ランテヴィアの革命志士 9
ジウへの侵入者だとリオンに言い当てられたロブだったが素直に動機を明かすわけにはいかなかった。
この場には帝国兵であるマーロウ大尉と反政府組織の一味であるコーエンがいる。
ジウに侵入しゴドリックにまで追って来るほどの価値があると両者に感づかれてはリオンがますます危険にさらされるだけだ。
彼女が世界の行く末の鍵を握っていることだけは誰にも気取られてはならないことだった。
だからロブは今までの言動から無理のない範囲で嘘をつくことにした。
無骨な男は嘘も饒舌に喋るのも苦手だ。
だが状況が状況である。
嘘ではない内容をその場で組み立てながら矛盾なく喋らなければならないということは戦闘よりもよほど緊張することだった。
「……俺たちは……皇帝に恨みがある。……皇帝を倒すべくジウに援助を求めるつもりだった。だから俺たちはアルマーナの亜人たちを刺激しないよう慎重に行動していた」
「そうそう、ジウなんか行ったことねえもん場所知らねえし」
クランツが援護の言葉を発する。
ロブはジウの場所を知っているがクランツは行ったことがないので知らない。
しかしクランツが知らないと発言すれば皆は自動的にロブも知らないのだと補完するだろう。
嘘は言っていなかった。
「その時リオン、森の中で君を見つけた。一緒にいたあのルビクという青年は俺たちがリオンに用事があると勘違いしていたが、あれは偶然の出会いだった。だがそこで君が大賢老の孫だと知った。ルビクに攫われた君を救い出せば大賢老との交渉も上手くいくだろうと考え俺たちは君を追った。俺たちが再びゴドリックの地を踏んだのはそういう理由なんだ」
「オタルバのこと知ってるふうだったけど」
「それはリオン、君もオタルバと呼んでいただろう」
「……ふうん。そっか、じゃああなたたちもルビクみたいに私を利用しようとしてたんだ」
「そういうことになる。すまない」
なんとかジウにいた動機を誤魔化したロブ。
怒っている風に装っているリオンだったが実際は少しだけ嬉しかった。
自分を求めてくれる人がいた。
その事が自分自身の存在意義になり得る気がしたからだ。
「でも、なんですぐに追ってこれたの?」
「それは……君の魔力を俺が探知できるからだ」
「えっ?」
ロブの言葉にリオンは耳を疑う。
「俺は魔法を使える。魔法使いだ」
一同もざわついた。
魔法使いの存在は噂でしか聞いたことがない者たちばかりであった。
だが一番驚いたのはリオンだ。
魔力がないと思い、そう扱われてきた自分に魔力があったなんて信じられなかった。
「嘘よ……私には魔力がないもん」
「そんなことはない。でなければ俺が追ってこれるわけがないだろう」
「ロブ・ハースト、あんたが魔法使いだって? 嘘だろ……!」
「魔法ってどんなのだよ? 見せてみろよ!」
「見せられない。魔法使いは魔力を探知できる。ブロキス帝もまた魔法を使うのは皆知っているだろう。俺がここで証拠を見せればブロキス帝に警戒を与えることになるだけだ」
「そうかそういうことか……陛下直々の御勅命が私に下ったのは、その娘子が急に帝国内に現れたからか……!」
「そうだろうな。魔法使いは希少だ。勢力としては俺か、ジウか、ラーヴァリエかといったところだろう。皇帝は自分を脅かす存在じゃないか確認したかったんだろうな」
「なれば余計に貴様らのことは捨て置けん」
「お、やるか?」
「わ、私の立場としては上に報告せねばならぬのは分かり切ったことであろう! それが嫌ならばこの場で私を処すがいい!」
「いや別に帰って報告してもいいけどさぁ、指名手配犯に負けました、その場には反政府組織もいました、逃げ帰ってきましたけど後がどうなったか分かりませんなんて報告したら君、殺されるんじゃない?」
「死など誰が恐れようか! 私は貴族だぞ?」
「あーそう……じゃあ好きにしたらいいよ」
「俺は黙ってるぜ」
「嘘つけ。反政府組織の人間がこんな話を放っておくわけがねえだろ」
「う、嘘じゃねえよ。俺は記憶力がねえんだ、へへ……」
「それ知っちゃいけないこと知った奴が殺される前に言う台詞だよね」
「勘弁してくれよ!」
敵対する者同士が手の内を明かしあう不思議な空間が出来上がっていたがこれはひとえにクランツの破天荒ぶりのおかげだろう。
ロブは心の中で相棒に感謝した。
せっかく奇妙な関係になれたのだからこのまま何事もなかったことにしたいものだ。
