帝国の戦女神 8
弾丸のような速度で分銅が飛んでくる。
破壊力は凄まじく、近づこうにも鋭い爪が縦横無尽に襲い掛かる。
完全に使いこなされた装甲義肢の動きの前に流石のロブも防戦一方となった。
触れただけで骨を砕かれそうな質量の前には攻撃を受け流すことも出来ない。
装甲義肢は化身装甲という兵器の改良版として十一年前に製造された兵器だ。
化身装甲に比べ飛躍的に稼働できる時間が長いのが特徴である。
そのため稼働限界を待つ戦法は使えない。
先にロブの体力がなくなる可能性が高いし、そうこうしているうちに数千の帝国兵が総司令の危機を察知して参集してしまうだろう。
投げ分銅を避け、鎖を掴んで引っ張り、石突きを繰り出すが避けられ爪が飛んでくる。
ロブの視界には鎧の内部で発光しているはずのセエレ鉱石と火花放電の反応が見えてしまうので眩しくて視界が上手く定まらない。
昔、装甲義肢を着たクランツと戦ったことがあるがあの時はクランツが使い方をよく分かっておらず火花放電を発生させないまま着用していたので視野に捕らえやすかった。
しかしビクトル・ピーク准尉は瞬間瞬間で小まめに放電の質を変えているようで目が慣れないのだ。
「あなたが再び現れたって聞いて驚きましたよ。しかしやってることが革命ごっことはね。残念でなりません」
鉤爪を避け、絡めとろうとするも横に回転飛びしもう片方の爪が繰り出される。
「ですがお陰様でね、懐かしい人にも会うことが出来ました。誰だと思います?」
中距離以上開くと分銅が飛んでくる。
「あともう少ししたら準備が整うでしょう。そうしたらこの場は代わってもらいますよ」
鎖も油断ならず足を払おうとしてきたり首に巻き付けてこようとしたりと変幻自在だ。
「私はあくまでも時間稼ぎでして。先ほどあなたのお仲間がこっそりこの場を去っていきましたが少将閣下の元に行こうとしているのでしょうか? そうはさせません。全員士気高揚の礎になって頂きますよ。私の装甲義肢と……」
轟音が響き、兵舎の一部が派手に弾け飛んでそれが現れた。
「サネス少佐の化身装甲のね!」
人の倍はあろうかという巨躯の全身鎧。
装甲は厚く、普通の人間なら腕を動かすことさえ不可能だろう。
それがロブを見下ろしていた。
純白の機体に少佐を表す赤の斜め線が三本。
見たことのない機体だがその装備がロブの心臓を揺さぶった。
大剣だ。
大剣の化身装甲使いは一人しか知らない。
そもそも化身装甲自体非常に操縦が難しく、動かして五体満足のままでいられるのはロブはニ人しか知らなかった。
そしてピーク准尉が懐かしい人と言っているということは新規の適合者ではないだろう。
すると目の前にいるのは自分の元上司であるサネス少尉か。
いや、少尉は殺してしまったはずだ。
大剣が唸り声を上げて横から迫りくる。
ロブは我に返り後方へ飛んだ。
爆風が吹き荒れ周囲の雑多なものが吹き飛ぶ。
着地したロブの頭に第ニ撃が振り下ろされ、すんでのところで避けると地面が砕け散った。
戦い方の癖がそのままだ。
やはり少尉なのか。
するとあの時殺してしまったのは誰だろう。
いやそう考えるのは早急だ。
ロブは槍に黒い炎を纏わせ刺突した。
サネス少佐が大剣で防ぐと剣はみるみる溶解していき黒く爛れた雫を垂らした。
その場に捨てられた剣にロブは反魔法を当てる。
そのままにしておくと大地まで汚染してしまうからだ。
だがその隙を少佐は見逃さなかった。
先ほどの比ではない踏み込みで剣撃が放たれた。
ロブの左肩の肉が爆ぜ血飛沫があがる。
致命傷ではないがかなり深く傷つけられた。
少佐が持っていたのは臀部に取り付けられていた一対の短刀だ。
両端から刃が伸びる特殊なものである。
