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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
時が満ちる前に
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時が満ちる前に 3

 大樹ジウの前には広大な湿地帯が広がっている。


 水分を多く含んだ地面は苔や水草が光を浴びて輝いていた。


 その中央をジウに向かって一本の道が走っている。


 そこを訪れた者は大樹と巨木に囲まれた幻想的な空間に酔いしれることだろう。


 しかしその時の空気は張りつめていた。


 道の先にあるジウの門前で複数人がにらみ合っていたのである。


 門前というがジウには形として分かるような門はない。


 ジウという町は超大な大樹の中の空洞にあるのだが、そこへ繋がっている唯一の外皮の亀裂の前に番人が立っているのだ。


 番人はジウ最強と名高い豹の亜人(カルナグー)だ。


 彼女は名を審判のオタルバといった。


 引き締まった肢体と発達した上腕を持ち、頭部のみが獣のそれであるオタルバはジウ随一の素早さと攻撃力を持つ。


 齢二百を超える長寿ではあるが老いとは程遠い精力に満ち溢れていた魔法戦士だった。


 オタルバと対峙し殺気を放っている三人は招かれざる客だ。


 先頭に立つ熊の亜人(カルナグー)はオタルバの倍の身長はあろうかという巨漢である。


 その後ろでは醜悪な面をした二人の犬の亜人(カルナグー)が血走った目でよだれをまき散らしていた。


 三者ともオタルバと異なり人に似た部分が少なく一見すると二足歩行になっただけの獣そのものだった。


 しかしそれこそが彼らにとって真の獣人たる証であった。


 人の如き肌が見えれば見えるほど彼らの社会では(いや)しむ存在となるのである。


 彼らはジウと地続きの隣国である獣人の国アルマーナの者だった。


 普段はジウはおろか全ての外部との接触を嫌っていた彼らは最近は頻繁にジウを訪れるようになっていた。


「睨み合ってる……? なんで黙ってるのかな」


「しっ、聞こえるよ」


 恐ろしい空気漂う場ではあるがリオンとルビクは興味津々だった。


 隠れながらなるべく近くの草むらまで移動する。


 普段のオタルバなら気配を敏感に察するので気づかれたかもしれないが今はそれどころではないようだ。


 獣人たちは人間の臭いに気づいたのか鼻をひくつかせたがオタルバから目を離すことは出来なかった。


「あれってアルマーナの人たちだよね? 僕、初めてみたかもしれない」


「最近はよく来るらしいわ。すごく意地悪な事を言ってくるんだって」


「意地悪な事?」


「昔かららしいけどね、ジウとアルマーナは隣同士だからここから先は相手の土地だって決めてるんだけど、アルマーナの人たちって自分のことは棚に上げてジウのことばっかり責めてくるんだよ」


