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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
ハイムマンの手記
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ハイムマンの手記 10

「あの男ってだれだ?」


「みんな御存知、帝国諜報部のヘイデン少佐ですよ。ああ、今は大佐ですっけ」


「ウィリー、なんて書いてあったんだ?」


「船でゆっくり解説しましょう。あとこの情報は是非ともティムリートさんたちと共有したいところです」


「また寄り道かい?」


「ちょっと()れるだけですよ。それに最短航路を辿った場合、サロマ島の国境警備隊がまだ機能していたら面倒です。いったんテルシェデントに寄港して夜のうちにジウに向かうほうが安全でしょう」


「巫女の力が発現するっていう年始にはジウに居たいんだけどねえ」


「それは大丈夫ですってば。ちょっと寄るだけですから」


「カヌークには行ける? 助けてくれたみんなにまた会いたい」


「それは……また今度にしましょうね」


 目的の定まった一同は少しだけ他の場所も調査した。


 他には有益そうな資料はなさそうだった。


 とりあえず持ち運べそうな物品だけ無理のない範囲で搬出して商船に戻る。


 次の行き先はテルシェデントだ。


 一か月弱ほど離れていたので今ゴドリックの情勢がどうなっているのかは分からない。


 それでもブロキスがいないとなると中央は混乱し反乱軍には追い風になっていることだろう。


 解放戦線に頑張ってもらえばジウ勢はブロキスのいるラーヴァリエの動向だけに注力すればよいので幾分(いくぶん)か楽になるはずだ。


 そしてどうやらハイムマンの手記は彼らを助けるものにもなるらしかった。


「ヘイデン……どこまで奴の手の上なのか。これがずっと昔から練られていた計画の一部ならブラン……ティムリートたちが心配だな」


 ロブの言葉にウィリーも頷く。


 そして懸念は的中していた。





 数日後、テルシェデントへ入港した一同は町が大いに賑わっているのを感じた。


 テルシェデント奪還の立役者の一人でもあるロブの再訪に喜ぶ入港管理官に聞けばなんとロブ達が帝国を発った後の一週間ほどで革命が帝国全土に広がったという。


 あまりの展開の速さにロブは驚いたが革命とは人々の気勢によって短期的に決する場合が歴史の常だとウィリーは語った。


 ただしそれは同時に更なる波乱の幕開けでもあるので気をつけねばならなかった。


 感情の(おもむ)くままに同じ方向を見て戦った仲間たちも、いざ冷静になってみれば主義主張が違いそこから再び(いさか)いが産まれることがよくある。


 特に今回の場合においては西側の貴族たちも革命に呼応したということが懸念事項だろう。


 短絡的に考えれば帝政の命運は残り幾何(いくばく)もない。


 しかし現政権を倒せば万事解決となるほど社会というものは甘くないのだ。


 更に話を聞くと自体はもっとややこしくなっていることが分かった。


 ブロキスの突然の譲位を受けて今はリンドナルのバンクリフ・ヘジンボサムが新しく皇帝の座に就いているというのだ。


 老齢のバンクリフは息子のトゥルグトに家督(かとく)(ゆず)って久しく表舞台からは退いていたものの襲名を受けて自身が帝都ゾアに入ったらしい。


 案の定国内は大いに荒れた。


 西側の貴族たちが決起したのはこれに()るところが大きいだろう。


 帝国は西海岸を発端とするゴドリック王家が代々統治してきた国家である。


 外様(とざま)領主であるヘジンボサムが自分たちの頭上に君臨するなど、貴族の誇りが許さなかった。


 そこに颯爽と登場したのがランテヴィア解放戦線のテルシェデント占拠の報だった。


 ゴドリック王家縁戚のブランバエシュに貴族たちは喜んで呼応した。


 現帝政の反勢力は帝都を覆う形で急成長した。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 かくしてティムリートたちは帝都ゾアに迫る所に躍進中らしい。


「これは……不味いですよ。勢いだけが燃え上がって、本質がすげ変わっているのに止まれなくなっています」


 ウィリーは信じられないという顔で頭を振った。


 ランテヴィア解放戦線の進撃を喧伝(けんでん)し貴族たちをその気にさせたのは帝政に不満を(いだ)いていた軍内部の協力者による広報もあってのことだという。


 そんな勢力をヘイデンが放置していたとは考えにくく彼の意図が絡んでいることは明白だ。


 つまり解放戦線は仇敵ヘイデンと協力して王座に就いたばかりの老人を取り囲み打倒政権を声高に叫んでいるわけである。


「ティムリート……早まらないといいが」


「二手に分かれましょう。とりあえずリオンさん、あなたは大賢老の元に帰ってください。あなたが戻れば大賢老が目覚めるかもしれませんからね。魔力を使い過ぎて眠っているだけならばリオンさんの魔力を捧げることでもしかしたらどうにかなるかもしれませんし」


