小国の記憶 3
一同は借家の中でオタルバから事の顛末を聞いた。
エルバルドはリオン奪還に喜ぶよりもリオンを狙う者たちの次の動向を懸念した。
現代の戦争は本拠地を落とせば終わりというわけではない。
いくらブロキスがラーヴァリエの首都を陥落させても突出し過ぎれば逆に問題は増え身動きが出来なくなるはずだ。
「ますますわけの分からない男だ……。首都を落とせたとしてもラーヴァリエ全土の民が納得して従うと思うか? 俺は思わない。怨恨はより一層強くなり戦争は激化するだろう。そうなったらリオンを狙う余裕などなくなるだろうに」
「アスカリヒトが出てきちまったのはブロキスにとっても誤算だったのかもしれないねえ」
「仮にさ、ブロキスの力に恐れをなしてラーヴァリエが配下に降ることになったらダルナレアやモサンメディシュの連中は浮かばれないね。今も戦闘中で命を落としているっていうのに」
「それどころか長きに渡る島嶼の混乱は防げた悲劇だったということになる。蛇の力とやらがまだ目覚めていないのにこんなことが出来るということは、今までもずっと平定するだけの力量はあったということだからな」
「制御できない力さね、力量とはまた違う。まあ結果的にこの時期にどの勢力も暫く自分のところの処理に忙しくてこっちに構っている余裕がなくなったってのはありがたいことだわ」
「余裕がないのは私たちもだろ?」
冷ややかな声に全員がノーラを見た。
ルーテルは巨体すぎて家の中に入れないので人払いも兼ねて外におりこの場にはいない。
「私たちは知らなさすぎだ。ジウは私たちに何も教えなかった。世界を滅ぼす邪神だの、リオンがそれを封じることが出来る巫女だの。荒唐無形な話かもしれないけど私たちならジウを信じて色々準備が出来たはずだ。リオンだって、きちんと説明を受けていたら連れ去られることはなかったはずだ」
「もういいじゃないか、その話は」
「よくないだろ。現在進行形の話だ。ジウが何を考えてるのか皆わかってるのか? 巫女がどういう力を持っていて、どうすれば邪神を倒せるのか、知っているのは過去に巫女に会ったことのあるジウしかいないんだ。それなのに急に眠りにつくなんて。イェメトもだ、なんで本当のことを喋ろうとしない?」
「ジウたちがあたしらに満足のいく説明をしたことなんかないだろ。あたしは二百年以上一緒にいるけど聞いたことないね。見ている世界が違うんだ、ジウを不審がるのはよしな」
「…………」
「いや、オタルバ。ノーラの言う事も一理ある。ジウに戻ったところで俺たちはどう邪神に備える?」
「なんとかなる! リオンが戻ればジウだって目を覚ますだろう。それに私たちはジウの有力な戦士だぞ! 邪神など恐れるに足らんのだ!」
突然の鼓舞が煩くてシュビナは眉を顰めて寝返りを打った。
ノーラに頭を叩かれて拗ねるラグ・レ。
成長しても二人の姉妹のような間柄は変わらない。
ただし、精神が子供のままのラグ・レに対してノーラはこの十年で色々あり少し擦れてしまっている。
オタルバはラグ・レに心の中で感謝した。
ラグ・レの言うように全てが未知のこの状況ではなんとかなると思うしかないのだ。
エルバルドとノーラは頭が良いぶん思考の深みにはまりやすい。
特にノーラは外見に似合わず何かと疑り深いところがある。
「さて、落ちもついたところだ。病人の前でぐちぐち話してても良くないだろ。まとめるが、暫くはリオンとシュビナの療養を優先してここに滞在する。新年を迎えるまでに帰れそうになければ療養途中でもニ人を船に乗せて出発する。これでいいね?」
「多数決だとあんたとラグ・レとルーテルはその意見か。ならば従うしかないな」
「ノーラ?」
「……分かったよ」
話が決まったその時だった。
外が騒がしい。
怪訝に思った一同に緊張が走る。
なにか嫌な予感がする。
外に飛び出したオタルバたちが見たのは海からくる軍船だった。
ナバフ族たちが口々に帰れと叫び太鼓を打ち鳴らしている。
見れば軍船はダルナレア共和国の旗を掲げている。
そしてモサンメディシュの旗も。
「馬鹿な」
オタルバは吐き捨てた。
戦争していた両国が仲良く船を並べてナバフ族の島へ来る目的など現状では一つしか思い当たらない。
だが日が浅すぎる。
エルバルドたちが両国の戦闘が継続中だと見たのはほんの昨日の出来事だというのに。
「オタル……バ!」
「ルーテル! ありゃあなんだい!?」
「あり得んこと……だ! 狙いはリオンか! ……むっ!?」
ルーテルが全力で上半身を左に逸らすと後ろの木が爆発し、連鎖的に直線上の木々が全て吹き飛んだ。
一瞬の出来事だったが亜人たちはそれが巨大な矢であることを見逃さなかった。
「あれ……外れたな。あれだけ大きい的なのにな」
ダルナレアの軍船の上で物々しい装甲に身を包んだ兵士が巨大な弓を構える手を下ろして呟いた。
先ほどの矢は青白い顔に黒い長髪のこの男が放ったものだった。
しかしその弓は一人で引けるような代物ではない。
同じような鎧を着た隣の兵士がからからと笑った。
「だっせぇ! 避けられてやんの。おめえが仕留められるのはどんくさい船だけだな!」
「接近戦以外はてんで駄目な、バルトス」
「うるせー。遠距離攻撃くらい俺にだって出来らあ」
バルトスと呼ばれた男が砲弾を掴むと弓使いの男がそれを制した。
「爆発物は駄目だってば。女の子が死んじゃうかもしれないだろ」
「へっ。戦争のお次は人攫いたぁ帝国軍人の誇りも地に落ちたもんだぜ」
「上の命令は絶対。それが僕らのお仕事」
「へいへい、皇帝陛下万歳! それにしてもあいつらもうちのババアもよく素直に仲良しこよし出来るよなあ」
「モサンメディシュの人たちはラーヴァリエ教皇さんの命令には条件反射で従えるみたいだね。すごいよね。アストラヴァさんは流石、女帝なんて言われるだけの肝っ玉だよね、変わり身が早い」
「ナバフとの同盟はどうする気なんだろうな?」
「さあ? それは僕らが考えることじゃないでしょ。僕らは命令をこなすだけ」
「釈然としねえなあ! まあいいか。久しぶりに骨のある奴と戦えそうだもんな」
ダルナレア共和国とモサンメディシュはラーヴァリエから飛んできた伝鳩で即座に戦闘を停止した。
鳩が運んできた書簡がゴドリック帝国皇帝とラーヴァリエ信教国教皇の共同声明だったからだ。
狙うはナバフ族の島にいるという少女の身柄。
誰が目的の少女なのかは二人の兵士の装備が本能に語り掛けてくるらしい。
二人の兵士が纏う装甲は魔力を動力にして動く魔道兵器だ。
その使い手のニ人なら多くを語らずともリオンを探し出すことが出来るだろう。
兵器の名は装甲義肢。
ロブがバエシュ領テルシェデントで戦ったビクトル・ピーク准尉よりも遥かに熟練の義肢使いがオタルバたちの前に立ちはだかっていた。