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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
誰が為の力
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誰が為の力

 教皇の秘術が発動する。


 少女たちに預けていた魔力が術によって次々に呼応し威力が増幅していていく。


 聖堂の中は無数の魔法陣で埋め尽くされていった。


 そして教皇の魔力がブロキスの魔力を上回った。


「す、すごい……」


 まるで八重咲の花の中にいるかのようだ。


 吹き荒れる聖性が心地よい。


 対するブロキスは反撃しようにも時すでに遅く苦しそうに胸を押さえる。


 片膝をついたブロキスに(いにしえ)の文字たちが襲い掛かり空中に穿(うが)たれた光の(くさび)とブロキスを次々に繋いでいった。


「これが教皇様の魔法か。僕も初めてみたけど……なんて魔力だ」


「ねえルビク、エーリカはどうしたの?」


「は? 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」


「馬鹿じゃないの!? こんな状況なのよ。それこそ、そんなこと言ってる場合じゃないわ!」


「あれならまだ贖罪が残ってるよ!」


「ルビク! 今だ!」


 教皇に名を呼ばれたルビクは慌ててブロキスの前に躍り出る。


 静かに目を上げたブロキスに恐れつつもその目をしっかりと見つめる。


 ルビクの目が赤く光った。


 あれはオタルバがかけられた催眠魔法だ。


「皇帝ブロキス! あなたは今からゴドリックに帰るんだ。そして邪神が目覚めないよう注意を払い、リオンに封じられるその日まで大人しくしていなくてはならない!」


「かかったか!?」


「……なるほど、お前は催眠魔法の術者だったか」


「!? だ、駄目です! 通じてません! 目を見たのに……!」


「なんだと……」


 オタルバには一瞬でかかった魔法もブロキスにはまったく効かなかった。


 魔法使いとしての力量差は問題ではなく、むしろルビクの催眠は格上の者ですらかかってしまうはずなのに。


 こんなことは今までになかった。


 ブロキスは本当に心も蛇神に飲まれてしまっているというのか。


「ルビク! 君の魔法が効かないのならば打つ手は一つしかない。逃げるぞ。彼を封じ込めていられる時間は長くない!」


「今首を()ねてしまえば……」


「倒してはいけないのだよ。宿主が死んだときこそ邪神は最も厄介なのだ。世に出た邪神を真に封じることが出来るのは巫女の力を得たリオンしかいない! さあ、リオンをこっちに!」


「は、はい!」


「させるか」


 ルビクがリオンの手を取ったその時だった。


 硝子(がらす)が割れるように魔法陣が砕け散った。


 平然とブロキスが立ち上がる。


 (しば)っていた古の文字も霧散(むさん)して消えた。


「どれほどの隠し玉があるかと手並みを拝見させてもらったが」


「ば、馬鹿な」


「これだけか?」


「秘術だぞ……。何年もかけて増やした器だぞ……!?」


「所詮は人の魔力だ。残念だったな」


「ありえない」


「今の俺を抑えることも出来なければ──」


「ありえない!」


「──もはやお前が俺に勝てる要素は皆無だな。どうする? 俺はその娘さえ連れて帰れればそれでいい。死にたいか生き延びたいかはお前の意思に任せるが」


「私が勝つのだ! リオンを導き、私が! 私が……!」


「その夢はもう(つい)えた。俺が娘を連れて行く。お前に娘を取り返すことは出来ない。世界を救う救世主にもなれない。それだけのことだ」


「嫌だ……嫌だぁーっ!」


 神官帽をかなぐり捨て教皇は地団駄を踏んだ。


「私の代で邪神が目覚めるんだぞ! 私が宿命を得たんだ! 神代(かみよ)からの(じゃ)を払えと! 神に託されたのは私なんだよぉっ!」


「きょ、教皇様……」


「ルビク! ばか、このばか! 役立たず! 目をかけてやったのに! お前なんか、お前なんか、千日の贖罪でも足りやしない! お前なんか、地獄行きだぁ!」


 枯れた老人が鼻水を垂らして子供のように泣き叫び残り少ない髪を振り乱す。


 威厳の欠片もない無様な姿だった。


 ブロキスとの力関係が肉薄さえしていればここまでにはならなかっただろう。


 打ち破られたのは魔法だけでなく、教皇には余裕も、夢も、自尊心も残されてはいなかった。


 救世主になるのが教皇の夢だった。


 先の封印から周期を経て再び目を覚ます蛇神。


 その時代に生まれ、即位し、教皇は自分こそが世界を救うのだと思っていた。


 だからこそ心血を注いで色々準備をしてきたのだ。


 巫女がアシュバル人の血を引く者にしか継がれないと知った時にはアシュバルを手中に収めて出来るだけ間引きし、血筋を絞って管理した。


 そして宿った命が胎内にいた時から超大な魔力を有しているのを知ると、読みの当たった教皇はすぐさまその赤ん坊を保護しようと動いた。


 しかしその動きは邪神によって阻まれた。


 希望の子を連れた邪神はラーヴァリエ信教を禁教としていたゴドリックの王となってしまったのだ。


 迂闊(うかつ)に近づけなくなっても教皇は諦めなかった。


 邪神が赤ん坊を殺さない限りまだ機会はあった。


 赤ん坊が殺されたらアシュバル人の血を引く者はいなくなってしまい、次の巫女はもう現れないかもしれない。


 その事実に邪神が気づいておらず何故か生かしているのが救いだった。


 邪神に気取られないように少しずつゴドリック帝国リンドナル領に信徒を増やし赤ん坊奪還に向けて動いた。


 それに気づいたか邪神は赤ん坊をジウに託してしまった。


 ジウと争うのは得策ではない。


 そう考えた教皇は()たる時のために更に準備を進めた。


 次の好機は希望の子が巫女の力を得る年になる。


 巫女の娘を守るため、百を超える幼女たちを国中から(つの)って魔法道具にした。


 教皇は長命種でもなければ大賢老のように命を超越した存在にもなれず、十年という歳月はいつ自分の命が尽きるか分からない恐怖に(さら)され続けた年月だった。


 それでも今日を迎えることが出来た。


 手塩にかけて愛し夜な夜な魔力を注いできた少女たちも揃っていた。


 もしかしたら邪神を退けることが出来るのではないかとも思えるくらい順調だった。


 これは唯一神の加護によるものに違いない。


 そう思っていたのに、まさかこの瞬間で今までの全てをあざ笑うかのような展開が待っているなど誰が想像できるだろう。


 後に残るのは希望の子をみすみす奪われる哀れな老人だけだ。


 リオンの力を邪神が利用しようとしているのならばもはや邪神を封じる手立てはない。


 そんなのは認められなかった。


 認めたくなかった。


 現実を受け入れられず教皇が駄々(だだ)をこねている時、ルビクもまた蒼白となっていた。


 教皇から地獄行きを宣告されてしまった。


 一等国民という地位にあり、来世は神職になれるはずだったのに。


 認めたくなかった。


「教皇様……地獄……僕が……?」


 ふらふらと教皇に歩み寄るルビク。


 リオンの元から離れた。


 ブロキスが動く。


 リオンを守る三人の少女たちに向かって炎雷を放つ。


 だが少女たちの防御魔法は破られなかった。


 魔法の前に突如現れた大きな背中が身を挺したからだ。


 リオンは驚いた。


 それは更生室にいるはずの贖罪中のエーリカだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誰が為の力と聞いて、思い浮かぶ鐘の音。 For whom the …… 熱い展開に手に汗を握ってしまいます!
[気になる点] 夜な夜な魔力を?うーむ…
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