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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
ハイムマンの手記
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ハイムマンの手記 9

「ねえ、あれはなに?」


 ラグ・レは手を止めてリオンが指さす方を見た。


 恐らく無人島だろうか、木々の奥に巨大なものが横たわっていた。


 一見すると緑に飲まれていて見落としがちだがよく見ると赤茶けた人工物であることが分かる。


 ラグ・レもそれを見たのは初めてだった。


「分からん。誰か知ってるかな。おおいジム・ダグラス、あれはなんだ」


「本名で呼ばねえでくれよお嬢ちゃん。で、どれがなんだ?」


 進路の水位を目視で確認していたダグはそれを確認すると拳を打って喜んだ。


「まじかよ難破船じゃねえか! よく見つけたなあ、こいつぁ社長に報告しねえと!」


「なんでそんなに喜んでるの?」


「あれが未発見の難破船ならな、中にあるもんは発見した奴のもんになるのさ」


「えっ泥棒するの?」


「人聞き悪いこと言うない」


 船乗りの間では常識だが持ち主が死亡するなりその場を離れるなりして放置された船は次に発見した者がその所有権を引き継げる。


 明確な法律はなく暗黙の了解で行われていることだが難破船には夢が詰まっている。


 それがもし金品を積んでいたら一瞬にして大金持ちになれるのだ。


 話を聞いたウィリーも俄然(がぜん)やる気になって寄り道したいと駄々をこねた。


 リオンとラグ・レも宝探しなのだと理解して盛り上がった。


 二人の圧に押されてオタルバも渋々ながら了承する。


 ロブは興味がないので残るつもりだった。


 しかし島に近づくための小型船を下ろしている時に望遠鏡を覗いたウィリーが呟いた一言に反応した。


「海賊船……ではないですね、残念ですけど。そんなに古くない軍船のようですが。ロブさん、もしかするとあれは……」


「……俺も行こう」


 小型船にはウィリー、ダグ、ロブ、ラグ・レ、リオン、オタルバの六人が乗り込み船の調査に向かった。


 難破船は完全に島に乗り上げて木々に包まれていた。


 数百人乗りの立派な戦艦で、全体が()びてしまってはいるがその造りから旗艦級のものであると推察できる。


 そんな大層な船を完全に陸に乗り上げさせるまで牽引するなど普通ならば不可能なことだ。


 ウィリーから船の特徴を説明されたロブは鼓動が高鳴るのを感じた。


 船は間違いなく十余年前の大津波でここまで運ばれたものだ。


 セイドラントが滅びた際に発生した大地震に誘発された津波で流され制御を失ったこの船は、偶然(ぐうぜん)にも島の木々に引っかかりそのまま身動きが取れなくなってしまったのだろう。


 周辺の海域は水深が浅く、大きな波が起きれば簡単に流されてしまうのだ。


 これほど大きな船が今まで誰にも発見されずにいたなどとは考えにくいが荒らされた形跡はなかった。


 ゴドリック帝国がセイドラント近海を進入禁止区域に設定してあらゆる侵入者を遮断していたせいかもしれない。


 一同は鉤つきの縄梯子(なわばしご)を使って傾いた甲板に降り立った。


 錆びついてはいるものの状態は良好で荒らされた様子も見当たらなかった。


「間違いない……かつてのリンドナル方面軍の母船だ」


「てえことはアロチェット大将のものかハイムマン少佐のものか。当時の船はみんな魚の集合住宅になってるかと思ってたが……こいつぁ大発見だぜ」


「脱出補助用の小型船も固定されたままですね。座礁した時に固定台が歪んでしまったみたいで降ろせなかったようですが……あれがちゃんと機能していたら全員が歩いて帰るだなんてことにはならなかったかもしれませんね」


「歩いて帰るって……ここからゴドリックまで歩いたのかい!?」


「ああ。ここらへんは干潮時に足が着くくらいの水位になるからな。場所にもよるが。それを見計らって歩いた。泳がなければならない場所も多かったが」


「よく帰れたねえ……」


「皆で腕を組んで一列になってな、背面で泳ぐんだ。息絶えて沈む奴もいれば血の臭いを嗅ぎつけてきた鮫に海中に引きずり込まれた奴もいた。それでも皆で声をかけあってひたすら泳いだものだ。……懐かしいな」


