小国の記憶 6
「あいつら戦う気満々だな」
敵がその気ならば御託を並べる必要はない。
ダルナレアの軍艦の上でも慌ただしく上陸の準備が進められた。
接岸用の小舟に兵士が乗り移っていく。
ゴドリック帝国諜報部所属、バルトス・ジメイネスは無精ひげを撫でて鼻で笑った。
「調度いいね。対モサンメディシュで援兵を寄越さなかった責で攻めるよりもこっちのほうがよっぽど粛清の大義名分になるもんね」
「ナバフの連中も馬鹿だよなあ。事あるごとに義だの誇りだの言って、全然言う事聞かねえからこういうことになるんだ」
「ジウもようやく叩けそうだね。今までは徹底的に世間と無関係を貫いていたくせにさ」
「ああ。ナバフ族とジウの亜人。一緒にいるはずのない組み合わせだ。殺すなよ。生け捕りの方が証拠になる」
「分かってるって。でも……残ったあの戦闘力高そうな連中は危ないから殺しておいたほうが良くない?」
「それもそうだな。捕虜は逃げたとかげっぽい奴だけでいいか」
「だね。よし決まり。……伝令! モサンメディシュは僕らが戦闘を始めたら女の子を連れて逃げた亜人を追ってくれ。女の子と、あと亜人を一匹生きたまま捕らえること。それ以外は生死不問だよ!」
伝令を受けた兵士が掛けていき、ジメイネスが景気づけに火花放電を迸らせた。
ダルナレアの戦艦から小舟が下ろされ兵士たちが浜に押し寄せる。
船、浜の双方から矢が飛び交った。
小舟の兵士たちは盾に隠れているため倒せない。
遠く母艦の上では鎧の男たちが不敵に笑っている。
「あノ男たチはダルナレアの兵でハない。ゴドリックから派遣さレていル兵士ダ。奴らは手ごわイぞ」
「こっちに来ないみたいじゃないか。まずはお手並み拝見ってかい? 舐めてるねえ」
「奴らノ不思議な鎧にハ稼働限界といウものガあるのダ。先にコちらヲ消耗させル戦法なノだろウ。モサンメディシュの船は静観か。奴らメ、我らとダルナレアに未だ馴れアいがなイか疑っテいルな。まとメてかかっテくれバよいモのを」
「侮ってくれるならありがたいねえ」
「ことごとく小馬鹿にしお……って!! まとめて来い! 蹴散らしてくれる……わっ!!」
海底に小舟の底が着くや否や盾の密集陣が解かれ、中から現れた兵士が発砲した。
ナバフ族の木の盾はあっさりと貫通し幾人かの戦士が倒れる。
それでもそんなことで怯むような部族ではない。
次の弾込めの前に果敢に飛び掛かり白兵戦は初っ端から大混戦となった。
つい数刻前まで同盟関係にあったとは思えない激戦ぶりだ。
もともとダルナレア共和国とナバフ族の同盟関係は浅い。
近代化に成功したダルナレアのイウダル族はいつまでも半裸で生きるナバフ族を内心で見下している。
両者が同盟を結んだのはゴドリックとの同盟のついでにすぎなかった。
「人間が……粋がるな!」
砂をまき散らしルーテルが突撃した。
銃弾にもひるまずに集団に突っ込むとダルナレア兵は木の葉のように宙を舞った。
圧倒的巨体が影を作り、高温の鼻息が空気を揺らす。
猛牛の戦いぶりはあまりにも粗野だった。
兵力差は問題にならなかった。
死を恐れないナバフの戦士。
槍を巧みに繰り出し着実に敵を屠るオロ。
剛腕と質量でまとめて大人数を押し潰すルーテル。
素早さと鋭い爪で翻弄し、土の魔法で一網打尽にするオタルバ。
瞬く間に数十人が倒されていく。
艦上の兵士たちがざわつき艦長が義肢使いたちに参戦を叫んだ。
だがジメイネスとディライジャはどこ吹く風で冷静だった。
敵の戦い方を見て、この戦いは勝ちだと男たちは確信していた。
「ずっとこの兵器について疑問だったんだよなあ。白兵戦用にしちゃあ威力が高すぎて味方まで巻き込んじまうし。明らかに現代の戦争には向いていない。だけど……こういうことだったわけね」
「この十年の配備場所が答えを物語ってる。今の配置はダルナレアにイムリント、そしてテルシェデント。……やっぱり僕たちの仮説は間違ってなかったね。この兵器は対亜人との戦闘を想定していたんだ」
「連中は戦争をしたことがないからな。戦い方がまるで喧嘩の延長だ。確かに一対一でも勝てそうだ。でもそれじゃあ芸がねえ」
「創意工夫は大事だね。臨機応変に立ち回れる兵士が戦場では生き残れるんだ」
叩き潰した兵士たちの中で咆哮をあげ、ジメイネスたちに向かって何かを叫んでいる牛の亜人。
当然、お前たちがこっちに来いなどと吠えているのだろう。
ディライジャは矢をつがえ牛に狙いを定めた。
またも何かを叫んでいる亜人にディライジャではなくジメイネスが爆弾を投げつけた。
ルーテルは爆発を回避するも驚き気を逸らしてしまった。
爆弾を投げられたことではなく着弾地点が死したダルナレア兵の上だったことにだ。
まだ息があるかもしれないとか、死体とはいえ味方を吹き飛ばすことへの呵責はないのか。
その甘さから興奮が冷めてしまったルーテル目掛け神速の矢が放たれた。
叫ぶオタルバ。
だが気づいた時にはもう遅い。
血飛沫と共にルーテルの角が飛んだ。
浜辺に吹いていた風の流れが変わった。




