誰が為の力 9
繋世歴387年。
この年の瀬の間際に起きた一連の流れは人々の記憶に深く残ることとなった。
世界の地図が書き換わった。
それも、一人の男によって。
十一月末、ゴドリック帝国皇帝ザニエ・ブロキスによりラーヴァリエ信教国が誇る要衝イムリント要塞が陥落。
これを受けラーヴァリエ信教国の下した判断は執権の譲渡だった。
諸国がゴドリック帝国の国際条約違反に弾劾状を送ろうとしていた矢先のことだった。
ブロキス皇帝は一夜にしてラーヴァリエの皇帝となったのだ。
諸国は理解に苦しんだ。
最も不可思議に思ったのは、長年の仇敵であるブロキス帝の即位にラーヴァリエ国内で反対する者が誰もいなかったということだ。
ラーヴァリエは諸国と国交こそあれ人の流入を極端に制限しており内陸部を知る外国人はいない。
当然、首都エンスパリで何が起きたかを知る者は皆無だ。
それゆえにこの決定は不気味だった。
不気味だが、二国間の取り決めに他国が口入することも出来ず列強は振り上げた拳をただ下げる事しか出来なかった。
前例のない事態に世界は混乱した。
困ったのは島嶼諸国も一緒だった。
大国に挟まれ戦場となっていた諸国にとって戦争の心配がなくなることは必ずしも喜ばしいことではなかった。
あわよくば自国の領土拡大や権益獲得を果たせる機会が消滅するわけである。
ラーヴァリエの新皇帝とゴドリック帝国からの声明が出るまでの間、小国たちは少しでも自分たちの国益を守ろうと一斉に仇敵隣国への侵略行為を開始した。
各国は列強に介入されぬよう、かつては嫌がっていたはずの属国の立場を利用して内紛を装った。
ゴドリック帝国内でも動きがあった。
ブロキス帝のイムリント攻略の僅かに前に起きた反政府組織の都市占領事件。
主犯は先帝ゴドリック家の縁戚でもあるバエシュ領ブランバエシュ家の長男と判明。
これにより帝国東海岸の低所得者層は反政府組織を支持するも西海岸の富裕層は反発した。
内乱は貴賤の対立になるものと思われた。
しかしブロキス帝はイムリント侵攻の直前にある声明を出していた。
それはゴドリック帝国皇帝の座からの退位。
次期皇帝として白羽の矢が立ったのはリンドナル領旧主・ヘジンボサム家の当主トゥルグト・ヘジンボサムだった。
家格も実力も充分だったにも関わらずこの決定は西海岸の富裕層から拒絶される。
ヘジンボサム家はかつてゴドリック帝国とは別の国だった地域の王家であり、ヘジンボサム家が執政を握ることはすなわち外様領主に国を乗っ取られることを意味するからである。
帝都の重鎮たちがこの舵取りをしたのは諜報部のショズ・ヘイデンの裏工作によるところが大きい。
ブロキスに帝国を託されるも表舞台に出るつもりのなかったヘイデンはヘジンボサム家に協力を仰いだのだ。
ヘジンボサム家は代々、ブロキスの故郷セイドラントと親密な関係にあった。
この事からブロキスも納得するだろうというヘイデンの判断である。
さっそくトゥルグトは帝都ゾアに向けて出立の意向を示したが西海岸の富裕層は一転してブランバエシュを支持し出した。
ゴドリック帝国発祥の地の驕りが新皇帝に血統を求めたのだ。
ティムリート・ブランバエシュ率いる反政府組織ランテヴィア解放戦線を西海岸の富裕層が受け入れたのは直前の両陣営の行動も大きく影響した。
ランテヴィア解放戦線はバエシュ領テルシェデントを急襲すると同時に西海岸の都市でも行動を起こしたのだが、その際に一切武力行使を行わなかったのだ。
あくまでも解放を叫び続けた反政府組織。
対して帝都からの派兵はなかった。
帝都の決定は当然の対応だった。
解放戦線の策があからさまな帝都主力の兵力分断工作だったからである。
しかしこの判断が種火となり、後のヘジンボサム擁立で火が着いた。
現政権はあきらかに西海岸を軽視していると。
かくして南半球はかつてない程の争乱の渦に飲まれていった。
列強はこの流れを歓迎し事実上の静観を決め込んだ。
ラーヴァリエという大国の長となった暴君の次の一手は気になる所であったが暴君は再び不可解な動きをするようになる。
年明けから開始されたそれはゴドリックの内乱の介入でも列強への宣戦布告でもなく、自国自治領アシュバルと中立国ジウへの侵攻であった。
一方その頃。
リオンとシュビナはオタルバたちとの合流を急いでいた。
オタルバたちはダルナレア共和国とモサンメディシュの戦争による海域封鎖で思うように進めずにいた。
強硬突破も考えていたが、他国と武力衝突することは中立国ジウの根幹を揺るがす問題に発展しかねないので出来なかった。
オタルバたちの乗る怪獣船が諸国からの襲撃を受けなかったのは同行者にアナイの民であるラグ・レがいたことが大きかった。
アナイの民は島嶼で唯一国家間の自由な出入りを許されている民族であり、その行動の阻害が敵国に批判の大義名分を与えてしまうかもしれないという負い目が亜人たちの行動を黙認する契機となったのだ。
オタルバたちはとある島の族長の援けを受けて一端身を寄せていた。
そこにリオンを連れたシュビナが帰って来た。
再会を喜ぶリオンであったがどこか様子が優れない。
理由を聞いたオタルバたちは世界で一番最初にラーヴァリエの変の真実を知ることになった。
ブロキスは今度どうするつもりなのだろうか。
考えても行動が読めるはずもなかった。
なんにせよ早急にジウに帰ることが先決だ。
皇帝はリオンが巫女の力を得るとされる新年前後には必ずジウへ侵攻するだろう。
その前に迎え撃つ準備を万全にしておかなければならない。
現在のジウの体制には深刻な問題が起きていた。
オタルバは大賢老が急に眠りについてしまったことをリオンに伝えた。
リオンはシュビナから道中に聞いていたので知っており、てっきり大賢老がラーヴァリエに連れ去られたリオンのために何かをしたのではと思っていたオタルバたちは違うと聞いて首をひねった。
時間の前後こそあれ大賢老がリオンではなくロブを救うために魔力を大きく消費してしまったという事実は余計な争論を生みかねないとしてイェメトは秘することにしていた。
誰も大賢老の昏睡の理由を知らず、憶測を交わしあった一同は一時的とはいえアスカリヒトが目覚めたことによるものなのではないかと不安を募らせるのだった。
時は気づけばいつの間にか十二月に。
リオンの誕生日も数日後に迫っていた。
せめて祝い事は船上ではなく地に足をつけて行おうということになりリオンたちは見知らぬ地、ナバフ族の自治領にて過ごした。
そして誕生日を迎えた日、リオンは不思議な夢を見た。




