誰が為の力 7
「シュビナ!?」
それは梟の亜人の少女だった。
地上ではルビクが血相を変えて叫んでいる。
遠距離魔法が使えるアルカラストは先ほどの大魔法のせいで暫くは魔法が使えないようだ。
シュビナは少し前からリオンを連れ去る機を窺っていたのだ。
もともとシュビナはリオン救出のために向かったオタルバたちと大賢老を繋ぐ伝令役だった。
しかしブロキス帝が自らラーヴァリエに進軍したことと、大賢老がロブを救うために魔力を使って安静を余儀なくされたことで事態が急変した。
一刻も早くリオンを救出しなければブロキスに先を越されてしまう。
そう考えたオタルバはたまたま大賢老の件を伝えに来ていたシュビナに任務を託していたのだ。
そしてシュビナはリオンを見つけた。
シュビナが到着した時には既にエンスパリは混乱の中にあった。
誰もがアスカリヒトや分身に気を取られていたという幸運もありシュビナは誰にも気づかれずに近くの尖塔で集団を見据えていた。
光の矢を放つ魔法使いが魔法を使えなくなり肉弾戦の得意そうな女がリオンから離れてくれたことで好機が生じ、行動を開始したのだ。
「ぎっ! リオン、いた! か、か、か、かえる!」
「待って! エーリカを置いていけない!」
「ぎっ?」
「あっち! あれがエーリカ!」
嬉しそうに叫ぶシュビナの予想に反してリオンはもがいて抵抗した。
困惑するシュビナ。
筋肉女はオタルバによればルビクの仲間のはずだ。
つまりは敵だろうに、この僅か十日の間に情が芽生えたとでもいうのだろうか。
「リオン! むり! あっち、こ、こ、こわいの、いる!」
「お願いシュビナ! エーリカは友達になったの! まだ蛇神の分身は起きないわ! ちょっとでいいの!」
「…………」
「お願い!」
「ともだ、ち……。リオンのともだちは、しゅ、しゅ、シュビナのともだ、ち」
シュビナは旋回して聖堂側に降り立った。
見上げていたエーリカは驚いた顔で呆然としていた。
「り、リオン様?」
「行こう、エーリカ。一緒に逃げようって言ったでしょ?」
「えっ?」
エーリカとシュビナが同時に驚く。
それは無理な話だ。
エーリカは亜人によって脱出を果たそうとしていたリオンを見て安堵していたというのに。
決まった覚悟を揺るがせないで欲しかった。
「駄目なんですって、リオン様。見たでしょう? ブロキス帝の炎を浴びた少女たちがあの姿になったのを。私もほら、ブロキス帝からたくさん炎を受けました。治癒魔法で外見は治っているように見えますけど、体の中では熱と治癒がせめぎあっているんです。今はルビク様の魔法で一時的に残りかすの魔力を使えていますが、それも残り時間はあと僅かでして……。もういつ私があの姿になるか分からないんですよ」
「いやだ!」
「リオン様」
拒否しても無意味。
理不尽を言ってもエーリカを困らせるだけだということは分かっていた。
それでも受け入れたくないことがある。
理解は出来ても納得できなかった。
「おじいちゃんなら治せるから。だから一緒にジウに帰ろう?」
「…………」
「エーリカ……お願い」
そんな悠長な時間などないことも重々承知だった。
だからこそ涙が溢れて止まらない。
事態を認識していないわけではないということはその涙でよく分かる。
エーリカはリオンのその気持ちに心から感謝した。
「あなたは……ジウの住人ですね?」
エーリカに話しかけられたシュビナは驚き目を白黒させながら頷いた。
「この度は申し訳ありませんでした。謝って済むようなことじゃないですけど。早くリオン様を連れてお逃げください」
「ぎ」
「いや……エーリカ」
「笑顔でお別れさせてくださいよ! さあ、もう行って!」
「り、リオン。どのみちシュビナ、が、が、がんばってもリオンしか、運べない」
「あなたに会えて良かった。さよなら」
「いやだ! エーリカぁ!」
笑顔で手を振るエーリカがどんどん遠くなる。
リオンはシュビナに連れられその場から離脱した。
都市を見渡すほど高くまで昇ると町の至る所で延焼が始まっているのが見えた。
そしてその惨事の中でも人々が白蛇に手を合わせて祈っているのが見えた。
逃げないのは教義に縛られているからか。
来世があると思っているからだろうか。
受け入れることが救いになるのか。
果たして救いとは一体なんなのだろう。
自分には巫女の力がある。
世界を救う力がある。
そんなことを言われたのに今はまだ何も出来ない。
たった一人の友達を救う事すらも、出来なかった。
「リオン! おまえ、ふざけるなよぉ! せっかく連れて来たのに……こんな! こんなよぉ!」
泣きながら絶叫するルビクが最後に見えた気がした。
その声がリオンに届くことはなかった。
アスカリヒトの炎が雨のように地表に降り注ぐ。
粘着性の高い黒い炎に焼かれた人々の叫喚が各地から木霊していた。
建物は燃え、崩れる。
栄華を誇った大都市が消えようとしていた。
「蛇神アスカリヒトよ! 私の名はアルカラスト! 我が一族はあなたの名に似た姓を持つことに因み代々更生官を賜っておりました! これは運命ではないでしょうか! だからお慈悲を! どうか私に、お慈悲をぉお!」
天を仰ぎ見ながら両手を広げ、禿頭の男が懇願していた。
周囲には惨殺された四肢が散らばっている。
男の背後に大きな影が迫った。
堀を飛び越えた四体の蛇神の化身たちが神官らの蹂躙を終えた。
「きれいだなぁ」
傍らでは凄惨な虐殺の場を見向きもせずに老人が空を見上げていた。
何もかも失った男は平安を手に入れていた。
栄光が滅びゆく様はなんと美しいのだろう。
きっとこれが真の救済なのだろうと老人は悟った。
「かみさま……」
恍惚の表情を浮かべ手をかざす、教皇だった男。
その頭上に尖塔の瓦礫が降り注いだ。




