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楽園 7

「エーリカはさ、本心ではどう思ってるの?」


「どうとは?」


「私を連れてくる時にさ、瀕死にして魔力を消す方法を思いついたのってエーリカ?」


「いいえ。ルビク様か教皇様か……私馬鹿なのでそんなこと思いつきもしませんでしたよ」


「なんでエーリカはそれをやったのさ」


「私が一番腕力がありますからね。首の骨って太いですから。一気に(ねじ)り折るのは意外と(こつ)が必要なんですよ」


「そうじゃなくて。ルビクか教皇に命令されてやったんでしょ? じゃあさ、ルビクとか教皇とかも共犯なわけじゃん。なんで自分ばっか拷問されるんだって不思議じゃないの?」


「ちょっ……言葉が過ぎますよ……! 誰かが聞いてたらどうするんですか」


「誰もいないってあなたがさっき言ったじゃない」


「あ、そっか。じゃなくて、そんな不遜(ふそん)な考えは魂を汚します。思いつきもしませんから」


「うーん……じゃあさ、仮にエーリカが作戦を思いついてルビクが行動したのだとしたら誰のせいになる?」


「そりゃあ当然私です」


「なんで。なんで人間が変わるだけで罪の在処(ありか)も変わるの?」


「ああなるほど。道理で話がかみ合わないと思いましたよ。リオン様は特別な存在ですが化外(けがい)から来たばかりですもんね。教義をお(わか)りになっていないからだ……少し長くなりますけど説明いたしましょうか?」


 リオンは頷くと包みから取り出した果物を二人の間に置き、一つをエーリカに手渡した。


「いいですかリオン様。この世界には唯一神の定められた等位というものが存在します。人は生まれながらにして罪を背負い、生を繰り返して善行を積み許されていきます。人は死ぬと二つの道を唯一神から尋ねられます。一つは今一度生涯をやり直して善行を積み上の等位を目指す道、もう一つは死した時の等位で神の御許(みもと)に行く道です。最終的には最上位で神の御許に行くことが人間の喜びの本質ですので後者を選ぶ者はいないでしょう。つまり善行を積むには罪を率先して償っていくことが大切なのです」


「うん」


「ではこの等位とは何かですが、まず最上位には唯一神がおわします。その唯一神の申し子たる存在が神職で、この方たちは神の御言葉を忠実に体現なさっている尊い御方たちです。その下には神職から直接教義を学べる一等国民がいらっしゃいます。彼らは前世で良い行いをしたのでこの神聖大陸で貴族として生まれることが出来ました。その下には二等国民がいます。次が準二等国民なのですが、これは化外(けがい)と呼ばれる神聖大陸以外の地域で悪魔を信じてしまっていた哀れな存在のことです。アシュバルやモサンメディシュなど、ラーヴァリエによって救済された所の民がこれです。最後に三等国民ですが、これは穢れた存在です。主に教義に反する事を行った犯罪者や救済前の国の者を言います」


「うんうん」


「教皇様はもちろん神職ですしルビク様は一等国民です。私は準二等国民です。そんな私を教皇様もルビク様も使ってくださいます。それどころか贖罪(しょくざい)の機会まで与えてくださるのです。だから私は幸福です。人によって罪の在処が変わるとか、罪とはそういうものじゃないんです。更生の機会を頂けているのだと喜ぶべきことなんですよ」


「うーん……駄目だぁ。やっぱり私には理解できそうもないよ」


「そのうちご理解いただけますから大丈夫ですよ」


「いいよ別に。理解する気ないもん。私もうここにいる気ないから」


「えっ」


「私、ジウに帰るから」


「な、なにを仰ってるんですか」


 案の定エーリカは目を丸くしたがリオンは構わず続けた。


「最初はさ、おじいちゃんたちに大樹の外に出ちゃ駄目だって言われてすっごく辛くて毎日が嫌だった。そこにエーリカたちが来て、外に出れて、知らないものも見れて、怖い思いもしたけどラーヴァリエに来て教皇は私を理解してくれるんだと思って嬉しかった。暫くここにいてもいいかななんて思っちゃった。でももう、そう思えないんだ。教皇もルビクもまるで当たり前のような顔をしてエーリカに酷いことしててさ。ねえ、エーリカはあんなに辛い思いをしないと幸せになれないって本当に思ってるの?」


「それは……」


「私は辛い思いなんか出来るだけしたくない。今までまだ十三年しか生きてないけどさ、あんなに痛そうな目になんか遭ったことないし、見たこともないお母さんやお父さんのことなんかも別に知らなくて良かった。私にとっての故郷はジウだし、家族はジウのみんな。何気ない毎日だったけどそれが幸せだったんだ」


「今がんばれば来世はもっと幸せになれるんですよ」


「誰かが勝手に作ったありもしない罪を(つぐな)って見たこともない来世に希望を持つくらいなら、私は今ある幸せの中で笑っていたい」


「駄目ですよリオン様。それは悪魔の囁きです」


「エーリカは前世の記憶あるの?」


「えっ?」


「今の辛さが来世のためになるんだとしたらさ、生まれ変わった時にそれを覚えてないと意味ないじゃん。前世はどんな感じで、今は前世よりどれだけ良くなったの?」


「私は準二等国民ですから……。私のような等位の低い人間は前世の記憶を引き継げないんです。しかし教皇やルビク様には前世の記憶がおありになるそうです。だから私も前世の記憶を思い出せるようになるために、今努力して善行を積まなければならないんですよ」


「エーリカが今こんなに痛い目にあってるってことは前世のエーリカも同じようなことをして善行を積んでいたかもしれないよね。その前も、その前の前も。前世ってのが何人分か知らないけどさ、上の等位になったら一気にそういう辛い記憶を思い出すって最悪じゃない?」


「うう……なってみないと分かりませんよそんなことは! リオン様ってなんなんですか? 私を(たぶら)かしに来た悪魔ですか!」


「そうかもね。連れて来たのはエーリカだけどね」


 頭を抱えるエーリカの耳元でリオンが囁いた。


「ねえエーリカ。私とジウに逃げようよ」


「り、リオン様……!?」


「ジウでなら辛い思いをしなくても幸せに暮らせるよ。どうせ生まれ変わっても前の記憶がないんだったら、ないままでいいじゃん。今を笑って生きてさ、来世のことは来世に任せようよ。大丈夫だから。おじいちゃんなら守ってくれる。他にもイェメトとかオタルバとか頼りになる人もいっぱいるし。ルビクはおじいちゃんのことを薄情だみたいに言ってたけどさ、人一人救うのに何回も嫌な思いさせて人生やり直させる唯一神とかいう奴に比べたら三百人の家族を守ってるおじいちゃんのほうがよっぽど凄いもん」


「…………」


「ずっと信じて来たものを否定されるのは受け入れにくいことだと思うし、じゃあ今まで耐えてきたのは何だったんだってなるかもしれないけどさ、でもこの先も酷い目に合うならもう善行積むのはやめようよ。善行なんか積まなくても、毎日森とか浜辺で遊んでさ、楽しく暮らせるんだから」


「…………」


「行こうエーリカ。見張りもいないし今日は月明かりもある。明日の朝、誰かが来るまで時間がある。こういう事は思い立った時のやる気が一番の力になるわ」


「いえ……駄目です」


 内心は揺れ動いていたようだったがエーリカは首を横に振った。


「もー。ここまで言ってるのに、なんで分からないかなあ」


 リオンは深く溜め息をつき、不貞腐れてエーリカの硬い太ももに頭を乗せた。

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