「ロブ・ハースト、そんなものを懐かしがるな」


「いえ、話せるなら話したほうがいいですよ」


「へっへっへ、俺らの思い出話なんかそんなもんしかねえよな。ところで巫女ちゃんはどこ行った?」


「ここだよー。見て、ここから中に入れる!」


 探検を開始していたリオンが船内への入口の前で手を振っている。


 一行は未だ宝探しに胸を膨らませているリオンを見て苦笑し後に続いた。


 狭い通路を進んでいく。


 やはり誰かが入った形跡はなく船室は当時のままとなっていた。


 金銀財宝とまではいかないが探せば何かあるだろう。


 武器弾薬の類はとうに使用期限は過ぎているだろうから迂闊にいじらないほうが良い。


 船尾の最奥に行く。


 そこだけは通路が少し開けており立派な扉がついていた。


 大体の船では艦長室に当たる場所でこの船も例外ではなかった。


 開けると船の中とは思えない立派な政務室となっていた。


「机に椅子に……まるで普通の部屋みたいだな。窓が分厚くて白い」


「傷か経年劣化か何かで白くなってしまったんでしょう。それでも問題なく明るいですね」


「不思議だねえ。誰の出入りもなかったからかね、十年以上も放置されていたにしてはすごく綺麗に感じるよ」


「なんか住めそうだね」


「航海日誌か何かがあるはずだ。もしかしたら何か俺たちに必要な情報が得られるかもしれない」


「なるほど。となれば、あるとすれば書類の入ってる本棚か机の引き出しでしょうね」


 ウィリーが引き出しを開けようとすると鍵がかかっていた。


 鍵を探さないと……と思いきやオタルバが力ずくで引っ張り鍵をぶち壊した。


 女性でも亜人の腕力は侮れないなとウィリーは改めて思った。


 引き出しの中にはいくつかの書類に紛れて片面が紐で()じられた冊子が入っていた。


 冊子は油かすを染み込ませた厚紙に挟まれていた。


 散らばらないようにする工夫である。


 厚紙はひび割れ黄ばんでいたが、中の紙は厚紙に近い数枚に色移りしているだけでかなり保存状態は良かった。


 表には確かに日誌と書かれていた。

 

「これじゃないかい?」


「どれどれ……十月七日、名誉の抜擢(ばってき)によりリンドナル方面軍キース・アロチェット大将閣下の傘下に加わることになった。身に余る光栄だ。島嶼の情勢、編成規模を鑑みて年始は船の上で過ごすことになりそうだ。不愉快なので諸々の静動を私的に書き留めておくこととする……か」


「不愉快って」


「情報が殆ど知らされない末端兵士ならいざ知らずよお、艦長級の人間が秘密の手記をつけるってなあなかなかの背信行為だな」


「旗艦級の船の艦長室にある日記だ。間違いない。それはハイムマン少佐の手記だ」


 ロブが僅かに口元を(ほころ)ばせる。


 正しい軍人であるアロチェット大将に比べてハイムマン少佐は自由人気質なところがあった。


 彼女が残す記録なら色々なことが知れそうである。


 ウィリーは要点を掴むために後ろから読み始めた。


「なあロブ・ハースト。お前よく言うが、ハイムマンって誰だ?」


「俺がリンドナル方面軍の兵士をやっていた時の上司の上司だ。あのレイトリフの実の娘でもある」


「破天荒な女だったな。そういやハーシーよう、あの女ぁ実家を継ぐのが嫌だってんで若い将校強姦して既成事実作って無理やり嫁入りしたって話は本当か?」


不躾(ぶしつけ)だぞ、ダグ。だがレイトリフは歓迎していなかったことは確かだな」


 ジルムンド・レイトリフ。


 ゴドリック帝国東部三領の中央バエシュ領領主にしてバエシュ領方面軍の司令官を務める陸軍大佐だった男だ。


 野心家で打倒ブロキスの革命を起こそうと画策し、中立国ジウの協力を引き出した策士でもある。


 ロブはその際にレイトリフとジウの仲介を行った過去がある。


 彼は十余年前の大転進記念祭で命を落とした。


 アルバス・クランツの話では彼を殺したのは帝国諜報部のショズ・ヘイデンらしい。


 知られていない話だがヘイデンもまたレイトリフの実子であるらしく、養子に出されたことが親殺しの動機となっているようだ。


 カーリー・ハイムマン少佐を無断撤退の大罪人と定めたのも諜報部、つまりヘイデンの息がかかっていることは明白であり、家族関係には大きな闇がありそうだった。


 さしあたり物的証拠を残さない狡猾なレイトリフや息をするように嘘をつく陰湿なヘイデンと違ってハイムマンは気風の良いさっぱりとした性格だった。


 書いてある内容も悪く言えば単純なものに違いない。


 ウィリーは手記を閉じると眉根を寄せて目頭を押さえた。


「これは……ちょっと整理する必要がありそうですね。ですが、一つだけ。当時のリンドナル方面軍が壊滅した責任は……あの男にあります。ハイムマンさんたちは罪を被せられたに過ぎません」


 ロブの内面でざわりと粘性のある炎が(くすぶ)るのをリオンは見逃さなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 難破船といえば航海日誌で情報収集ですが書くことを義務付けられてるって今調べて知りました。 暇で書いてるわけじゃなかったんですねぇ…
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