ハイムマンの手記
青空が広がっていた。
その下で無数の気配がする。
視線を下げれば白亜の瓦礫が折り重なり複雑な構造を織り成していた。
この残骸は見たことがあった。
それもそのはずだった。
ここはラーヴァリエ首都エンスパリ。
無数の気配は群集。
跪き祈りを捧げ、あるいは歓喜に震え涙を流していた。
人々が讃えている。
その対象は後ろにいるらしい。
振り向くとそこには歓声に応え威風堂々と佇む者たちがいた。
まさか、生きていたのか。
ラーヴァリエ教皇と更生官アルカラスト。
脇を固めるように四体の邪神の分身たち。
それらを従えるのは漆黒の鎧をまとった醜悪な顔の男。
ザニエ・ブロキス皇帝だ。
まるで出来の悪い神話の彫刻画のように禍々しさと清廉が混ざり合った光景。
それにしてもこれを見ている自分は誰だろうか。
僕だよリオン。
見なよ、この美しい光景を。
争い合っていた両国が手を取り合った。
島嶼もこれで平和になる。
君も一緒に幸せになろう。
その素晴らしい魔力は世界のために使うべきなんだ。
ルビク?
そう、僕は君と共にいる。
友達だろう?
嫌……あなたは友達じゃない。
なぜだ!!
リオンは飛び起きた。
辺りを見回し、そこが船の中の一室だということに気づいて安堵する。
この船には見覚えがある。
ウィリー・ザッカレアの船だ。
シュビナに連れられてナバフ族の島へ行きオタルバたちと合流できたのも束の間に、そこからの記憶が殆どない。
夢を見て内容をオタルバに話したような気がするのだがうろ覚えだった。
無事にジウへ向けて出港したということだろうか。
ようやくジウに帰れるのか。
それにしても、とリオンはだんだん腹が立ってきた。
ルビクが夢に出てくるのはこれで二度目だ。
いちいち寝覚めが悪い。
あの独善男に関わるのはもうまっぴらごめんだ。
だが教皇の施した封魔の魔法陣はもう消えている。
自分は魔力の消し方を知らない。
そしてルビクが夢に出てくるということは彼にかけられた催眠魔法はまだ健在ということなのだろう。
面倒な首輪をつけられたような気分にリオンは辟易した。
皆は他の部屋にいるのだろうか。
リオンは寝台から降りて廊下に出た。
道中でビビやグレコと会い上機嫌で船長室へ向かう。
船長室ではウィリー、ロブ、オタルバ、ルーテル、ラグ・レ、シュビナが膝を着き合わせていた。
「みんな!」
「リオン! 起きたのかい!」
「おお、リオン!」
「心配かけちゃってごめんね。もう大丈夫だから。シュビナは平気?」
「ぎっ、わ、私はもう元気っ」
「良かった。……ごめんね」
本心ではなかったとはいえシュビナに酷いことを言ってしまったことをリオンは真っ先に謝罪した。
シュビナは分かってると言わんばかりに羽を広げて見せた。
男どもには教えていないがオタルバとラグ・レはシュビナから喧嘩した話を聞いている。
仲直りが出来て良かったとオタルバたちは顔を見合わせて安堵した。
「あれ? そういえばノーラとエルバルドは?」
「…………」
当然と言えば当然だがいきなりの質問に場の空気が凍った。
リオンが目覚めてくることを想定していなかった一同はエルバルドがナバフの島に残ったことをどうリオンに伝えるか考えていなかった。
本当のことを言えばリオンは自分のせいだと自分を責めるかもしれない。
訝し気な顔をするリオンに気取られまいとオタルバは笑い声で誤魔化した。
「二人は外交でいつも一緒だろ? 別行動さね」
「そうそう! 敵の追手がくるかもしれないからな。二手に分かれたんだぞ」
「ふははははー! ふはははははー!」
何がおかしいか分からないがリオンはルーテルの誘い笑いに釣られて笑った。
ほっとする一同だった。
誰ともなく会話が止まり一瞬の静けさが訪れる。
リオンは少しもじもじしていたが、一歩前に出て皆を見渡すと深々と頭を下げた。
「みんな、ごめんね。助けに来てくれてありがとう。私、暫くジウを離れて本当に、ジウの良さっていうか大切さに気づいた。おじいちゃんがジウを出るなって言った意味も分かった。こんなに迷惑かけちゃって……ごめんなさい」
リオンの口から謝罪がこぼれる。
ラグ・レはすぐに立ち上がり妹分の頭を優しく撫でた。
迷惑だなんて思った者など誰もいない。
リオンは家族であり、仲間なのだから。
「そういえば、皆は集まって何を話していたの?」
「それは……その」
「いや、リオンにも充分に関係する話だ。むしろ調度いい。リオンの意見を聞きたい」
「私の意見?」
「ああ。これから俺たちはジウに帰る。外洋を通って帰るほうが早いのは確かだがそれを見越してゴドリックの艦隊が待ち伏せしている可能性が高い。だから俺たちは小国がひしめく島々を縫って帰ることにしたんだがな」
ウェードミット諸島は小さな島々からなる地域だが島は弓なりに存在し、大別してアルマーナ島やダルナレアのある北側は島が少なく海が深い。
ゴドリックのリンドナルからラーヴァリエのイムリントの直線上のほうが島が無数に散らばっており海も遠浅なのだ。
無数の敵陣営の中を抜けていくのは自殺行為と思われるかもしれないがおおよそ統率が取れていない分逃げ道はいくらでもあった。
気を付けなければならないのはブロキスがイムリント攻略のために連れて来たリンドナル方面軍くらいだろう。
「折角近くを通るんだ、俺はセイドラント跡地に寄港したい」
「セイドラントに……?」
リオンの鼓動が一瞬跳ねる。
その地はリオンも気になっていたところだ。
ブロキス帝により一瞬にして滅びたと言われる小国。
果たしてロブは何を考え導をそこに付けるのだろうか。