帝国の戦女神 7
兵舎に戻ろうとしていた帝国兵はあからさまに嫌そうな顔をした。
また馬鹿な輩が出て来たもんだ。
どうせ噂に踊らされた馬鹿が注目を浴びたくてやっているのだろう。
しかし商人風の男たちが一斉に銃を取り出したことで場の空気は一変した。
「聞け! 我らの怒りを! 地方の衰退には目もくれず! 貧富の格差から目を背け! 私益に走り! 国民の悪感情が溢れてもなお! 甘言を囁く者のみ手元に侍らせる! 悪逆非道の現政権に対し! 我らは今! 力を蓄え立ち上がった! 苦節十年! 同志は大陸全土にあり! 百万の怒りによる革命は! この地から始まるのだ!」
兵士たちは狼狽した。
たった数人の馬鹿による悪ふざけにしては真剣そのものだ。
百万の怒りだの、不穏な言葉も聞こえた。
これはまさか本当にランテヴィア解放戦線が現れたということだろうか。
「よく言えたなぁ。すげー」
「か、噛まずに言えたぜ!」
「お前ずっとぶつぶつ練習してたもんなぁ」
「ばらすなよ!」
かと思いきや途端に脱力するような事を言い出す男たち。
市民は動向を見守り、兵士たちは呆れつつもそのうちの一人を見て戦慄した。
「あ、あいつ……指名手配の人相書きで見たことあるぞ」
「俺もだ……」
兵士たちのざわめきに気づいた大柄な男が顎髭を掻きながら笑った。
「わあい、俺って有名人ね! どうもどうもテルシェデントの皆さま、夕飯時に失礼こきます! ぼくは指名手配犯のアルバス・クランツだよ! よろしくね! きらんっ!」
人差し指と中指を立てて目の上下に当てて腰をくねらせるクランツ。
帝国兵は一斉に銃を構えた。
「大量殺人犯だ! 市民の皆さん、逃げて!」
悲鳴をあげて逃げていく市民たち。
笑顔のまま硬直するクランツに周りの男たちが蹴りを入れた。
「おい馬鹿クランツ! あんたのせいで俺らが悪者みたいになっちまったじゃねえか!」
「あれー?」
「あれーじゃねえ! 仕方ねえが汚名返上は本隊に任せて俺らは任務を続行するぞ!」
遮蔽物目掛けて散らばる解放戦線の男たち。
戦線の男が空に向かって発砲すると釣られて帝国兵も戦闘態勢に入った。
警鐘が響く。
街で問題が発生した合図だ。
その合図を逆に利用する者たちがいた。
兵舎のそばに潜んでいたブランクたちだ。
兵舎入口が爆破され十数人の男たちが雪崩れ込む。
戦闘は出来るだけ行わない。
短期決戦、目指すは総司令代行ケネス・レオナール少将の政務室だ。
夕食時、かつ交代の時間、かつ実戦経験なしということもあってすぐさま反撃に転じられる兵士はいなかった。
銃の存在を忘れ手を広げて立ち塞がる者ならいた。
そういう者はブランクに殴られ吹き飛ばされた。
しかし兵舎に入るとようやく応戦が始まった。
待ち構えていた兵士たちが射撃を開始する。
装備の差は歴然でありブランクたちの足が止まった。
だが一人の男が躊躇なく突っ込んだ。
槍を持ったその男が手を前に出すと黒い炎が忽然と現れ地面で燃え盛った。
兵士たちがひるむと炎を割って男が現れた。
炎はすぐに消えたがブランクたちが見たものは石突で兜を殴られ、手を叩かれ痛みに悶える兵士たちだった。
更に先へと促すその男はロブ・ハーストだ。
圧倒的な強さに戦線の同志たちは士気を上げ、ブランクは笑いながら悔しがった。
最強の男の名はまだ錆びていなかった。
「ロブさん、すげえ! 俺もう離れねえぜ!」
「いや、あまり近くには寄らないでくれ。あの黒い炎は俺以外の奴だと触れた部分から火傷が広がっていく。最終的には全身焼けただれて苦しんで死ぬ。熱を吸い込んでも内側から焼けただれて死ぬ。じわじわ死ぬ。反魔法で痕跡が残らないように注意はしているが、あまり近くにいられると万が一のことがあるかもしれないから困る」
