帝国の戦女神 3
秘密基地の中は意外なほどに住居としての環境が整っており多くの人がいた。
何故何年も気づかれなかったかというとランテヴィア解放戦線が活動していたのは東部海岸沿いや山岳部であり、帝政を怒らせるぎりぎりのところを突いていたからだという。
名のある村などの接収は控え、人づてに仲間を募っていたからかなりの時間を要した。
しかし各地で収集した帝国の情報は多岐に渡り、情報は膨大なものとなっていた。
隧道の奥へ奥へと進んでいくとそこには小麦色の髪に緑の瞳をした男が立っていた。
薄汚れ、がたいは良くなっているがそれがティムリートであるということがクランツにはすぐ分かった。
ティムリートもまるで変っていないロブとクランツを見て大いに喜んだ。
ニ人が条件付きだが解放戦線に加わる意思があることを告げるとティムリートは二つ返事で快諾した。
「お互い十年は色々なことがあっただろう。積もる話もある。お茶にしないか?」
「懐かしいな。お前は最初に会った時も茶についてよく喋っていた」
「レイトリフ閣下の事を思い出すよ。あの方が生きておられたら今のような事態を招いていないであろうに」
「…………」
寂しがるティムリートとブランクだが以前からどうにもレイトリフの認識について差異があることにロブは引っかかっていた。
はっきり言ってしまえばあの男は自分の野心のためにブランバエシュ家を利用したに過ぎない。
それでも解放戦線内ではレイトリフを神格化している節さえある。
協力しあう上でその価値観の相違は仲違いを生む原因になりかねないので注意せねばならなかった。
ティムリートが出したお茶は簡単なものだった。
茶葉も流通経路が限られておりなかなか入手できないのだという。
四人は乾杯した。
ノーマゲントで上質なものを飲んでいたロブには渋くて薄く感じる茶だった。
「さあ、貴方たちが来てくれて心強い。丁度開始しようと思っていた作戦もきっと成功するだろう。我らが帝国に反旗を翻そうと思っていた矢先に現れるとは、これも運命なのだろうな。ありがたいことだ」
「作戦?」
「そうだ。見てくれ……。目指すは当然皇帝の首だ。直接狙うわけではなく二手に分かれまずはテルシェデントを落とす。レイトリフ閣下の地を取り戻すことが反旗の狼煙となるのだ」
現在地からアルテレナ軍道を通りエキトワ領東部海岸線からテルシェデントへ侵攻する隊が一つ。
そしてもう一方は西海岸の帝国旧領を攪乱する隊が一つ。
「一方で西海岸のリベルアンネに同時侵攻する。今まで騒動とは無縁だった貴族たちは下賤な田舎者の襲撃で大混乱に陥るだろう。帝都の目は向こうに釘付けになる。向こうの兵士の弱体ぶりはエキトワ領の非じゃないからな」
「なら帝都は援兵を出すだろうねえ」
「首都の兵力も馬鹿にならんぞ。東西に救援を分けるだけの力はあると思うが」
「それはない。同じような事件が同時に起きた場合、貴族たちは皇帝が自分たちのほうを向いているかを見る。田舎風情と同等の派兵だったら彼らの自尊心がそれを許さないだろう。そしてランテヴィア解放戦線はその大層な名前に反して今までの活動は取るに足らないものだ。昔からずっとそうしてきたことによって殆ど警戒されていないというのが強みだ。皇帝は東部三領には自分たちでどうにかするように言うだけだろう。そこが狙い目なんだ」
「まあ方面軍がいるわけだし普通は現場でなんとかしなさいって言うよね。西海岸を襲撃する必要はないんじゃない?」
「ある。状況を深刻に受け止めていないうちから兵力を割いておくことが大事なんだ」
「なるほど? 一度来た援軍を貴族たちは保身から手放さないということか」
「そうだ。さすが最強の男だな。いずれ俺たちは帝都に攻め上る。その時に西海岸の貴族たちは援兵を返し渋るだろう。あらかじめ帝都の兵力を削っておけるっていう寸法さ」
「なるほどねー」
「じゃあまずは最初のテルシェデントだが、主力はケネス・レオナール少将率いる独立連隊、約三千だ」
「解放戦線は?」
「西海岸陽動隊と後方支援を引いたらテルシェ侵攻隊は六十人くらいになる予定だ」
「兵法のお勉強より算数習ったほうがいいんじゃない?」
「白兵戦じゃないんだ。勝手知ったる市街地での戦闘なら十分な戦力さ」
「まあ俺とロブちんでそれぞれ半分ずつぶっ殺せば何とか拮抗するか」
「おっさん、あんたこそ算数できないだろ」
「でーきーまーすぅー」
「全員を相手にする必要なんかないさ。もともとバエシュ領はエキトワ領同様戦争経験者のいない軍勢しかいないわけだし、意外と中央からの出向も多い。頭さえ叩けば逃げるだろう。ただし唯一注意すべきは装甲義肢使いだ。十年前に接収されてしまった装甲義肢は正式な認可が下りてテルシェデントの要になっている。あれさえ封じてしまえば他の兵士なんか恐れるに足らないだろう。そこでその相手をお二方のどちらかに頼みたい」
「それってもしかして俺が着たことあるやつ? いいね! おじさん頼まれたい!」
「義肢使いのビクトル・ピーク准尉はかなりの手練れだ。舐めてかからず最初から全力で挑んでくれ。知ってると思うが防御は全く意味がないぞ」
「知ってる知ってる」
「ビクトル・ピーク?」
「なんだロブ、知り合いかい?」
「……元部下だ」
「ならばやはりクランツに任せたほうがいいな」
ティムリートが気を使い、ブランクは何かを察した。
ロブの脳裏を十一年前に所属していたエキトワ領方面軍サネス小隊の兵長だった男の顔がよぎる。
兵長にはよく戦闘の技術を叩きこんだものだ。
そして上司である女将校と、その妹の一等兵にも。
「世間は狭いな」
「……内乱を起こすんだ。敵に見知った顔くらいはあるものさ。決起の折には私の父君は当然向こうについて、ブランバエシュ家の潔白を示すために一番に私を捕らえに来るだろう。それでも私は後悔などしないよ」
「父親にはこのことを言っていないのか」
「いや、連携は取っている。私が解放軍を立ち上げた時から決別したふりをしているのだ。家名を残すためにな。万が一私が死んでも父君が帝政に忠誠を誓っていればブランバエシュ家は安泰だ。跡は弟が継ぐだろう」
「父親が一番に捕らえにきたらどうするんだ?」
「全力で戦うのみだ」
「……そうか」
「行動開始は五日後とする。それまでは解放戦線の皆と親睦を図ってくれ。寝床は用意しよう」
「社長と連携が取りたい。待たせている。リオンを連れてノーマゲントへ行っていてくれるよう言って来たいんだがいいか?」
「ああ。時間はかからないだろう?」
「すまん」
ロブとクランツは解放戦線と行動を共にすることにした。
リオンの安寧のためにまずはブロキス帝の力を削ぐ良い機会だ。
そのことをザッカレアに伝えるべくクランツがヴリーク湾に馬を飛ばす。
しかし思いもよらない事件が起きていたとはこの時ロブでさえも気づけていなかった。