そう思っていたのは組頭も同じだったようで、年寄り衆と小声で何か話していた組頭は賊の長に声をかけた。
「コーエン、おめえさんも懲りたろ。この人らの情報を解放戦線への手土産にしようだなんて考えずに黙っていようや」
「ああん?」
「おめえさんは前に言ったな。村の生活がどうしようもなくなったら解放戦線の傘下に下る面倒を見てやるってよ。それについては気の迷いがなかったとは言わねえけどよ、この人らのおかげで吹っ切れたぜ。俺は逆におめえさんに言うよ。もう解放戦線に関わるのはやめな」
「馬鹿言ってんじゃねえ、なんだ急に」
「馬鹿言ってんのはおめえさ。それぞれにゃそれぞれの立場がある。おめえさんの立場を立てりゃこの人らも兵士さんたちも困る。お互い様ってやつよ。こんな時は上手いことなあなあにするのが一番だ。そうだろう?」
「さーすがは廃ってても組織の長だねえ! 下っ端の誰かさんたちとは大違いだぜ」
クランツにからかわれてマーロウとコーエンは忌々しそうに顔をしかめた。
「だが……どうやって?」
「まずマーロウさんよ、あんたらはどこぞのよく分からねえ勢力にやられたことにするんだ。そんで魔法使いはそいつらと一緒に消えた。余計なことを喋る必要なんかねえよ。なんせ夜のことだ、奇襲を受けたってことにすりゃいい」
「う、うむ……?」
「そんでコーエン。おめえらはここに来なかった。黙ってりゃ解放戦線の本営に知られることはねえだろうよ」
「…………」
「最後にロブ、クランツ。あんたらは船で来たんだろ? だったらリオンをとっととジウに帰してやってくれや。そんで俺らカヌークの住人は黙ってる。これですべて元通りだ。違うか?」
「信用できぬ」
「そんなのはお互い様だ。だがマーロウ、クランツの言う通りお前、正直に話したら大手柄を取り逃した大まぬけってことになるぞ。それはお前だけじゃなく家名も傷つくんことになるんじゃないか」
「…………っ!」
確かに、いくら相手が最強の男と酔いどれクランツであったとしてもそんなのは言い訳にしかならない。
自分が黙ってさえいれば自分は無能の烙印を押されるであろうが家名までは傷つくことはないだろう。
論破されたマーロウは深く黙り込んでしまった。
「なるほど貴族には個人の名誉よりも家の名誉か。ロブちんがまさか貴族の扱い方を知ってるとはねえ!」
「昔の知り合いに似ててな。……コーエン。お前たちが職を失ったのは残念なことだが賊の真似事をするくらいなら今からでも遅くないだろう、必死になって仕事を探せ。探せば職なんていくらでもあるはずだ」
「勝手に今日からいらねえって言われた人間の気持ちなんかてめえらに分かるかよ!」
「用心棒だったとはいえ碌な戦闘訓練も受けてないお前たちが本気で帝国に戦いを挑めばすぐに命を落とすことになるだけだ。俺一人に制圧されたことをもう忘れたか?」
「ぐ……」
「分かっただろう。組頭の提案を皆で飲めば全て丸く収まるんだ」
食堂がしんと静まり返った。
長い沈黙の後、一身に視線を集めていたコーエンは折れた。
「……わかったよ。今回俺たちは村には来なかった。それでいいんだろう?」
「よっしゃ、分かってくれりゃそれでいい。あとはまっとうな職に就くこった。そうだ、以前はおめえら断りやがったけどよ、この際真剣に漁師になることを考えてみろや。すぐにでも船に乗せてやるぜ」
「……俺らが上に密告しねえか監視してえだけだろうが」
「そんなんじゃねえよ」
「ありがてえお誘いだが組頭さんよ、俺らが足抜けしてこの村に入ったらそれこそ村は最期だと思うぜ」
組頭の提案が良いものだと思っていたロブはコーエンが拒否する理由が気になった。
「どういうことだ?」
「この村はずっと戦線への加盟を断り続けてるんだ。普通だったら帝国派と見なされて粛清対象だ。それかニ度と戦線からの支援を受けられなくなるかな。そうならねえでずっと温情をかけてもらえてるのは港の欲しい戦線が下手に出てるからっていうのもあるだろうけどよ、一番は戦線幹部のブランクさんの面子を立ててるのがでかい。あの人はこの村と旧知の仲なんだ。でも流石のブランクさんでも足抜けを抱えちまったら許さねえだろうよってこった。あの人は恐ろしい人だからな」
「ブランク……?」
「おお。剛腕のブランクっていやあ有名だろう?」
「…………」
「お? ロブちんどうした?」
「痛いの? ロブ」
「……ちょっとな」
ロブは黙って頭を抱えていた。




