誰が為の力 8
リオンを連れたシュビナはすぐに付近の森に落ちた。
木々の葉が緩衝材となり直接の落下は免れたが地面に叩きつけられ転がる二人。
空には黒煙が立ち昇り微かに地鳴りが聞こえる。
リオンはうつ伏せになったまま震えていた。
「ぎっ……ご、ごめん、リオン」
衝撃で平衡感覚が掴めず、くらくらしつつもシュビナはリオンににじり寄った。
リオンは泣いていた。
シュビナはこういう時にどうしたらいいか分からない。
慰めの言葉が思いつかず、出した手を引っ込めておずおずと言葉を繋ぐ。
「リオン……。泣かない、で。み、み、みんなすぐに会え、るから」
「……一緒に帰ろうって約束したの」
「え……。あ、ああ。で、で、でもあの人、敵だった、でしょ?」
「!!」
そんなに仲良くなったのかと言いたかったシュビナ。
しかし言葉の意味は上手く伝わらずリオンにきっと睨まれてしまう。
敵だから泣く必要はないだろうと言われたと捉えてしまったリオン。
平常心ならばシュビナがそんな事をいうはずないと理解出来たはずだった。
「耐えてたんだよ! ずっと……あんなに強いのに! 本当は優しいのに!」
リオンは理解できなかった。
エーリカは魔力も身体能力も、頭の回転も明らかに他のラーヴァリエの人々に勝っていた。
にも関わらず後から改宗したなどという理由で酷い扱いを受けていた。
そんな理不尽が許される世界が存在するとは思わなかった。
最初に贖罪を受ける彼女を見た時は本当に信じられなかった。
リオンを瀕死にさせてから誘拐するという作戦を実行したというだけで、同じ実行者であるルビクや計画者である教皇が罰を与えるという非合理。
そんな彼女が放っておけなかった。
ジウに連れて帰ってあげたかった。
敵地で芽生えた友情。
お互いに拠り所を求めていたのだろう。
リオンはこの狂った聖地で唯一彼女に正常さを感じ、エーリカは慣習に縛られつつもリオンを受け入れた。
きっと良い友達になれたはずだった。
なんでこんなことになってしまったのだろうか。
ブロキスさえ来なければ?
そもそもあの男がきたのは教皇がリオンを攫い、魔力を隠す魔法陣を施したからだ。
つまりは教皇さえ余計な事をしなければ良かったのか。
いや、自分がエーリカを誘わなければ良かったのか。
リオンがエーリカを仲間にしようとしなければ彼女はリオンのために動こうとはしなかったはずだ。
ただきっとその場合でも彼女は教皇のために動き同じような結末を迎えていたことだろう。
ではどうすれば良かったのだろうか。
やはり自分のせい以外のなにものでもないだろう。
彼女との別れを悲しむのは彼女に特別な感情を抱いてしまったからだ。
誰のせいにもしてはいけない。
沸き起こる結論をリオンは拒絶した。
違う。
自分はこんなにも頑張った。
あれだけ偉そうだった教皇やルビクが頼りなかったせいだ。
世界一の魔法使いであり気脈を使ってどこまでも見ることが出来、声を届けることが出来るはずの大賢老が何もしてくれなかったせいだ。
どうして大賢老は動かなかったのだろう。
言う事を聞かずにルビクの甘言に惑わされて外に出てしまった自分に愛想を尽かせてしまったのだろうか。
取り留めもない思考はどんどん悪いほうに流れていく。
こんな時、エーリカならきっとリオン様は悪くないと言ってくれただろう。
果たしてそうか?
自分に都合のよい設定を他者に付与してはいないだろうか。
自分も深層心理ではエーリカを都合の良い存在だと思っていたのではないか。
こんなにも悲しいのは、便利な道具が使えなくなったからではないのか。
「……違う……違う! 友達になったの! 敵じゃない! シュビナは、知らないでしょう!? 私がここに来て……どれだけ狂ったものを見せられたかなんて! そんな中でエーリカも苦しんでた。だから一緒に帰ろうって言ったのに!」
「り、リオン……」
「エーリカには……今を生きてもいいんだって、もっと教えてあげたかった!」
「リオンのともだち、救えなかった。シュビナも悲しい……」
どろどろと渦巻く負の感情に沈むリオン。
しゅんと羽を下ろすシュビナ。
自身に向きそうだった責任の所在。
それはあろうことか目の前の少女に向けられる。
「白々しいこと言わないで」
「ぎっ!?」
「シュビナがもっと早く来てくれればエーリカは助かったよ。エーリカが一緒でも飛べるよって言ってくれれば、エーリカだって諦めなかったよ!」
「で、でも、シュビナ……」
「シュビナはおじいちゃんに言われたから来ただけでしょ。そんなの……友達じゃない」
爆発寸前だった悲哀をぶつけてからリオンは気づいて蒼白になった。
この場においてシュビナこそが一番無関係ではないか。
見ればシュビナの羽はぼろぼろで、ジウからの距離を考えれば不眠不休で飛び続けてきてくれたことなど察するに容易い。
そんな相手になんてことを言ってしまったのだろう。
「シュ、シュビナあの……違うの」
「ぎっ……リオン。あのね……シュビナ、周り、見てくる、ね。リオンは休んでて、ね」
踵を返す間際、シュビナの大きな目からぽろりと涙がこぼれるのが見えた。
もはや飛ぶ力も残っていない梟の少女は片足を引きずりながら森の奥へ消えていく。
リオンはその場を動くことも出来ず嗚咽した。
結局、一番最低なのは自分なのだ。
暫くすると空からアスカリヒトが消えた。
ブロキス帝の蘇生が終わったのだろう。
生まれ変わったブロキスは果たして何を始めるのだろうか。
この国は、一体どうなってしまうのだろうか。
熱せられた大気が急激に冷え、雲が沸き起こり雨を降らせ始める。
それでも蛇神の炎は消えず暗い空には禍々しい煙がずっと立ち込めていた。
膝を抱えたまま雨に打たれているリオンの元にシュビナがやってきて木の洞まで手を引いた。
着の身着のままの恰好で寒さに震えるリオンにシュビナは何も言わず寄り添い、その温かさにリオンは声を殺して泣いた。
雨は夜通し降り続いた。
 