「今回もそうなのかな」


「たぶんそうなんじゃないかな」


 地響きが聞こえてきた。


 リオンたちが音のほうへ目をやると殺気を放つ巨漢が全速力で迫ってきていた。


 それは牛の頭部に巨大な角を持つ筋骨隆々の大男だった。


 男は全身が真っ黒な毛で覆われてはいるが胸板部分だけ僅かに毛が薄く人間のそれに似た胸部がうっすらと見えていた。


「ルーテルだ!」


 牛の亜人(サハム)はジウの有力な戦士の一人であった。


 ルーテルは対立する四人の前に来ても止まらずにそのまま鋭い角を向けて突っ込んだ。


 飛び退いた三人の獣人は口々に罵詈雑言を叫んだがリオンたちの耳には獣の咆哮にしか聞こえなかった。


 一触即発に肉薄していた双方の距離が離れ、アルマーナの王テユカガは忌々しそうに唸った。


「ルーテル! 薄まった血! 弱き者よ!」


「テユカガ! 貴様いったい、何をしに来……た!?」


 二人とも巨漢だが並べば熊の亜人のほうが大きい。


 それなのにルーテルのあまりの剣幕で犬の亜人たちが気圧されてしまったようだ。


 情けない手下に激怒し、亜人の王・熊のテユカガは手下に向かって咆哮を上げ自分のほうが恐ろしいのだと示した。


 そのあまりのうるささにリオンたちは顔をしかめて耳を塞いだ。


「オタルバ。シュビナから連絡があって来た……ぞ!」


「早とちりだねえ。あたしが後れを取るとでも思ったのかい」


「ぐはは……まさか。だが面倒には変わらんだろ……う?」


「ああね、面倒ったらありゃしないよ。あたしみたいな穢れた人間もどきにはお話しする口を持たないそうだ」


 オタルバの軽口にルーテルが過剰に反応した。


 顔の血管が遠目にも分かるほど浮き出てかなり怒っていることが見て取れた。


「テユカガ……貴様、ジウの門番を愚弄した……か!?」


 怒りに震えるルーテルを見て熊の亜人は鼻で笑った。


 それを見て手下の犬たちも下品な引き笑いを上げた。


疥癬病(かいせんびょう)のルーテル! 強き大地から追われた落伍者(らくごしゃ)よ。吾輩はこの穢れた地において唯一、貴様だけに吾輩の御言葉(みことば)を聞くことを許している。だから貴様が来るまで待ってやったのだ。そこの穢れた人もどきにくれてやる御言葉などない。下げよ。クサいクサい人間のにおいで鼻が曲がりそうだ!」


「あんたらのほうがよっぽど臭いさね」


「そうだテユカガ! オタルバは良い香りしかしない……ぞ!」


「あんたも余計なこと言ってんじゃないよ。で、何しに来たのか、聞きな」


「そうだテユカガ、貴様はいったい何をしに来たの……だ?」


「しらばっくれるな恥知らずよ。何者かが我が国へと忍び込んでいるのを知らぬとは言わせまいぞ。痕跡をうまく隠したつもりだろうが焚火を埋めたあとや足跡の証拠が残っている。その者を引き渡すか、それなりの償いをするよう吾輩自ら勧告しに来てやったのだ!」


 ルーテルとオタルバは顔を見合わせた。


「テユカガよ、また難癖をつけに来たの……か! ジウの住人には貴様らとの無用の争いを望む者など……おらんっ! それに勝手に領域を犯すのはいつも貴様らほう……だ! どの口が我らを責める……か!」


「アルマーナ島は我らの土地だ。我らの土地を我らの自由にして何が悪い!? 御託はいい、早く罪人を引き渡すのだ!」


「おらぬ者をどうやって渡せ……る!」


「ちょっと待って……。これって不味いんじゃないか?」


 両者の譲らない口論にルビクは首をひねった。


 逆にリオンは既に興味を失っていた。


 テユカガの糾弾はいつもの論調だった。


 あのように恫喝して少しでも自分たちに何か有益なことが舞い込まないかと期待しているだけなのだ。


 要は彼らは、何か欲しいものがあるからよこせと言っているだけなのである。


 素直に言えばよいものをアルマーナの民は頼みごとを嫌う。


 アルマーナの社会では下手(したて)に出るということは相手に服従したという意味となる。


 だから相手に願い事をする時には相手の非を責めて賠償させるというやり方になってしまうのだ。


「なにが不味いの?」


「なにがって……。誰かがアルマーナに侵入したって」


「いつもの嘘よ。さ、もう戻りましょう」


「そうかな」


「いいルビク? ジウの住人がアルマーナの土地に入るわけがないわ。絶対めんどくさいことになるもの」


「それが本当ならもっと深刻なことになるよ」


「え?」


「だって、テユカガは証拠があるって言ってたよ。それもでっちあげたってこと? そうじゃなかったらそれはつまり……第三者がこの島に忍び込んでいるってことになるじゃないか」


 まさか、とリオンは笑った。


 どうせ証拠もでっちあげだろう。


 アルマーナ島への渡航は困難を極める。


 上陸するだけでも大変なのにアルマーナの獣人たちの警邏(けいら)をかいくぐり、臭いと煙のでる焚火をし、追跡される恐れのある足跡を残してなお数日間潜伏できる者などいるものか。


 それが本当なら一大事どころの騒ぎではない。


 そのような事は過去に前例がないからだ。


 しかし実際にはテユカガの言っていることは本当だった。


 島には既にジウにもアルマーナにも属さない何者かが入り込んでいたのだった。

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