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楽園 10

 教皇が合図を出すと少女たちが礼拝堂の壁に沿って走りブロキス帝を包囲した。


 同時に三人の少女たちがリオンの守りにつく。


 ブロキス帝はその様子にまるで関心を持たずにずっとリオンを見つめていた。


 リオンは少女に気が付いてはっとして、警戒しながら少しずつブロキスから距離を取った。


「邪神を身に宿した悪魔よ。なんとおぞましい顔であろうか……」


「言うな。これは元はと言えば……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()。どうせお前も関わっていたのだろう。言えた義理か?」


 憐れみを向ける教皇と、それをあざ笑う皇帝。


 二人は旧知のようだ。


 会話に自分の親のことが上がる。


 あのような顔になってしまったのはリオンの両親が関係しているらしい。


 詳しい話を教皇から聞いていなかったので分からない。


 むしろ何もかも分からない。


 リオンはジウから出たことがなければ地図を見たこともないのでラーヴァリエやセイドラント、アシュバルといった国々の位置関係など知らない。


 両親と両親の故郷と、そこでの見知らぬ人々の確執などどうでもいいことだった。


 そのどうでもいい人々が自分を巡って争っていることは分かる。


 出来る事なら関わり合いたくない。


 教皇と皇帝が争ってくれればその混乱に乗じてエーリカを連れて脱出できるだろう。


 理性ではそう考えていたのにリオンはつい口を挟んでしまった。


「ねえ、お父さんとお母さんを殺したって……本当?」


 ブロキスは一度ゆっくりとリオンの後ろを見た。


 釣られて振り返ると教皇がこちらを見ていた。


 リオンと目が合うと教皇は視線を逸らしブロキスを睨みつける。


 再びブロキスを見るとブロキスは小さく、しかし確かにはっきりと頷いた。


「ああ」


 短い肯定。


 だがリオンもそれを聞いて悲哀を感じることはなかった。


 やはりどこか他人事のような気がする。


 事実確認のように淡々と疑問だけが頭に浮かぶ。


「……なんで?」


「知りたいのならば俺と来い」


「駄目だ、リオン! 彼の言葉に耳を貸してはいけない!」


 高い天井に強く打撃音が響く。


 教皇が杖を床に打ち付けたようだ。


 それを皮切(かわき)りに少女たちが一斉に両手を前に出して構えた。


 ブロキスは目を閉じて小さく嘆息した。


「悪魔よ。真実は私がリオンに教えよう。何を企んでいるか分からぬが、君の行動は停戦条約違反だ。即時兵を引き帝国へ帰るのだ!」


「断る。俺はリオンを連れに来たのだ」


「まだ早い」


「お前やジウがこんなにも早くに娘を隠そうとするからだ。もう少し預からせておきたかったんだがな」


「今連れて行けば巫女の力が発現する前に君の中の邪神がその子を殺すぞ」


「問題ない。また次の巫女が現れるのを待つだけだ」


「次の巫女など!」


「……必死だな。何故だ? アスカリヒトが目覚めている今なら巫女は死んでもすぐに次の巫女が現れるのだろう? よもや、次の巫女の候補がいないのか?」


「馬鹿げた思考だ。邪神が恐れるアシュバルの血族はまだ彼の地に大勢いる。だがそういう問題ではない。リオンは巫女だが同時にリオンというかけがえのないたった一人の存在なのだ。君は既に! 人の心も食われたか!」


「博愛の精神か。美しいな。周りにいる少女たちにも同じ台詞を言ってやれ」


「皮肉のつもりかね。彼女たちは喜んで器となったのだ」


「皮肉だと受け取れるだけで充分だ」


 ブロキスが右の掌を前に出す。


 手を包むように黒い炎雷が生じた。


 礼拝堂の空気が急激に冷え込み圧倒的な悪意が空間を満たしていく。


 間髪入れずに教皇が叫んだ。


「リオンを守れ!」


 リオンの三方に立っていた少女の肌に魔法陣が浮かび上がり、三角錐の揺らぐ透明な壁が現れた。


 防壁の魔法だ。


 教皇によって体に魔法陣と魔力を仕込まれた少女は謂わば遠隔操作の魔法道具だ。


 どちらの肩を持つつもりもないリオンでもこの時ばかりは流石に教皇の倫理観のほうがおかしいと思った。


 次の瞬間、ブロキスは全く離れた所で立っていた少女に魔法を放った。


 粘性の強い炎に少女が焼かれる。


 悲鳴をあげたのは少女ではなくリオンで、少女は人形のように皮膚と筋肉を収縮させて倒れた。


 両隣にいる少女たちはまるで意に介さず構えたまま微動だにしない。


「それは……脅しのつもりかね? なんとも惨めな力だ。逆に今の君の魔力の少なさを裏付けしてしまったよ。その程度で私に勝てるはずもなかろうに、この機を失したらリオンを確保できないと焦ったか!」


