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楽園 5

「私は君に無理強いはしない。ただ、異なる環境から脱却した良い機会だ。暫くはここで暮らし、自分なりにいろいろ見つめ直してみなさい。きっと正しい答えが見つかるだろう」


 教皇がリオンの隣まで歩み寄った。


 背中を撫でていた少女が一歩下がり、老人は慈愛に満ちた顔でリオンの頭を抱く。


 香水とお香の良い香りがする。


 リオンの胸中が安堵で満たされていく。


 そういえば誰かにこのように抱かれたことがあっただろうか。


 はぐらかされず、これほどまで質問に答えて貰えたのも久しぶりだ。

 

 教皇の言う通り異なる世界で学ぶことはとても大切なことだと思った。


 ジウに戻ることを考えるのはそれからでも遅くないだろう。


「さあ、食事も済んだことだ。気分転換に散歩をしないかい? この国の色んなことを教えよう」


「うん」


 教皇が差し出した手を握るリオン。


 後ろで少女たちがてきぱきと食器の片づけを始めた。




「ラーヴァリエは大国だ。この神聖大陸の全てに信仰が行き届いている。諸国でもたくさんの人々が啓蒙されラーヴァリエに改宗しているんだよ」


 教皇に手を引かれ聖堂の中を巡るリオン。


 聖堂は到底一日では回り切れないほど広かった。


 全てが壮大で、荘厳。


 礼拝堂や客間、音楽室など目に映るもの全てがリオンを楽しませた。


 ラーヴァリエは死後の幸福のために現世で善行を積むことを第一とする信仰だという。


 生きている間にたくさん良いことをすれば死後に二つの道が選べるのだそうだ。


 一つは神の下でずっと幸せに生き続ける道であり、もう一つはより良い境遇で転生し再び善行を積む修行をする道だ。


 逆に悪行を積むと良くない環境で転生してしまうらしい。


 リオンが興味深いと思ったのは唯一神(アイリエンス)が現世では蛇の姿で現れるということだった。


 蛇といえばアスカリヒトだが、全く異なる存在らしい。


 アスカリヒトは完全悪であり唯一神(アイリエンス)とは対を成す存在だ。


 真逆の存在が同じような姿をしているというのは何か深い意味がありそうな気がする。

 

