楽園 3
会食が始まる。
長い長い机を挟んで教皇と相対するリオン。
両脇には同じ背格好の同じ服装をした同じ仮面の少女たちが向かい合う。
その様子はまるで立ち並ぶ人形のようだった。
料理が運ばれて来た。
大きな皿に不釣り合いなほど少ない量。
奇妙な短い円柱の物体にリオンは顔を近づけてにおいを嗅いでみた。
それは酢で絞められ形を整えられた赤身の魚が輪切りの芋と交互に重ねられた料理なのだがリオンには何だかよく分からなかった。
「なにこれ?」
「ミティーを知らないのかい?」
教皇は手を広げて大仰に驚いてみせる。
節くれだった指に嵌められた宝石が煌めく。
あんなにいっぱい装飾をつけて重くないのだろうか。
教皇って面長で痩せていて髭が長くて、驚いた顔はたんぽぽの根っこみたいだなとリオンは思った。
「聞いたこともないわ。量も少ないし……」
「ああ、なるほど。ジウでは食事に美は取り入れられていないのだね。このように盛り付ければ美しいだろう? あと、心配せずとも料理は少しずつ色々な種類のものが運ばれてくる。食べ終わるころにはお腹は満たされているはずだよ」
「洗い物が大変だね」
鷲掴みにして口へ運ぶリオン。
脇に置いてある食事道具は使うものだとカヌークの漁村で少し説明を受けたが面倒だ。
構ってなどいられない。
匂いに刺激されてからというものの胃が食を欲して仕方がないのだから。
料理が舌に触れると途端に変顔になるリオン。
まるで逆流した胃液みたいな味だ。
本当にこんなものを食べているのだろうかと顔を上げると教皇もまたリオンをじっと見ていた。
見ているというよりは引いていた。
手元を見ると教皇は料理を普通に食べていた。
察するに食文化の違いであり、ラーヴァリエではこれが美味とされるのだろう。
ジウに来たばかりの頃のルビクが果実を食べさせて太らせた生の芋虫にものすごい拒絶を示していたのと同じだろうか。
いずれにせよ哀れなものを見るような目で見られる謂れはないと思った。
「なによ」
「作法を知らないのかい」
「作法?」
「道具を使って口に運ぶのだ」
「ああこれ? いいわよこんなの別に。使わなくても、食べられるし」
「ジウではどうやっていたんだい」
「どうって……普通に手で食べてたけど」
「次からくる料理はちゃんと道具を使って食べよう」
「あと何が出るの?」
「次はなつめの酢漬けと煎り豆だ。その次には野菜煮込みで、白身魚の香草焼きがくる。これらは熱いからね、流石に手では食せないよ。その後は万年雪の糖蜜がけ、牛肉の照り焼き、温野菜、乾酪、甘味、果物、食後の茶と続く」
「果物たべたい」
「順番だよ」
「えー」
とりあえず牛肉は遠慮しておこうと思ったリオン。
牛肉というやつはどうもルーテルの脇の匂いを思い出す。
その後もリオンは皿に口をつけ、手づかみで全て平らげた。
教皇はそれをただただ呆れた顔で眺めていた。
「……可哀想に。だが君は悪くない。教えて貰えなかったのだからね」
全ての料理の後に茶を嗜む。
酢漬けと牛肉以外は満足したリオン。
召使の少女が持ってきてくれた布で手と口を拭う。
いつの間にか警戒心はなくなっていた。
「美味しかった! でも一つ一つが凄く少なかったから満腹にはならなかったかな」
「それでよい。空腹から一気に腹にものを入れると返って体に悪いからね。君は一週間ずっと眠っていたのだから」
「一週間!?」
驚いた。
最後の記憶は船上。顔は思い出せないが、ロブの仲間だという男が何か叫んでいた気がする。
あれから一週間も経ったのか。
何故そんなに眠っていたのだろう。
「君を連れてくるためにね。少し手荒な真似をしたせいだ」
「なにしたのよ」
「君の首を折った」
「は?」
「ブロキスやジウに気取られない為の苦肉の策であった。暴力を許してしまったルビクを責めないであげておくれ」
「ルビク? ルビクがいるの?」
「もちろんいるよ。私の愛しいルビク。彼はラーヴァリエが誇る優秀な魔導師だ。彼は私の為に努力した。君を瀕死にすることで魔力を一度絶ち、ここに連れてきてから蘇生するという荒業を見事成し遂げて見せたのだ」
「蘇生……ああ。あの女の人」
リオンは理解した。
魔法使いの魔力がなくなるときは限界まで魔法を使ったときか死ぬ時だ。
ルビクは白髪の中年の魔法で背後に現れて首を折り、ラーヴァリエに着たら瀕死のリオンを女の人の魔法で治癒させたというわけだ。
何回か憶測を反芻したリオンはぞっとした。
「あっぶな……そのまま死んじゃったらどうする気だったのよ。ルビクはどこ? ひっぱたいてやる」
「そうだよね。君が怒るのも無理はない。首を折るだなんて……許しがたい無礼を働いたものだ。だから今はルビクに十日間の御仕置を任せている。あと三日は会えないよ。規則だからね」
「えー」
「それよりも君は君がここに連れてこられた理由が気になっていたんじゃないのかね?」
「ああ、そっか。なんで?」
「殊のほか肝が据わっているね……では単刀直入に言おう。これは世界のためなのだ」
「詳しく説明してくれる?」
勿論だとも、と教皇は深く頷いた。
「リオン、君は両親の事を覚えているかい?」
「ううん。私が物心つく前に船の事故で死んじゃったから。なんで?」
「ルビクによれば、君はジウのことを祖父と呼んでいたそうだね」
「うん。まあ本当のおじいちゃんじゃないけどね。それくらい私も分かってたよ」
「そうか……ならば話は早い。君はそう……特別な存在なのだ」
「私が……特別な存在?」
「君は自分がどういう存在なのか理解しているかい?」
「魔法が使えない我儘な役立たず」
「なんという……周りから不当な扱いを受けて来たんだね。可哀そうに。でもそんなことはない。君は非常に強い魔力を持っている。そして素晴らしい能力も」
「私、魔法は使えないけど魔力を見ることが出来るの。でもそれは高位の魔法使いじゃないと出来ない事なんだって。みんな嘘だって、私の事信じてくれないんだ」
「嘘なものか。なんて酷い事を言う者たちだろう! 君は嘘なんかついていない。君の魔法は特別なのだ」
「……分かるの?」
「勿論だとも。私はずっと君のことを知っていたよ。大賢老のものとも精隷・癒女人のものとも異なる大いなる魔力……。私は君をずっと待っていたんだ」
「…………」
リオンは嬉しかった。
まさか自分を分かってくれる者がこんなところにいるとは。
自分を認め、褒めてくれる。
必要な存在だと言ってくれる。