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楽園

 世界が震撼した。


 ゴドリック帝国同盟国・ダルナレア共和国によるラーヴァリエ属・モサンメディシュ侵攻の凶事から数日。


 よもやブロキス帝自らが出陣し主力を島嶼へ投入するなど誰が予想出来ただろうか。


 明確な停戦合意の破棄である。


 あまりの大胆さに世界は逆に慎重になった。


 もしや帝国が大義を主張できるだけの裏があるのではないかと。


 島嶼諸国が帝国軍の駐留を歓迎したことも世界の判断を鈍らせる原因となった。


 ブロキス帝はいずれこうなった時のためにと財源の多くを島嶼にばらまき融和(ゆうわ)政策を図っていたのだ。


 皇帝の挙兵に合わせてか、帝国内では反政府組織・ランテヴィア解放戦線が蜂起(ほうき)した。


 東海岸と西海岸を同時に襲撃した解放戦線はバエシュ領主都テルシェデントの制圧に成功してしまう。


 しかしそれに対して皇帝は一切の反応を示さなかった。


 まるで、もう帝国などどうでも良いと言わんばかりに。


 帝国首都ゾアに残された大臣たちは本来ならば被害の大きいテルシェデントの奪還に兵を差し向けねばならないところ貴族たちの要請を受けて西海岸各都市に援兵を派遣した。


 エキトワ方面軍は既に皇帝から北海岸の防備を固めよとの勅命を出されているので動かすことが出来ない。


 この決定によりバエシュ領内の小都市は(ないがし)ろにされ続けた不満を爆発させ解放戦線に迎合(げいごう)する。


 かくしてランテヴィア解放戦線は態勢を整えバエシュ領内の早急な平定に着手出来たのだった。




 解放戦線内ではロブ・ハーストが首領ティムリート・ブランバエシュに(いとま)を貰っていた。


 ロブはリオン奪還に向けてウィリー・ザッカレアと合流する。


 戦禍に歪む東の水平線を目指すには武器商人の(てい)が一番馴染む。


 一度支社のあるテロートに戻り、仲間と商売道具の重火器を補充したザッカレア商隊は島嶼に向けて出発した。





 とある山奥の小さな集落では燃やされた家屋と無惨な死体を見下ろし呆然と佇む青年たちの姿があった。


 青年たちは怒りとも憎しみともつかない不思議な感情を覚えていた。


 それは土地にしがみつき職を変えることもなく自分たちの将来を押さえつけ奴隷のように働かせた肉親たちから解放されたことによる安堵なのか。


 それとも解放戦線に加わる大義名分を得たことへの喜びなのか。


 分からないがただただ涙が止まらなかった。


 それが悲しみという感情であると気づけるほど彼らは恵まれていなかった。


 


 ジウにも動きがあった。


 リオンを連れ戻すための足掛かりとしてサロマ島の国境警備隊に宣戦布告をしようとしていた彼らはリオンの魔力が消えてしまったことで二の足を踏んでいた。


 しかしオタルバの証言によりリオンを攫ったルビクがラーヴァリエの人間であるという確証は得ていた。


 そこでジウの戦士たちはリオンがラーヴァリエにいると目星をつけて島嶼に進路を変えて出発した。


 成員(せいいん)は豹の亜人(カルナグー)・審判のオタルバ。牛の亜人(サハム)・ルーテル。そして暫くジウを離れ島嶼の外交をしていた蜥蜴(とかげ)亜人(カルナグー)・エルバルド。アナイの戦士ラグ・レ。それらを船で導く海獣使い・ノーラだ。


 門番が出来る者がいなくなるので暫くジウは鎖国状態に入る。


 鉄壁の魔法を使える慈愛のイェメトがいれば防衛は心配ない。


 オタルバたちとの連携は大賢老が思念を飛ばしてやり取り出来るがブロキス帝やラーヴァリエ教皇に気取られる心配がありそうな場合は(ふくろう)亜人(カルナグー)・シュビナが取り次ぐことになった。


 ノーラの海獣船に乗った一同はラーヴァリエとの全面戦争も辞さない構えで「家族」を取り戻しにいった。




 そして一方、とある場所では。



 心地よさに目を覚ますと美しい光景が広がっていた。


 細かな彫刻に彩られた柱と白い壁。


 天蓋付きの寝台に肌触りの良い寝布(ねふ)


 枕元には美しい花が美麗な花瓶に活けられ良い芳香を漂わせている。


 そこは今までに見たことがないほど清廉な空間だった。


「ここは? なに……この服」


 気が付くと服も柔らかな上下繋ぎの筒袴になっていた。


 着替えた覚えはないので誰かに着せられたのだろうか。


 髪もまるでどこかの姫のように編まれていた。


 どれもこれも上質で心地よいはずなのに妙な居心地の悪さを感じていると足元に控えていた人影が動いた。


 それは同じ年頃くらいの少女だろうか。


 貴族の召使の制服を着たその娘は美しい微笑みの顔を向けた。


 ぎょっとして注視していると少女は深々と一礼をして部屋を出て行ってしまった。


 誰かを呼びに行ったのだろうか。


「何よ、ここ。何処よ……」


 寝台から跳ね起き扉に駆け寄る。


 ご丁寧に鍵をかけられたようで扉はびくともしない。


 暫く檻に閉じ込められた野生動物のようにうろうろしていたが絵画に見えたそれが窓板だということに気づく。


 開け放つとそこには絶景が広がっていた。


 いくつも(そび)え立つ純白の塔。


 下に広がる赤い屋根の街並み。


 先に広がるのは緑溢れる地平線。


 そこはまるでお伽の世界のようだった。


「なんだろう。ここ……見たことある」


 その記憶は自分のものではないが確かに覚えがあった。


 ルビクによって自身の記憶にねじ込まれた光景を今まさに追体験しているのだ。


 ラーヴァリエ信教国、首都エンスパリ。


 リオンはその大聖堂にいた。

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