 教皇は他にも色んな事を教えてくれた。


 リオンの体に描かれた文字と記号は、魔力が体内に溜まらないように発散させるための魔法陣だとのことだ。


 教皇は魔法陣を使う魔法使いだった。


 魔法陣は描かねば発動しないという制約があるため独創的な魔法をいくつも作れるそうだ。


 これがある限りはリオンの魔力はほぼないに等しく、大賢老やブロキス帝が見ることは出来ないらしい。


「あれ? ねえ、あっちはなに?」


 廊下を歩いていた時、リオンは教皇が案内せずに立ち去ろうとした通路があったことに気づいた。


 それまでは逐一説明してくれたのにどういうわけだろう。


 教皇は少し悩んだようだが隠さずに話してくれた。


 その先には罪を犯した者の更生施設があるとのことだ。


「ルビクがそこにいるんだよ。でも今はお仕置きの最中でね。あと三日は専念させてやりたいのだ」


「私に手荒なことをしたからお仕置きしてるんだよね? じゃあ私もお仕置きしたい! おもいっきりひっぱたいてやる。言いたいこともあるし!」


「ほお……贖罪の手助けを? 素晴らしい! ジウでそこまで仲良くなっていたんだね」


「そこそこよ、そこそこ。年が近かったから!」


 照れ隠しに強がるリオンだったがやはり見知らぬ土地に知っている者がいるということは嬉しいことだ。


 それなのにあと三日も会えないなんてもどかしい。


 せっかく意識が戻ったのだから軽く言葉くらいは交わしておきたい。


 教皇は快諾(かいだく)してくれた。


「ルビクはどんなお仕置きされてるの? 十日も続くお仕置きって凄いね。脱穀(だっこく)の御手伝いとか?」


「ルビクがお仕置き? いやいや、彼はお仕置きを任されているほうだよ」


「任される?」


「もちろん。彼は君を連れてくる任務をよくこなしたからね……」


 奥の扉を開くとこぢんまりとした空間に出た。


 閉塞感を感じることから壁がよほど厚いのだということが分かる。


 そこに青白い顔をした禿頭の男が分厚い羊皮紙を手に立っていた。


 男は教皇が入って来たことを確認すると胸に手を当てて深々と頭を下げた。


「アルカラスト、どうだね?」


「順調に刑を執行しておりますよ。今ちょうど、両手の骨なし刑が終わって休憩しているところです。さすがは我が国の誇る魔導士ですね。しっかりと罪を償わせておりますよ」


 教皇の背から覗くリオン。


 部屋の中央付近には腰くらいの高さの石の台があった。


 その後ろで見覚えのある女性が立膝(たてひざ)をついている。


 あれはルビクの仲間のエーリカという女の人だ。


 幼い顔に筋骨隆々の(たくま)しい肉体をしたその女性は両の二の腕を石の台の上に置き拘束されていた。


 教皇の声がしたにも関わらず何の反応も見せずに涙と鼻水とよだれを垂らして虚ろな目を空中に漂わせている。


 壁際には上半身裸になったルビクが金槌を持ったまま壁にもたれて俯いていた。


 ルビクの体の全面は血と汗で光っていた。


「……ひっ」


 それが身の毛もよだつおぞましい光景であると理解するのに時間はかからなかった。


 リオンは見てしまった。


 拘束され台の上に置かれたエーリカの肘から先の原形がない。


 まるで吐瀉物のようになったそれは彼女の逞しい腕だったものだろうか、状況から察するに彼女はルビクによって腕が粉々になるまで金槌で打ち砕かれたのだ。


「次の刑はなんだったかな? リオンもお仕置きがしたいというのだ」


「リオン? ……ああ、その子があれに首を折られた……。初めましてリオン。私はアルカラスト。更生官長という意味です。教典によって定められた更生のための仕置刑を、受刑者がもっとも更生しやすいように内容や回数、順序を決めて執行者に指導するという立場にあります」


「なに……してるの」


「あれは骨なし刑と言います。言葉通り、骨がなくなるくらいに砕く刑です。あれが治癒魔法を使ったら次は鞭打ちの予定でしたが……参加するとなると腕力の必要がなさそうなものがいいですね。そうなると……」


「あんなの……お仕置きじゃない! ひどすぎる……!」


 淡々と羊皮紙をめくる男に対しリオンは本気で怒った。


 お仕置きという次元ではなくもはや拷問だ。


 反省など二の次で痛みだけを追求した陰湿な虐待である。


 そもそも彼女はいったい何故こんなことをされる必要があるのだろうか。


 リオンが怒鳴るとルビクが反応して弱々しく顔を上げた。


 その顔色はアルカラストよりもずっと青く血の気が引いている。


 彼は十日間の御仕置の最中だと教皇は言っていた。


 つまりルビクはこのようなことをずっと、一週間やり続けていたというのか。


「ルビク! なにやってるの!?」


「……ああ、リオン。目が覚めたんだね。見てのとおりだ。()()が君の首を折ったから、僕が贖罪を手伝っているんだ」


「意味が分からない! 贖罪ってなに!?」


「あれは君の首を折っただろう。治癒を使って事なきを得たとはいえ大罪だ。あれは自らそれを恥じて贖罪を望み、僕は神職としてあれの贖罪に立ち会っているんだ」


「首の骨を折ったって……そう、それで私、あなたをひっぱたいてやろうと思ってた。エーリカが勝手に決めたことじゃないもの。そうでしょ? なんで、なんでみんなエーリカに責任を押し付けてるの!?」


「お待ちを。リオン。ここは聖堂です。準二等国民を名で呼ぶのは慎んでください」


「準……!? なによそれ……。エーリカはエーリカでしょ!? なんで名前を呼んじゃいけないの!」


「もしも同じ名を持っている一等国民がいて、その方の耳に入ったらどうするんですか」


「すまないアルカラスト。彼女はジウによって洗脳され、教義の一切を学べなかったのだ」


「それは(いたわ)しい……」


「なによ……おかしい。やっぱりおかしい! ばか! はげだんこ! エーリカを放せ!」


「は、はげだんご!?」


「リオン、落ち着いて。おい、起きろ!」


 ルビクが力のない足取りで立ち上がり台の上に金槌を振り下ろした。


 ぶちゃり、と肉が爆ぜる衝撃でエーリカが我に返る。


「骨なし刑、終わったよ。腕を元に戻すんだ」


「あ、ああルビク様。ありがとうございます、ありがとうございます。おかげでまた罪を償うことが出来ました……」


 エーリカの腕が跳ね、盛り上がり、血肉を創造して元の形に戻っていった。


 リオンは思わず目を背けた。


「しっかり御覧なさいリオン。見ましたか? あれは治癒の魔導士です。魔法を使えばあのように元通りになります」


「……元通りなんかじゃないよ。痛がってるじゃん。見た目が元通りになるからって、それで人よりたくさん傷つかなきゃいけないの? おかしいよ。準なんとかとか言って人扱いもしないで。エーリカの心を……なんだと思ってるのよ」


「準なんとかではなく準二等国民です。不思議なことを仰いますね。準二等国民に心はありません。それを手に入れるために現世で徳を積んでいるんですから」


 言葉を発することが出来なかった。


 自分以外の誰もがまるでそれが当たり前であるかのような目をしていた。


 エーリカでさえも、命じられて実行しただけにも関わらず一人だけ罰を受けている現状に疑問を抱いておらずむしろ感謝さえしている。


 リオンは短期間の感情の振れ幅が大きすぎて何が何だか分からなくなっていた。

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