「う、うん。分かった」


「オタルバ。お前も今回はルーテルと一緒にジウに残ってくれ」


「はいはい、亜人だとばれると余計な問題が舞い込むからねえ」


「残念だったなオタルバ!」


「お前もだラグ・レ」


「解せぬ」


「ティムリートさんの所にはロブさんと私とビビ、あとダグで行きましょう。グレコさんとカートさんはリオンさんたちをジウに届けなければならないし船を管理していただかないといけません」


「アルマーナの連中がまた余計なことをしないといいけどねえ」


「停泊は不可能でしょうね」


 とりあえずザッカレア商船はリオンたちをジウに帰した後はテルシェデントに戻ってくることになった。


 ジウにはシュビナがいるから万が一連絡を取り合う必要がある時には行き来して貰えばいい。


 ブロキスから貰った精隷石もジウの戦士たちが使うことにした。


 特に魔力の心得のあるオタルバ、シュビナが使いこなすことが出来れば能力は飛躍的に上がるだろう。


「それにしてもヘイデン……狡猾な野郎だぜ。ヘジンボサム家とブロキスは元々の御家柄的に仲良しなはずだろ? あの野郎はそれを快く思っていなかったのか? 野郎自身が王座に就くつもりだったのに邪魔が入ったからぶっ殺したれって感じか」


「いや、ブロキスのあとにヘイデンが王位に就くなんて最も反感を買う継承だ。おそらくヘジンボサム家をヘイデンがそそのかしたんだろう」


「どういうことでえ」


「革命が成功したとして、次に火の粉がかかるのは元リンドナル王家のヘジンボサム家だからだ」


 勢いに任せた変革で得た平和など長続きしない。


 必ず革命軍の中で対立が起きる。


 その対立から目を逸らさせるにはまた共通の敵を作るしかない。


 目下、ヘジンボサム家は丁度いい存在と言えるだろう。


 民衆は東西貧富問わずヘジンボサムがブロキス帝の産業政策で一番富を得ていると考えている。


 その意識に織り交ぜるように旧王家が今後の火種になりかねないと焚きつければ世論は簡単になびくはずだ。


 ヘイデンはそこに目をつけてバンクリフに一計を提示したに違いない。


 バンクリフがブロキスの代わりとなって悪役となり息子を勝者の側に付かせれば御家存続だけはきっと果たされるだろうと。


「なんてこった……幕引きのための生贄(いけにえ)かよ!」


 解放戦線の本来の敵は偏った経済政策と戦争の消耗で国内の格差を広げたブロキスとそれを支えて暗躍するヘイデンだったはずだ。


 ティムリート個人としても敬愛していたレイトリフが謀殺された恨みがあったはずである。


 しかし解放戦線は意思なき大衆を迎合してしまったことで組織の制御が難しくなり、分かりやすい大団円を求めざるを得なくなってしまった。


 ヘイデンでは象徴的な敵として力不足であり政権の長の肩書きさえあれば中身がなくともバンクリフの首のほうが価値があるのだった。


 ティムリートは今は堪えてヘイデンの策に乗ったふりをしていずれ彼に復讐出来る機会は巡ってくると考えているのかもしれないが甘すぎだ。


 ティムリートとヘイデンでは謀にかけた年数が圧倒的に違うのだ。


 ハイムマンの手記によればヘイデンの目的はレイトリフに関係するものの根絶である。


 それは十余年前の大転進記念祭を経て果たされたはずだった。


 しかしレイトリフの忘れ形見のように現れたティムリートの存在が再びヘイデンの闇に火を着けた。


 先に謀殺されるのはティムリートのほうだろう。


 急がなければ取り返しのつかないことになる。


 ロブたちは馬を借りて戦線のあとを追った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この章の感想。 いきなり驚かされるな展開だったが、取って付けたような違和感がまるでないところ。
[一言] 大衆は厄介ですね…結果無駄に国力が削がれて周りの国に攻められる可能性も
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