ランテヴィアの革命志士 7
恐怖を上回る強さだ。
無駄な動きがなく、ただし無駄によく喋る。
村人たちもクランツの噂は聞いていたがまさかここまで圧倒的だとは思わなかった。
当の本人は鼻歌交じりに倒れ伏した兵士の安否を確認している。
「よし、最初の子もとりあえず生きてるね。えーお気づきの方もいらっしゃると思いますが実は、おじさんは誰も殺しておりません。何故か。それは、せっかくの講義が無駄になるからです。元帝国兵士として後輩の育成に努めることが出来て今日は良い日でありました。皆は帰ってしっかり復習するように。いいね!」
ひと思いに殺してあげたほうがましなような者もいる気がするが声をあげられる者など存在しなかった。
リオンたちの元へクランツがやって来る。
村人たちはリオンを集団の中央に入れ密集した。
明らかに警戒されているのは仕方のないことだ。
クランツは出来るだけ優しく声をかけ、組頭が答える。
「村人さんたちも大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。ありがとう。だが……なんであんたがここにいるんだ?」
「お嬢ちゃんをね、助けに来たのよ」
「リオンを?」
「そーう、リオンちゃんを!」
両手の人差し指を組頭に向けて大仰に反応する大男にリオンは不信感を抱いた。
「私、あなたのこと知らないわ」
「リオンちゃんは村の人たちにどこから来たのかとか話した?」
「え……うん」
「正直! 良い子だねえ! じゃあ話が早い。おじさん、大賢老に依頼されてリオンちゃんを助けに来たのよ。ほら、あそこの皆さんって人じゃないから目立つでしょ?」
「人だよ。みんな」
家族を人間じゃない、と言われてリオンはむっとした。
クランツはジウの住人の事を知っている風に思わせたかっただけだが言葉選びを間違えてしまう。
誤解しやすい事実だがジウの住人は殆どが獣人ではない人間だ。
噛み合わない言葉に失言を察したクランツは深入りする前に帝国兵のほうへ向き直った。
マーロウは未だ呆然としている。
うずくまり呻き声を上げる仲間を前に、照明を持った兵たちはどうしていいか分からず右往左往していた。
負傷者に手を貸せばクランツに目を付けられそうだし大尉が何も言わなければ逃げることも出来ない。
見かねてクランツはマーロウに話しかけた。
「ところで中隊長殿! 中隊約六十人、うち三十人が君の小隊。照明係の約十名を除いたら君以外戦闘不能だ。帰るなら今のうちだぞ? 負傷者に手を貸す兵、荷物を代わりに持ってあげる兵。簡単な引き算だ。もう戦闘要員はいない」
「……これは夢だ。私の経歴が……」
「悔しいだろうけど退くことも覚えないとね。安心しなさいよ。おじさんに負けたって言えばたぶん許してもらえるからさ」
「…………」
そのとき村のほうで銃声が響いた。
単発で終わらず複数が後に続く。
兵士たちは何事かとざわつき漁師たちは顔を見合わせた。
救援を頼んだ覚えはないが彼らがこの騒動を察知してやって来てしまったのだろうか。
「組頭……」
「ああ。来ちまった。貸しを作ることになっちまったな……」
「じゃあ」
「しゃああんめえ。保留の話、のむしかねえだろ」
借りは作りたくなかったが兵士に逆らってしまった以上村は終わりだろう。
逆に最悪の場合は彼らに頼るという手も残されていたからこそ村人たちはリオンを守ろうと動けたわけであった。
「おんやあ? なにあの音?」
「ランテヴィア解放戦線どもだ!」
「えっまじで? なんで?」
「くそっ貴様、仲間じゃないのか?」
とぼけた顔で首を横に振るクランツにマーロウは歯噛みした。
ランテヴィア解放戦線。
ゴドリック大陸東部で台頭し始めた民兵集団である。
好景気に沸く帝国国内で廃れた古い産業にしがみつき打倒帝政を掲げて立ち上がった賊だ。
「ちょっとちょっと……村の中で戦ってんの? ばか。あっちの分隊倒されちゃったらお引き取り願えなくなるじゃない……」
「ぐぐ……ぐ……かくなる上は華々しく飾ろうではないか! アルバス・クランツ元曹長よ。貴様、市井に顔は知れておらんな!? 我が中隊は敗北を認め撤退を約束するゆえ貴様が漁民に窶し講和を仲介するのだ! 連中は手柄を求めている。私の命を以て兵士たちの助命を取り付けるのだ!」
「え、やだよめんどくさい」
「なっ!?」
「貴族様はすぐにそうやって高貴な死を選ぼうとする。やだやだ、良くないね! おじさん、あなたの部下じゃないし、拒否します」
「わ……私が頼んでいるのだぞ!?」
「それよりもっと簡単な方法があるって。喧嘩両成敗! おじさんちょっと行ってくるから、漁師さんも兵士さんもみんな大人しくしててね。……それにしてもロブちん全然でてこねえな。うんちしてるのかな?」
兵士から照明を自然な所作で奪ったクランツはぶつくさ言いながら、しかし顔は笑みを湛えて村へ向かっていった。
後に残された全員は気まずいなんてもんじゃなかった。
「手当くらいは……出来るかな。止血とか」
リオンがちょろちょろ動き出して、なんとなく皆が助け合うことになった。
暫くすると村からの戦闘音も消えた。




