な調整が必要であり、適合しないまま操縦すると大怪我をするという欠点があった。
操者として合格するまでに何人もの志願者が再起不能となり口封じされている。
ここ十年は戦争がなかったため事故を戦死として処理することが出来ず、よって新たな適合者を発掘出来ずにいたのだった。
「さて、今度はどうかな。動かしてみて」
「まだ少し重いですね。もう少し出力を上げても大丈夫そうです」
ピークはロブとの再戦のためにアシンダルに装甲義肢を修理して貰っていた。
帝都に迫る解放戦線の集団の中にはきっとあの男もいるだろう。
十余年前に自分の経歴に傷をつけ、最愛の上司まで奪った男。
再び現れたと思ったらまたも自分の居場所を奪っていったあの男をピークは許すことが出来なかった。
「ねえピークくん、今度は腕にこんなのを付けてみない? 電撃を飛ばすやつなんだけどさ、指向性に関してはまだ試験段階だけど、殺せない敵には有効だと思うよ」
「いえ、武器は増やさないで下さい。慣れるのに時間がかかります」
「うーん、どうにかして生け捕ってきて欲しいんだけどなあ」
「またそれですか。無理ですよ。私たち二人がかりでも無理だったんですから」
博士はロブに興味津々だ。
事あるごとに捕らえられないかと言う。
しかし実際に相対してみればそんなことは出来るわけがないと思い知るだろう。
あの男は体に得体の知れない化物を飼っているのだ。
「本当に無理かなあ。君は義肢での実戦が初めてだったわけでしょ? ジメイネスくんたちだったらなあ」
「呼び寄せますか? その間にこの国はもうないでしょうね」
「ごめんごめん、分かってるよ。そもそも呼び寄せられないしね」
暗に力不足だと言われて憮然とするピーク。
アシンダルはからからと笑いながら謝った。
能力が足りてないことなど自分が一番よく分かっている。
自分はあの嵐の夜、振り上げた手を降ろせなかった時から何も変わっていないのだ。
「そういえばあの二人は何故ダルナレアに配属されたんです?」
「あれ、知らない? モサンメディシュにラーヴァリエの魔法使いが集結して何か企んでいたかららしいよ」
半年ほど前にブロキス帝がモサンメディシュに異変を感じ、当時付近に配属していたバルトス・ジメイネスとセロ・ディライジャ両装甲義肢使いを急遽ダルナレアに送ってからそのままだという。
この異変とはラーヴァリエ教皇から密命を受けたルビクがジウに潜入する前にサイラスの力を使ってエーリカのいるモサンメディシュに転移魔法を使った時の気脈の乱れのことを指していた。
その時、ブロキスに感づかれたことを覚った教皇は以後ルビクたちに事あるごとに魔力を消して行動するように命じた。
自然と溢れ出ている魔力を意図的に消すのは非常に精神力がいるので高位の魔法使いでなければ出来ず、見失ったブロキスはラーヴァリエが親帝国派の重鎮を暗殺せんと動き出したのかと警戒して二人にアストラヴァ女史の警護を任せたのだった。
「それでダルナレアとモサンメディシュが交戦開始ってわけですか。結局今どうなっているんでしょう? 遠くてなかなか戦況が届かないのがじれったいですね」
「ダルナレアもせっかく帝国と信教国の代理戦争をやってるっていうのに、当の帝国がこんな状況になってるって知ったらびっくりするだろうね。……さあ今度はどう?」
「ああこれは……いい感じです」
装甲義肢の腕を動かし……脚も動かしてみる。
ピークの全身はまるで化身装甲のような様相となっていた。
本来上半身のみの装甲義肢を操るピークに下半身の装備はない。
それはアシンダルが昔一機だけ作ってみた、速度重視の特殊な脚型装甲義肢だった。
「一つのセエレ鉱石につき一機の装甲義肢でも出力が難しいのにさ、これ本当に動かす気なの? やってみたことがないわけじゃないけどさ、 でも実験では全て失敗。みんな再起不能になっちゃったもの。立てる? あ、立った。きみすごいねえ」
雷導を開始した上半身の動力部から配線を通って下半身の装甲義肢にも通電する。
微細な火花放電で動くこの兵器は作動部位が動力部から遠くなればなるほど操作が難しくなる。
化身装甲より軽量化されている装甲義肢は一層操作が繊細になっており僅かに出力を損じるだけですぐに重篤な怪我に繋がってしまう。
一瞬でぐちゃぐちゃになるよりはましか、いや敵中で意識を保ったまま行動不能になる恐れがあるほうがもしかしたら恐ろしいことなのかもしれない。
「慣らし運転をしてきます。城下では空き巣や強盗が多発しているらしいですから」
「いいけど。管轄外でしょうに」
「憲兵がいませんから」
ピークは一礼して機械課を後にした。
いつランテヴィア解放戦線が攻めてきてもいいように新しい装備で動けるようになっておかなければならない。
脚型の装甲義肢は踵からつま先までが長く一見すると膝が逆関節になっているように見える。
実際に歩いてみると膝はほぼ固定されており、足首を動かして移動しなくてはならずかなり違和感があった。
「……アシンダル中将閣下」
ピークが去った後、報告書に目を落としていたアシンダルの元に壁を伝いながら女性がやってきた。
一糸まとわぬ姿のサネス少佐である。
右腕は肩の先からなくなっており包帯が幾重にも巻かれていた。
縫合手術が終わった後、壊れた化身装甲と一緒に検査室に転がされていたが目が覚めたのだ。
「ああ、少佐。まだ動いちゃいけないよ。熱だってあるでしょ」
「…………」
「どうしたかな?」
「出撃します」
「駄目です」
「何故ですか」
「逆に聞くけど、何のために?」
「軍曹を発見しました。彼を捕らえるのは私の使命です」
「ランテヴィア解放戦線はまだ帝都領に入ったばかりだよ。ここから化身装甲で出撃したって、到着する頃には稼働限界だ。どのみち彼らはここに来る。君は休んでいなさい」
「さっきピーク兵長は装甲をまとって出て行ったではありませんか!」
「准尉、だよ。サネス少佐。彼は来るべき時の為に装甲義肢の慣らし運転に行っただけ」
「ならば私も……」
「君の装甲は壊れちゃったから直すのに時間がかかる。君自身も腕が取れちゃってる。傷が塞がるまで化身装甲には乗れない。乗ったら傷口が開いて装甲と癒着しちゃうからね。二度と装甲から降りられなくなるよ」
「…………。私の化身装甲が壊れた? 何を仰っているんですか、中将閣下。私の装甲ならそこにあります」
サネス少佐の指さした先には検査室の隅っこに置かれた化身装甲があった。
純白の塗装に二重線の四角の中に星が一つ入った階級章が塗装された肩口。
その階級は少尉を表すものである。
この十余年、乗り手がおらず、かといって廃棄するわけにもいかずずっと置きっぱなしになっていた機体だった。
「ねえ、もうやめない? そういうの」
「……何がですか?」
「僕はそういうのの専門じゃないからどう言ったらいいかわからないけどさ、もうお姉さんのふりはやめようよって言ってるの。ニファくん」
アシンダルの言葉にエイファの口元が引きつる。
二人の間に重苦しい沈黙が流れた。