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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
小国の記憶
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小国の記憶 8

 ラグ・レの気の済むまで殴らせるロブ。


 何発か良い当たりをくらい鼻血が出た。


 抵抗しなかったのはロブなりの贖罪だった。


 驚きのあまり放心してしまったというのもある。


 会いたくない者にこんなところで会ってしまった。


 酷い別れ方をした相手だ。


 相棒だと言っておきながら去る理由を説明するのが怖くて逃げてしまった。


 まだ幼い彼女には何も言わずに去ったほうが成長の過程で忘れてもらえると思っていた。


 だがこのざまだ。


 息も絶え絶えになったラグ・レから涙が(こぼ)れ落ちロブの切れた唇に触れる。


 自分はどれほど人を傷つければ済むのだろう。


 無言で手をかざすとラグ・レが覆いかぶさり、ロブはしっかりと抱きしめた。


 女性となった少女の後ろ頭を撫でながらロブはラグ・レが何故こんなところにいるのか考えた。


 自分がリオンを追いラーヴァリエに行こうとしていたのだからジウの住人も同じことを考えていたに違いない。


 すると船が出せるノーラあたりは確実に一緒にいるだろう。


 ノーラには十年前ですら嫌われていたし、ブランクのことをどう説明したらいいか分からなかったのでもっと会いたくなかった。


「すまないラグ・レ。俺はお前に酷い事をしてしまった。俺は……」


「今まで何してた」


「……話せば長くなるが北の大陸で商人の護衛をしていた」


「なんでそんな勝手な真似をした」


「指名手配犯の俺がジウに渡れば帝国にジウ侵攻の口実を与えると思ったからだ」


「何故それを言わなかった」


「言ってもお前たちは俺を受け入れようとするだろう」


「当たり前だ! お前もジウの住人になったんだ。家族なんだ!」


 ラグ・レが強く胸元に顔を押し付けてきたのでロブも応えて抱きしめ返す。


 目が失われてさえいなければロブもうっかり涙していたかもしれない。


 蛇神の分身の呪いについてもラグ・レは聞いているだろう。


 それでも臆さずに、何年離れていても愛情をぶつけてくれる存在の温もりを感じロブは心底過去の行動を悔やんだ。


 暫く抱き合っていた二人の耳に轟音が聞こえた。


 状況を思い出したラグ・レが上体を起こした。


 鼻水がロブの首筋に付着して伸びたので(わずら)わしそうに切り離しロブの襟で拭う。


 そういえばこんなことをしている場合ではなかった。


「ロブ・ハースト、今この島は敵の攻撃を受けている。手を貸してくれ」


「勿論だ。リオンは?」


「島の中心にある長老の家にいる。ノーラとシュビナも一緒だ。北の海岸ではオタルバとルーテルが敵と戦っている」


「オタルバが? なんでこんなところにいる?」


 顔を引きつらせるロブ。


 おそらくジウで一番会うのが怖い相手だ。


 微妙に好かれているということはロブも薄々分かっていた。


 そのぶん、テルシェデントで別れた時の「もう二度と戻って来るな」という言葉が耳に残って離れない。


「北の海岸に行けばいいのか?」


「いや、ここに残ってくれ。敵の船が東か南の海岸から上陸するだろうってエルバルドが言ってた」


「エルバルドもいるのか。ジウの有力な戦士が勢ぞろいだな。ジウの守りはどうした」


「後で話す」


「そうか……。よし、じゃあ北の海岸に急ごう」


「貴様、私の話を聞いていたか?」


「安心しろ。船の敵は……大丈夫だ」


「?」


 一方その頃エルバルドはとんでもない光景を目の当たりにしていた。


 東の海岸で見つめる先は海。


 モサンメディシュの船が船籍不明の最新型の船に蹂躙(じゅうりん)されていた。


 中でも目を引いたのは最新型の船からモサンメディシュの船へと飛び移った一人の男の圧倒的な強さだ。


