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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
帝国の戦女神
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帝国の戦女神 10

 テルシェデントを脱出したケネス・レオナール少将は取り乱していた。


 黄昏時の山の中。


 そろそろ夜がくる。


 供回りに連れてこれたのはたまたま近くにいた数人の兵だけ。


 そしてそれに追い縋って来た装甲義肢使いのピーク准尉と背負われたサネス少佐のみだった。


 最後尾には動力の切れた鉄の塊である装甲義肢を下級兵士が四人がかりで運んでいる。


 その歩行速度に合わせているので馬に乗っている意味がない。


 装甲義肢も皇帝から預かりし大切なものだというが優先されるべきは高貴なるレオナール家の当主の無事だろうに。


 茂みの揺れる音さえ待ち伏せかと聞き間違えてしまう極限状態ではがらくたの心配こそが何よりの不快だった。


 恐怖と羞恥、悔しさと怒りで涙が漏れる。


 何故。


 何故だ。


 何故こんなことになってしまった。


 先のジルムンド・レイトリフ大将の不正を暴くために幾人もの代行が立てられたバエシュ領主職。


 なんの成果もあげられず仮任期を終えて解任されていった先達(せんだつ)のような無様な最後など自分の身に起きるとは露とも思っていなかった。


 必ずや皇帝の望む情報を手に入れて正式なバエシュ領主になるのだと。


 信じて疑わなかった。


 その夢をランテヴィア解放戦線などという馬鹿げた下民によって崩された。


 しかも賊の中には元バエシュ国主のブランバエシュ家の放蕩息子や今まで全く音沙汰もなかった重罪人二名がいたという。


 それらを捕らえることも出来ずに逆に敗走に甘んじねばならないとは余計に無様だ。


 何故こんな目に合わねばならないのだ。


 そもそも皇帝も皇帝だった。


 ブランバエシュ家から伝鳩が来た時には肝を冷やした。


 自分には化身装甲一機を送り僅かばかりの援兵を出すに止め、まさか賊の動きが懸念されるこの時期に皇帝自ら帝都の主力を率いてリンドナルへ向かうとは。


 更にエキトワ方面軍に北の防備に当たるように下知するとは。


 援軍の見込みが皆無なところに民が裏切れば誰だって()()するだろう。


 嘲笑や叱責など受けるいわれがない。


 全ては陛下の采配不備だ。


 これが自分に出来る最善手なのだとレオナールは開き直っていた。


「お、お待ちください少将閣下……」


「これ以上どう待てというのだ!」


 後ろからピーク准尉の弱々しい声がしたのでレオナール少将は振り返らずに怒鳴った。


「義肢を持つ兵が疲弊しております! ……ここらで休憩を……」


「黙れ准尉! 賊どもは我が高貴なる名を欲しているだぞ! 私が捕らえられ人質になったらどうなる!? 陛下に申し訳が立たないだろうが!」


「お言葉なれどそれは装甲義肢も同じです!」


「元はと言えば貴様らが! ……なにが装甲義肢使い、なにが帝国の戦女神だ! 一刻も持たずに敗れて……だからこのような憂き目を見ているのだぞ!?」


「面目次第もございません。ただ……」


「言い訳なんか誰が聞くかぁ!」


 少将は顔を真っ赤にして(くつわ)を取る兵士の背中を鞭で打った。


 兵士は短い悲鳴をあげたが歯を食いしばって轡を取り続けた。


「こんなことをしている間にもきっと賊は追手を遣わしているはずだ! 私は狙われているんだ! 私は先に行く! 離せ! 離せえ!」


「お一人になるほうが危険です! 御辛抱をなさりください!」


「貴様らはそういって私を道連れにしようとしているのだ! 馬鹿が!」


 レオナールが再び鞭を振り上げた時だった。


 ゆっくりと鞭を下ろした少将が空の一点を見つめている。


 何事かと視線に釣られた兵士たちが空を見上げると黒い煙が立ち上っていた。


 それを見てピーク准尉が安堵の声を上げた。


「煙……そうか! 少将閣下、ここらへんは炭焼きの集落が点在しております。食料と薬を買いましょう」


「准尉殿……大丈夫なのですか? ランテヴィア解放戦線の仲間では」


「分からん。だがきちんと少佐殿の傷を止血したい。このままでは少佐殿が……」


「閣下、どうなさいますか。私は避けたほうが良いかと……」


「いや。行くぞ」


 やけにすんなりと少将が許諾(きょだく)する。


 兵士たちは顔を見合わせたが夕食前に戦闘が行われたので空腹だ。


 これからの道中に何があるか分からないので腹に何かものを入れておきたい。


 警戒しつつ煙の立ち昇るほうを目指すことにした。


 森を掻き分けていくと獣道のような細道に出た。


 道を辿って行った先には数軒の集落があった。


 辺りは暗くなり既に煙は見えないがどうやらここが出どころらしい。


 廃墟のような建物に人がいるのか疑問だったがピーク准尉はサネス少佐を下ろして兵士に預け、そのうちの一件の戸を叩いた。


 中からは猿のような声が聞こえるばかりでいつまで経っても誰かが出てくる気配はない。


 不思議に思って准尉が扉を開けると中から悪臭が漂ってきた。


