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楽園 2

 美しい光景に見とれていると後ろで鍵の開く音がした。


 振り返ると先ほどの少女が部屋に戻って来たようだ。


 少女は一礼をすると刺繍の施された長椅子の上に置かれていた衣服を(うやうや)しく持ちリオンに近づいてくる。


 これは着替えろということなのだろうか。


「それを着ればいいの?」


「…………」


「自分で着られるよ」


「…………」


「あなた誰? ここは何処?」


「…………」


「…………」


 少女はリオンが何を聞こうとも答えない。


 美しい微笑みを湛えたまま淡々とリオンの寝間着を脱がしにかかってくる。


 そこでリオンは少女の表情の違和感の正体にようやく気が付いた。


 少女の顔面は良くできた仮面だったのだ。


「なんでそんなの付けてるの? 顎、それ。痛くない?」


 仮面は耳の上に紐を通して頭の後ろで結んでいるようだが下部は浮かないように顎の皮に直接穴を開けて紐を通され固定してあった。


 リオンが仮面を触ろうとすると少女は初めて拒絶の反応を見せたがそれ以上は何もなく再び元の作業に戻る。


 おかげで気不味い微妙な空気はずっと漂い続く。


 着替えを手伝ってくれるならせめてお喋りくらいはして欲しいものだとリオンは唇を尖らせた。


「ん? なによこれ」


 衣服を脱ぎ陽光に当たっていなかった白い肌が晒されるとリオンは体の異変に気付いた。


 鎖骨の中央の下、左胸の僅かな膨らみの下、へその上、へその下それぞれに奇妙な絵が描かれていたのだ。


 そしてそれらを繋ぐように書かれた見たこともない文字。


 それはどことなくアナイの戦士ラグ・レが背負う鞍に描かれていたものに似ていた。


 おそらく何かの効果を期待したまじないのようなものだろう。


 爪で掻いてみたが皮膚が赤くなるだけだった。


 刺青ではないのに何故か消えない。


 寝ている間に勝手に落書きをされたのは気分の良いものではなかったが、とりあえず良くない気配も変な魔力も感じないので放っておくことにした。


 どうせそのうち誰かが説明してくれるだろう。


 能天気を炸裂させたリオンはそのまま着替えを再開する。


 そして着替え終わり姿見を見せられたリオンはあっと息を飲み喜んだ。


「これ私? すごい!」


 きらびやかな貴族の装束に身を包み再び髪形を整え直されたリオンは見違えたように美しくなった。


 まるで王族の姫君のようだ。


 活発な性分なので日焼けをしていたのに、化粧を施されて白い肌となったリオンは清楚そのものとなる。


 しかし当のリオンは実は全身が映る鏡のほうに興奮していたのだった。


 生まれてからお洒落をしたことがないリオンにとっては服や装飾品の美的感覚などない。


 だが、鏡の前でくるくると回ってはしゃぐリオンを見た少女はお気に召したと勘違いしたようで姿見を片付けて扉を開けた。


 どこかに連れて行こうとしていることが分かったリオンは少女の後についていく。


 カヌーク同様、初めて見る景色は驚きと高揚の連続だった。


 木の(うろ)の中でしか生活したことがないリオンにはカヌークの木造平屋も目に新しかったが、大理石の建造物はより一層興味深かった。


 石ということは分かるがこんなに綺麗に加工された石は見たことがない。


 道中には至る所に少女のような召使がいたが、全員が同じ衣装で同じ仮面をつけて掃除などの奉仕作業に精を出していた。


 ずいぶんと奇妙だとは思ったが異常だと思わなかったのはリオンが世間知らずであるからだった。


 通された部屋は奥行きのある空間だった。


 広い天井には信仰を模した絵が描かれている。


 日もまだ高いので明るく、絨毯の赤が床や石柱の白に良く映える。


 長い机の先には荘厳な純白の法衣に身を包んだ老人が座っていた。


「あなたは……見たことあるわ」


 教皇だ。とリオンは一瞥して理解した。


 見覚えがあるのはルビクの記憶によるものだ。


 あの時リオンはあの老人もこの建物も見ていた。


 老人は満足そうに頷くと大仰な素振りで両手を広げた。


「やあ、リオン。私はこの日を待ちわびていたよ。私はラーヴァリエ信教国の父。そしてここは首都エンスパリだ。君は今、神の御園(みその)にいる。さあ、私に接吻をしなさい」


「なんで?」


 リオンは思い出していた。


 確かにルビクの記憶では老人の皺深い指輪だらけの手の甲に接吻をしていた。


 だが何のためにそんなことをしなければならないのか分からないので嫌だ。


 教皇は笑った。


「それが教皇である私への愛の証となるからだよ」


「愛? 私あなたのことよく知らないから愛とか言われても分かんない」


「…………」


 教皇は手を下ろすと我儘(わがまま)な子供にするような仕草で困ったように笑って見せた。


 年齢や外見などがまったく上下関係の指標にならないジウで生活してきたリオンは、教皇が偉いのだということは何となく理解できても何故従わなければならないのかは分からない。


 それよりも初対面なのに小馬鹿にした態度を取られたような気がしてむっとするのだった。


「なに? なんなの? 私ロブと約束してジウに帰るはずだったのに。なんでこんなところにいるわけ?」


「君がジウの大賢老の手に渡るのを阻止するためだ。君を救うため、我が国の魔法使いに君を連れてくるように命じたのだよ」


「救うって……意味わからない」


「やはり君は何も教えられていないのだね。いいだろう。順を追って説明しよう。その前にお腹はすいていないかな?」


「あ、すいてる! 何か食べさせてくれるの?」


 教皇はにこやかに微笑むと手にした杖を床に打ち付けた。


 わらわらと同じ顔をした少女たちが部屋に入ってきて食器の準備を始める。


 促されたリオンは教皇の対角の位置に座った。


 程なくして芳醇な香りが漂い始めリオンのお腹が盛大に鳴った。

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― 新着の感想 ―
[一言] この教皇、さてはロリコンだな…?
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