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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
ハイムマンの手記
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ハイムマンの手記 5

 船の上でロブは潮風に当たっていた。


 リオンがいるので魔力を使って景色を見ることは出来ないが早朝の波の香りは澄んでいて心地がよい。


 ウィリーによると午前中には目的地に到着できるとのことだ。


 セイドラントに行くのは初めてだった。


 あの国の滅亡に関しては色々疑問点があった。


 大賢老に会う前にそれらをしっかりと見極めておきたい。


 いつ、どうなれば目覚めるのか分からない大賢老を待つ時間が惜しい。


 彼の地へ行けば必ず答えの方からやって来るとロブは確信していた。


「早いですね」


 ウィリーの声がして隣に立つ気配がした。


 温かい飲み物を持ってきてくれたようで器を握らされる。


 初夏とはいえ夜明けはほどほどに寒い。


 ありがたく口にしたロブの胃にじんわりと茶の(ぬく)もりが広がった。


「お前もだ。寝ていないだろう」


「セイドラントの海域に入ったわけですからね。気になりまして。あなたもでしょう?」


 短い笑いで返事をするロブ。


 ザッカレア商船はすでにゴドリック帝国が定めた立ち入り禁止区域に入っていた。


 にも関わらず哨戒(しょうかい)の船もいなければ禍々しい魔力を感じたりもしない。


 順調すぎるほどに順調だった。


 十余年前、大賢老はセイドラントが滅んだ直後の光景を見た。


 強大な魔力の爆発が地震と津波を呼び一瞬で多くの命を奪い去った。


 その地に立っていたのはブロキスと、腕に抱かれたリオンのみ。


 これが大賢老が見た光景だ。


 ブロキスはこの時リオンを自分の子だと言ったという。


 恐らくそれは正しく、教皇がリオンに語ったとされる両親の話は嘘だ。


 根拠は薄いがそんな気がする。


 呪いから解放されたいと願いつつも、娘を危険に晒したくなくて遠ざけようとするという矛盾した行動を繰り返していることから葛藤のようなものが見えるのだ。


 そんな男が何故国を滅ぼしたのか。


 そんなことをすれば我が子が危険に晒されることになるだろうに。


 それよりも深刻な脅威が迫っていたというのか。


 それは一体何なのか。


 わざわざゴドリックを経由し、約一年の空白を設けてからリオンをジウに攫わせる計画に移ったのは何故か。


 単純に帝国の掌握(しょうあく)に時間がかかっただけかもしれないがロブはブロキスが最初は大賢老に頼るつもりはなかったのではないかと考えていた。


 この真実如何によってはロブは認識を改めなくてはならない。


 特に、あの男の認識を。


「何を考えているんですか?」

 

「ああ……いや。社長、いやウィリー、お前とはもう十年の付き合いだな」


「ふん? ……ええ、長いですね」


「まだ変わらないか? 世界平和の夢は」


「なんだ、そんなことを考えていたんですか。もちろん変わってませんよ」


「この十年で俺たちは何が出来ただろうか」


「なにも。未だ世界は動乱の中です」


「争いは本能だ。相手がいれば拳でだって人は殺せる。武器を制御しても人は制御できない。それでもお前はまだ夢みたいなことを言い続けるのか」


「そりゃあまあ、夢っていうのはそういうものでしょう」


「大賢老と呼ばれる男でさえ世の関わりを絶ち、自分を慕う者だけの小さな居場所に甘んじている。それが真理じゃないのか」


「ははは、それを言われるとね。……私も色々考えましたよ。超大国に抗う新進気鋭の小帝国、不思議な力を使う皇帝に抗おうとしていた地方領主、神秘の島で隠棲(いんせい)する太古の賢人……。この地域は面白いですね。色んな方々に接近し、色々学べました。学べば学ぶほど夢は遠く(かす)んでいきましたけどね。心が折れたことも一度や二度じゃありません」