それを見てロブは確信した。
やはり彼女はエイファ・サネスではない。
では何故エイファを名乗っているのか。
身軽になったサネス少佐が思考を許してくれなかった。
鉄の塊とは思えない動きでロブを翻弄する化身装甲。
対するロブはいよいよ切羽詰まり力を解放することにした。
ロブの全身が光に包まれると手から炎の弾丸が無数に射出されサネス少佐に当たった。
威力は申し分なかったようで少佐の体幹がぶれる。
しかし少佐の化身装甲からも黒い炎が迸り、大剣のように溶解したりはしなかった。
ロブがすかさず槍を叩きつけるも双剣で受け止められてしまう。
炎の壁を出して目くらましをし距離を取るロブ。
空気が呪いで汚染されないようにいちいち反魔法をかける。
戦闘でこれだけ魔法を使ったことがなかったロブは配分を間違え視野が暗くなってきていた。
魔力を消費しすぎた。
ロブの魔力は呪いによりどんどんと蓄積されていく。
その蓄積速度は普通の魔法使いよりも早い。
他の魔法使いたちは魔力がしっかり補充されてもなんともないがロブの場合は余り溢れた魔力がその身を焼いてしまうという欠点があった。
今までロブは魔力が溜まるとノーマゲントの荒れ地で魔法を消費し器いっぱいに魔力が溜まらないようにしていた。
しかし魔法を使ったその地はもはや反魔法を当ててもどうにもならない穢れの地と化してしまっている。
ロブ自身反魔法を覚えたのは最近であり、反魔法は非常に魔力を使う。
だから魔法はここぞという時以外はなるべく使いたくなかった。
それを連発してしまったのは単にサネス少佐の戦闘技術がロブを上回っているからだ。
これほどにまで動きに切れがあるということは今までずっと前線にいたのだろうか。
実際には彼女は退役して久しかったのだが鈍りを感じさせない働きだった。
「やはり素晴らしい……再びこのお姿を拝見できて良かった。では私はこれで失礼しますよ」
ピーク准尉が立ち去ろうとする。
それは駄目だ。
ブランクがいくら強かろうが彼の最大の武器はその拳であり肉体だ。
装甲義肢とは相性が非常に悪い。
ロブはピーク准尉の目の前に炎の壁を出した。
味方の危機を前にして敵が呪いを受けてしまうかもしれないなどと心配していられない。
魔力を消費し過ぎてしまったロブの視界から光が消える。
刹那、サネス少佐の振るった剣がロブを捉え刃が首にめり込んだ。
千切れ飛ぶロブの首。
だがロブは死なななかった。
地面に落ちた首が発火し黒い煙が渦を巻く。
残された体も燃え、その煙を纏うと火だるまになった体が動き出した。
粘性の高い炎をまき散らしサネス少佐の腕を掴む。
腕はいとも簡単にもがれ内部からおびただしい量の血肉が噴き出た。
化身装甲は内圧が高いので外気に触れるような傷を負うと中身が決壊して飛び出してしまうのだ。
苦悶の声は聞こえないが少佐は仰け反り火花放電を止めた。
鉄の塊となり地面に倒れ伏す化身装甲。
それでもロブの狩猟本能は止まらない。
胸の装甲をはぎ取ると装甲内部に合わせて膨張したままの少佐の乳房が露わになる。
体が縮小する前に外気に触れるということは深海魚が急激に陸に揚げられるようなもので、少佐は血を吐き母乳を噴きながら声にならない絶叫をあげた。
異変に気付いたピーク准尉が炎の壁を突破し黒炎の怪物に体当たりする。
間一髪、心臓を抉られそうになっていた少佐を救うことは出来たが准尉の体に黒い炎が纏わりついた。
「なんだこれは……!? あ、熱い……!? ぎゃああっ!」
振り払っても取れない炎に焼かれ准尉が獣のような声を上げる傍で首のない焼死体の断面から血の泡が噴出する。
盛り上がって生えてきた頭部が蛇のような顔で笑みを浮かべてみせた。




