誰が為の力 2
「エーリカ!」
炎雷に打たれたエーリカ。
肉が爆ぜ、黒く焦げた血塊が足元を濡らすも超再生が傷を塞いでいく。
意識が遠のきふらついたようだが堪えて踏みとどまった。
まるで今まで受けた贖罪の痛みに比べたら大したことなどないとでもいうように。
「ここは聖堂ですよ……悪しき者よ、立ち去れ!」
服の前部が破れ逞しい大胸筋や腹筋が露わになる。
ブロキスは少し驚いて目を見開いた。
女が割り込んでくることは見えていたがまとめて吹き飛ばしてやるつもりだった。
まさか打ち消されたあげくに呪いに耐性があるとは。
「……治癒魔法か。なかなかの術者だな。俺の炎を受けても種がつかないか」
「悪魔に褒められても嬉しくありませんね! ルビク様! 教皇様とリオン様を連れて早くお逃げください!」
「おまえ……まだ贖罪が終わっていないだろ!?」
「ルビク!? そんなこと言ってる場合じゃ!」
「厠に行くついでに少し寄り道しただけですよ!」
エーリカが跳躍した。
放たれた炎に飲まれたがエーリカの勢いは止まらず負傷と再生の合間に回し蹴りがブロキスの横面を捉える。
よろける皇帝を格闘娘は見逃さない。
渾身の拳が腹部にめり込むと流石のブロキスも苦悶の表情を浮かべた。
「お……押してる?」
「何をしているんですかルビク様! 早く!」
「あ、ああ!」
「駄目よルビク! エーリカを置いていけるわけないでしょ!」
蛇神アスカリヒトの加護か、皇帝はどうやら魔法の耐性はあるようだが肉弾戦には弱いようだった。
世界有数の魔法使いに拳で挑む者などそうそういないだろう。
しかもエーリカは何度体を燃やされても元通りになってしまう異能者である。
ブロキスにとって最悪の相性であることは明白だった。
だが長くは持たないだろう。
いくらエーリカが強力な治癒魔法の持ち主でもブロキスの魔力は桁違いだ。
いずれ彼女の魔力が切れた時が最期だ。
エーリカも犠牲になるつもりで時間稼ぎをしているのは一目瞭然だった。
ブロキスが咳き込み血反吐を吐く。
休む暇を与えずに攻めるエーリカ。
教皇は自分の殻に籠りぶつぶつと何かを言っている。
そのせいで周りに立つ少女たちは人形のように動かない。
リオンは考えた。
ブロキスは自分を狙っており目的を果たすまで帰る気はなさそうだが付いていく気は毛頭ない。
エーリカと共にジウに逃げたいが教皇もルビクも少女たちもブロキスを足止めする役に立たず、立ち向かっているのは当のエーリカ。
この状況をどうすれば切り抜けられるのか。
「……そうだ! エーリカ! 私にしたみたいにすればいいんだ!」
「えっ!? あ……!」
リオンの声に合点がいったエーリカは素早くブロキスの後ろに回り込むと頭を抱えた。
ブロキスも何かを理解したようで鬼気迫る顔で回避を試みる。
しかしエーリカのほうが早かった。
鈍い音が響きブロキスが床に倒れ伏した。
首の骨を折られた皇帝にすぐさまエーリカは治癒魔法を施す。
リオンもそうであったように、こうすれば暫くは目覚めないだろう。
殺してはいないから蛇神の力が暴走することもない。
あとはサイラスを呼び、ブロキスの潜在意識を探って遠くへ転送すればいいのだ。
「か……勝った?」
ルビクが信じられないという風に呟いた。
肩で大きく息を吐いたエーリカがブロキスの首筋に手を当て、にっこりと微笑んでリオンを見た。
リオンは駆け寄ってエーリカに抱き着く。
嬉しさもあるが、いつまでも乳房を晒しているエーリカにリオンのほうが恥ずかしくなった面もある。
「リオン様すみません……私、玉砕するつもりでした。ぜったい倒せないんだったら足止めするしかないって。でも、そうですよね。殺す必要なんてないわけですよね」
「伝わって良かったよ。あとはあの髭の人にどっかに捨ててきてもらえばいいんだから」
「ルビク様! サイラスは今どこに?」
「ぼ、僕が知るわけないだろ。なんで今あいつが……」
「ぜんぜん理解してないやつもいるし」
「説明しましょう。教皇様のご様子も心配ですしこの惨状ですから色々片付けることは山積みですけど。あ、とりあえず皇帝の脊椎は折っておきますか」
止めといわんばかりに力ずくでブロキスの背骨を折るエーリカだった。