 視線の先では布で手足を拘束された中年女性が糞尿を垂れ流しながら奇声をあげていた。


 准尉は思わず鼻を覆って後ずさった。


「うわっなんだ?」


「う、うちに何かようかよぉ」


 別の所から聞こえた声に兵士たちが一斉に銃を向けた。


 見れば赤ら顔の中年が足を引きずりながらこちらに向かって歩いてきていた。


 垢と煤にまみれた服、焦点の合わない目。


 布にくるまれている片足はどうやら壊死しているようで肥大し悪臭を放っていた。


 安酒を飲み過ぎて中毒になっているのか。


 不味いところに来てしまった、と兵士の誰もが思った。


「……食べ物や薬を売って貰おうと思って来たんだが……どちらもなさそうだな」


「ないよぉ! おまえらはテルシェの兵隊だろお? お前らが俺たちの炭を買わないから、俺たちは食べ物を買えないんだあ。でも薬ならあるう」


「本当か? なら売ってくれ。高値で買うぞ」


「酒だぁ。酒は薬……なあんにでも効く……」


「なんだ酒のことか。だが酒でもいい。消毒になる。売ってくれ」


「やなこったぁあああっ! これは俺の酒だぞ! 俺の酒なんだ! 誰にも渡さねえよ? ひー! ひー!」


「なんだこいつは……」


「どうしたぁハリエ、まあた餓鬼どもが手ぶらで帰って来たのかぁ?」


 男の大声に反応したのか別の廃墟から男が出てくる。


 こちらも浮浪者のようであろうことか下半身を露出しているので一発でまともではないことが分かった。


 この炭焼きの集落は貧困のあまり気の触れた人間しか残っていないのか。


 ランテヴィア解放戦線の仲間ではなさそうだが目当ての物を手に入れることは不可能そうだった。


「なんだぁ官憲か? へへへ、仕事でもくれるのか? くそったれどもめ」


 笑って胸を掻きむしりながら手も添えずに放尿する男。


 夢に出てきそうだ。


 長居するところではない。


 元来た道を戻ろう。


 ピーク准尉がレオナール少将に進言しようとすると少将が男たちに声をかけた。


「おい炭焼きどもよ」


「なんだ偉ぶりくそ野郎」


「先ほどの狼煙(のろし)はいったい何処へ向けたものだ。いつから私を見張っていた」


「はあ?」


「狼煙? 少将閣下、あれは彼らの仕事の煙で……」


「いいや、あれは狼煙だ。答えろ。解放戦線を呼んだんだな?」


「解放戦線? 何言ってんのかさっぱり分かんねえが、なんか買ってくれるんだろ? 酒は売れねえが炭なら腐るほどあるぜ。まあ炭は腐らねえがな。売れねえって分かってても作るしか出来ねえんだよ俺らは。へへへ……」


「きぃーっ! きぃーっ!」


「というかよお、あいつ、あいつのこと少将閣下って言ったぞぉ。てこたぁ都長じゃねえか? ……うるせえぞヒルダぶっ飛ばされてえのか!」


「言ったなぁ。都長様がこんな時間になんの御用ですかいねえ。夜逃げか? ははは……」


 レオナールが下半身裸男に向けて発砲した。


 腹を押さえて崩れ落ち唸る男。


 あまりの急な出来事に准尉たちは騒然となった。


 少将だけが冷たく据わった目で男を見下ろしていた。


「はぐらかすな下郎が。答えよ。狼煙をあげ私を戦線に売ったな? バエシュの民でありながら私を。その酒は私を売った金で得た物だろう。よくもそんなことを……」


「は、はは……撃った。撃ちやがった。虫けらみてえに。兵士様がよ。ははは糞ったれ! ゴドリック帝国ばんざーい!」


 男が酒瓶を投げつけるのよりも、准尉が少将を制止するよりも早く銃声が響く。


 酔っ払いは仰向けに倒れると動かなくなった。


 狂った女の金切り声が木霊する。


 それよりも大きな声で少将が叫んだ。


「攻撃だ! 攻撃しようとしたぞ! やはりこいつらは私の命を狙おうとしていたのだ! 許してなるものか下賤めが!」


「落ち着いてください少将閣下!」


 様子を窺っていたのか周囲の廃墟から人がわらわらと出て来た。


 撃たれた仲間のための憎悪を浮かべた異常者たちが斧や鎌を持って向かってくる。


 もはや言葉は通じないだろう。


 仲間を失った彼らにも、心を無くしている少将にも。


「撃て! 撃ち殺せ! 私を(おとしい)れた報いを! 思い知らせるのだ!  息のあるやつは顔を焼け! 殺せーっ!」


「……狂ってる」


 もしも本当に炭焼きたちがランテヴィア解放戦線の仲間であるのなら少将自ら発砲しているこの状況など自分で自分の居場所を教えているのと同じだろうに。


 単純に少将は弱いものを痛めつけることで少しでも憂さを晴らそうとしているだけなのだ。


 逃げ帰ったところで何もかも失ったに等しい彼には道連れが必要なのだろう。


 もう、好きにしたらいいのだ。


 命令と恐怖に飲まれ発砲する兵士たちの後ろに下がり物陰に避難したピーク准尉はサネス少佐を抱きながら淡々と今後のことを考えていた。


 ロブ・ハースト。元を辿れば全てあの男のせいだ。


 この恨み晴らさずにいられようか。


 目の前の惨劇を見つめながら准尉の胸中は憎悪に焼かれていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ラグナ達が帰ったらどんな展開になるんでしょうね。 [一言] 下半身裸男っ!!
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