「試しただけだ。やはり、ジウは反応しないようだ」


「なに?」


「銀を食らい、毒を飲み、今の今まで欺いてきたのは今日の日のためだった。常に死の淵にあって力を隠し、今、幸運にもジウは俺を捉えられないほどに魔力を消費してしまっている」


「なんだと?」


「まだ分からないか。俺がここに来れた時点で目的は既に達成したも同然なのだ。ここでお前を倒しリオンを俺の元へ引き入れればもはや邪魔出来る者はいない」


「戯言を」


「どうかな?」


 邪悪な魔力が吹き荒れた。


 ブロキスの目が怪しく光り、体が火花を放つ。


 足元から炎が舞い上がりのたうつ様はまるで蛇のようだった。


 赫灼(かくしゃく)にリオンは顔を背けた。


「させぬ!」


 教皇が杖を前に出すと少女たちも同じ仕草をした。


 それぞれの前に魔法陣が出現し、更に天地にも大きな魔法陣が出現した。


 魔法陣が(きら)めき回転すると古の文字が蔦のように絡み合っていき壁が出来る。


 刹那、ブロキスが放出した炎が礼拝堂を覆った。


 恐ろしいほどの爆発だった。


 だがリオンたちは吹き飛ぶわけでもなく、熱波で気管が焼け(ただ)れることもなく、建物も破壊されたりはしなかった。


 教皇の魔法陣がそれらを消し去ったのだ。


 あれがなければ果たしてどれほどの惨状となっていただろう。


 ただし完全に受け流すことは出来なかったようだ。


 何人かの少女が雷に打たれ消し炭のようになって燃えている。


 リオンを守る三人の少女たちも指が欠損し気管をやられ血の泡を吹いていた。


 それでも少女たちは与えられた役目をこなし続ける。


「リオン、動いてはいけない! その中にいなさい!」


 どうやら教皇は無傷のようだ。


 リオンが少女に駆け寄ろうとしたのを察知し諫言(かんげん)する。


「でも……!」


「案ずるな! 代わりならまだいる。それに今の音で他の者も気づいたであろう」


 扉が開き続々と聖堂中の少女たちが集結してきた。


 リオンのそばにも複数人が付き魔法陣の生成に加わって透明な壁が更に強固なものとなる。


 少女たちと一緒に慌ただしく入って来たのはアルカラストとルビクだ。


 二人ともブロキスを見て唖然としていた。


「アルカラスト! ブロキス帝がリオンを狙いに来た。皆を避難させよ!」


「しょ、承知しました」


「ルビク、君はリオンに付きなさい! 君の魔法が使えるならば使え。隙を伺うのだ!」


「は、はい!」


「ほう……そいつは魔法使いか。例の空間転移の魔法使いか? だとすると厄介だな」


 ルビクの登場にブロキスが顔を(くも)らせた。


 いくらブロキスとはいえ空間転移で知らないところに逃げられたら再び探し出すのが面倒になるからだ。


 特に今はリオンの魔法が見えない状態なので余計に厄介である。


 縮地法は利用者の記憶にある場所にしか行けないという制約があることをブロキスも当然知ってはいるが、魔法使いの魔法ならば自身が持っている精隷石の縮地法とは条件が異なるのかもしれないとブロキスは考えているようだった。


「民を避難させ、逃げる隙を伺い……。教皇よ、強がっていても本心では勝てないと悟っているか。驚いただろう? 毒を飲むのをやめてからまだ数日しか経っていないというのに、すでに俺の魔力はお前を上回っているのだ」


「そう思うかね? 慢心が過ぎたな、ブロキス。君は今から死の淵をさまようことになるだろう。巫女が君の中の邪神を封じる準備が整うまで、再びランテヴィアで大人しくしているがよい!」


 幾重にも重なった魔法陣が再び文字列を変えていく。


 それは防御の魔法ではなかったようだ。


 余裕の表情で顎をあげていたブロキスも異常に気付いた。


 教皇もアスカリヒト復活前の宿主と戦う準備を怠っていたわけではなかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] リオンは巫女だが同時にリオンというかけがえのないたった1人の存在なのだ。君は既に! 人の心も食われたか! 案ずるな! 代わりならまだいる。 ま、まぁ量産型の魔道具と人間で扱いが違うのは当…
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