「真面目に受け取られた! やべえ!」
「あんたが魔法使うところ、久しぶりに見たぜ」
「俺の魔法は呪いが含まれているから使う場所を考えないとニ次被害が出るからな。まあこれで皇帝には感づかれただろう。明確な敵対行為を示してしまったことになる。向こうの反撃が整う前になるべく多くの事をやるぞ」
ブランクは頷くと更なる前進を叫んだ。
兵舎を越えると中庭がある。
普段は兵士たちの訓練場だろうか。
広い空間ゆえ囲まれないよう警戒しなくてはならない。
やはり兵士たちは待ち構えていた。
扇状に展開した兵士たちが銃を構えていつでも発射できる態勢を整えていた。
しかしもはや士気の充実した男たちはそんなことでは怯まなかった。
後方で無視してきた敵との挟み撃ちにならないようにこの場は早急に切り抜ける必要がある。
射撃の命中率は装備の差を補って有り余った。
兵士たちは練習場で動かない的を相手に訓練を積んできただけだ。
対するランテヴィア解放戦線の男たちは狩猟の術を身に着けている。
飛んでいる鳥、怒り狂った猪、野犬など、命に対して銃口を向ける事も兵士たちより肝が据わっていた。
局地的には圧倒的な帝国側の不利。
数人が倒され瓦解したところにブランクとロブが突撃する。
接近を許して慌てふためく兵士などニ人の敵ではない。
兵士たちは後退を開始した。
「今だ! 好機だぞ! この機を逃すな!」
「待てブランク! 様子がおかしい!」
勢いづくブランクをロブが止める。
戦闘勘からか妙な胸騒ぎを覚えていた。
あの撤退の仕方はこの場が持ちこたえられなくなった時の撤退の仕方ではない。
何かの準備が整った時、例えば迫撃砲の射撃準備が整った時のような撤退だった。
奥から火花が爆ぜる音が聞こえた。
ロブの目に大きな光が見えた。
現れたのは上半身を重厚な鎧で固めた兵士だ。
手には巨大な鉤爪と鎖分銅が付いていた。
「やはり暖機待ちだったか。装甲義肢だ」
ロブが呟いた。
装甲義肢は帝国が誇る白兵戦兵器の一つである。
セエレ鉱石という、火花放電を加えると周囲を巻き込んで軽くなる不思議な鉱石を使用した部分鎧だ。
攻撃の瞬間に火花放電を調整することで本来の質量を対象にそのまま叩き込むことが出来る。
その特性上扱いは非常に難しいので適合者を選ぶが、つまり鎧を着ているということは精鋭中の精鋭であることの証左でもあった。
「久しぶりですね。ロブ・ハースト軍曹」
兵士がロブに話しかけた。
ブランクたちの目がロブに集まる。
知り合いだろうか。
ロブは首を傾げた。
「誰だ」
「ビクトル・ピーク。元サネス隊兵長です。今は准尉ですが」
しっかりと顔を兜で武装し声は覚えていないので分からなかったが名前を聞いてようやく理解した。
彼は十一年前に自分の部下だった男だ。
上司の少尉や戦闘狂の一等兵と共に最後まで自分の格闘術訓練を受け続けた時の思い出が蘇る。
なんの変哲もない一般的な男だったはずだが装甲義肢の使い手になっていたとは。
「あなたのおかげで私の人生はめちゃくちゃになりましたが、あなたが鍛えてくださったおかげで私は今こうしています。久しぶりの元部下の成長を見てみませんか?」
「断る、と言っても聞かんだろう」
「当然です。生死不問の大罪人に人権などありませんからね」
「手厳しいな」
「ロブ……!」
「すぐに終わらせる。巻き込まれないようにさがっていろ」
ロブは槍を構えると帝国兵も格闘の構えを取った。
ロブ・ハースト対ビクトル・ピーク准尉。
戦闘――開始。