 無人の野を行くかのように兵士たちを殺戮する男はまるで冗談のようだった。


 男が船の中に消えると程なくして船が沈んでいった。


 他の船は防塵面(ぼうじんめん)をした男女によって制圧され、あるいは最新型の船から伸びた鉤づめによって横から引っ張られて転覆していった。


 あっという間の出来事だった。


 あの者たちは何者なのだろうか。


 敵の敵ではあるようだが味方とは限らない。


 どう判断するべきかとエルバルドが悩んでいる時、沈みゆく船から元の船に戻った悪夢のような男がこちらに気づいた。


 満面の笑みで手を振る男にナバフの女たちは乙女のようにはしゃぎ手を振り返した。


 強さを最大の魅力として感じるナバフの女たちは心を鷲掴みにされたようだ。


 エルバルドは嘆息した。


 あまりお近づきになりたくない存在であることは彼らの無茶苦茶な戦いぶりからひしひしと伝わっていた。


 船はそのまま北に進んでいった。




 森を駆けるロブとラグ・レ。


 ロブの背中を見ながらラグ・レの表情には笑みが(こぼ)れていた。


 十年経ってもロブは全く変わっていなかった。


 それが無性に嬉しかった。


 だがそんな気分を一転させる光景が北の海岸に広がっていた。


 頭から血を流し倒れているルーテル。


 折り重なって絶命したナバフの戦士たち。


 重傷を負いながらも未だ抵抗する戦士長オロ。


 そしてオタルバは捕縛網(ほばくあみ)に捕まりながらも暴れまわり敵の銃撃を辛うじて避けていた。


 信じられなかった。


 ルーテルはジウで一番の力持ちであり、オタルバはジウ最強の門番だ。


 それがダルナレアの雑兵たちにこれほどまでに追い詰められているとは。


 立ち尽くすラグ・レとは対照的にロブはすぐさま空気を感じ取り走り出した。


「セロ!」


「分かってる!」


 ジメイネスとディライジャはロブの登場にいち早く気づいた。


 矢をつがえ火花放電するディライジャ。


 援兵はその人相から指名手配中のロブ・ハーストであることもすぐに分かった。


 ロブは生死不問の敵だ。


 空気を切り裂き強烈な一閃がロブ目掛けて放たれた。


 矢は事もなげにロブに(かわ)された。


 躱した姿勢から重心移動を利用してロブの右手に黒い炎雷が(ほとばし)る。


 次の瞬間、弓の義肢使いの頭が吹き飛んだ。


 ロブが手にしていた槍を投擲(とうてき)したのだ。


 もう一人の義肢使いが絶叫した。


 ロブはそのまま新手の登場に右往左往するダルナレア兵目掛けて駆け出す。


 落ちていた槍を拾い上げたロブは手に伝わる感触に意外さを感じた。


 とても手に馴染む槍だ。


 重さといい、振った時のしなりといい妙に懐かしい。


 それもそのはずだった。


 ナバフの槍はかつてロブがイムリント攻略戦の折に手に入れ、サネス一等兵に斬り折られるまでずっと愛用していたものと同じものだったからだ。


 ダルナレア兵などロブの敵ではなかった。


 浜辺が一掃されかけた時、船籍不明の船が現れた。


 モサンメディシュの船が向かった先から現れた不審船である。


 それが何を意味するのかダルナレアの艦長はすぐに察した。


 撤退を開始するダルナレア艦隊。


 置いて行かれた兵士たちは半狂乱になって船を追いかけたが重い防具を着たままの彼らは(おぼ)れて水中に消えていった。


 艦上ではジメイネスが血走った眼でロブを睨み続けていた。


 胸に抱かれたもう一人の義肢使いの亡骸は、上顎から上が消え失せ舌をだらりと垂らして痙攣していた。


 ロブもまた遠ざかる輝きをじっと見つめていた。


 激高して向かってくるかと思ったが中々の(つわもの)らしい。


 いずれまた相まみえる事になるだろうが出来れば戦いたくない相手だ。


 あれは感情を消したのではなく、感情を後に回しただけだろうから。




 戦闘が終わった。

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