「それでもまだ諦めきれないのはあの子の存在があるからか」


「はい。繋世(けいせい)の巫女ですよ? 世界共通の暦にもなった伝説の存在です。炎雷を(まと)った空を覆うほどの大蛇を倒せる唯一の少女! ……眉唾でしたが大蛇は存在がほぼ確定したわけですからね。ラーヴァリエはその宗教観からその邪神を自らの信仰する神だと勘違いして信じてしまったようですが、世界はきっと真逆の反応をするはずです。上手くすれば人々は巫女の(もと)に結託するでしょう。そして邪神を倒した時こそが、世界に新しい秩序をもたらす好機だと私は思うんです」


「……やはり俺にはお前の考えてることはよく分からんな」


「聞いておいてそりゃないですよ」


「だがお前は包み隠さず話してくれるからな。信用はできる」


「そりゃどうも。私もロブさんのこと……おや?」


「どうした?」


「島影が見えてきました。セイドラントでしょう」


 念のため乗組員たちを起こし敵襲に備えなくてはならない。


 信頼してますよ、とウィリーはロブの肩を叩き戻っていった。


 いよいよ謎に迫る時が来るのか。


 ロブは茶で喉を潤し、大きく息を吐きだした。




 ザッカレア商隊はセイドラントの港町アクタムに入った。


 寄港するまでも、してからも周囲には何の反応もなく船は朽ち果てた波止場(はとば)に停泊する。


 リオンは故郷の地を踏んだ。


 いたのは赤ん坊の頃の一瞬の事なので当然覚えてなどおらず、なんの感慨も湧かない里帰りだった。

 

「綺麗なところだね」


 リオンのあっけらかんとした感想に振り返り肩をすくめるオタルバ。


 上陸した一同は困惑していた。


 それは皆が思い描いていた亡国の姿ではなかった。


 ロブは確証を得るために質問した。


「森の中にいるかのような匂いだ……ラグ・レ、どうなってる?」


「どうもこうも、崩れた建物が植物に侵蝕(しんしょく)されている」


「リオン、魔力の流れはどうなってる」


「どうって……普通だよ。とっても穏やか」


「やはりそうか」


「ううむ、これがセイドラント……か。想像とはだいぶ違う……な」


 セイドラントはブロキスの不思議な力によって一瞬にして滅びたと伝わっている。


 一瞬にして滅ぼしたのだから強大な魔法を使ったことは想像に(かた)くない。


 ブロキス個人の魔法は拘束魔法であり、ならば使ったのは蛇の呪いにより付与(ふよ)された黒い炎雷のほうだろう。


 だが港の建造物は全て倒壊こそしているものの、それらは苔むし、草木が芽吹き、自然に還りつつあった。


 黒い炎雷は通常の方法では消すことが出来ないので噂が本当なら島は全域が延焼していてもおかしくないはずだ。


 呪いは反魔法を使うことでのみ消せるがそれには莫大な魔力を消費する。


 あの大賢老ですらテルシェデントの兵舎の一角を浄化するのに長期の睡眠を要するほど消耗したというのに、爆風と地震を伴うほどの炎雷に見舞われたはずの島をブロキス含む他の魔法使いが浄化できるはずがない。


 ブロキスがゴドリックの在位中に立ち入り禁止にしていたのはこの矛盾を隠すためだろうか。


 何が目的でそのようなことをしていたのか。


「王宮まで行ってみましょう。大きくはない島です。歩いたらすぐに見えてきますよ」


 一同は二手に分かれた。


 アクタムにて船を見張り索敵しつつ周囲を調査するのは病み上がりのルーテルと、ザッカレア商隊のビビ、ダグ、グレコ、カート。


 王宮へはリオン、ロブ、ウィリー、オタルバ、ラグ・レが行く。


 果たして王宮はどうなっているのだろうか。


 出立したリオンたちを見送るように、野生化した黒薔薇(くろばら)が静かに揺れていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分が滅ぼしたと気付いたら良くないことになりそうですね…
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