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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
ランテヴィアの革命志士
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ランテヴィアの革命志士 6

 数分前。


 カヌークに到着したロブ・ハーストとアルバス・クランツは村の入口に寄せる帝国兵の集団を見た。


 集団は管轄の違う治安維持隊と何やらもめているようだった。


 おそらく住人からの密告があったのだろうが少女を一人捕らえるのに一個中隊を出動させるのは物々しすぎる。


 軍のあまりの神速の機動にロブは、あの少女がゴドリックに現れた時には既に皇帝が方面軍に対して下知を飛ばしていたのだと見越した。


 兵士たちが治安維持隊の制止を振り切り一斉に動き出す。


 その動きから少女が逃走を図ったのだと推察できた。


 大将級と思わしき騎兵を先頭に駆ける集団には徒歩(かち)のロブ達は到底追い付けるわけもない。


 ロブは少女が捕らえられた後に隙を見て奪還する作戦を提案したがクランツは拒否した。


「ロブちんさあ、考えてみなさいよ。どう考えても村の人たちがあの子を逃がそうとしてるでしょ」


「そのようだな」


「てことはよ? あとでこっそりあの子だけ奪還しても村の人たちは裁かれるじゃない」


「軍に引き渡さなかったということは覚悟のうえだろう」


(たぁす)けないとじゃんよぉ! ただ黙って見てるだけなんてもう、おじさんの熱くたぎる正義の血潮が許しません!」


「クランツ、うるさい」


 助けに入れば今だけ村人は救われるだろう。


 しかしその後は帝国から睨まれニ陣、三陣を送られてくるに決まっている。


 そうなれば村人には更なる罪が加算されることになる。


 彼らのためを思うならば非情に思える選択も必要なのだ。


「ロブちんの馬鹿! もう知らないっ! そう言って泣きながら駆け出すクランツさんであった!」


 立ち上がり本当にクランツが駆けだした。


 ロブは信じられないとばかりに大口を開けてその背を見送らざるを得なかった。


「馬鹿待て! おい! 隠密行動が……!」


「全員倒せば隠密だ!」


 ロブは片手で顔を覆った。


 ああなってしまったらクランツは誰にも止められない。


 しかしあれでも一応の分別はあるので何かしらの策があるのだろう。


 ロブは待機して成り行きを見守ることにした。


 

 アルバス・クランツ対アイザック・マーロウ大尉およびマーロウ中隊。


 戦闘――開始。



「こーんばーんわーーーーーっ!」


 リオンの前にアルバス・クランツが立った。


 予想だにしなかった乱入者に兵士たちは混乱する。


 マーロウ大尉は男に見覚えがあった。


 その顔はエキトワ領に配属されるにあたり何度も見て来た人相書きのとおりだった。


 アルバス・クランツ。


 十余年前の国事の場において市民公人を数十人殺害して国外逃亡した快楽殺人鬼である。


 それが目の前にいる。


 なんということだろう。


 マーロウはすぐさまクランツを分析した。


 不意を突かれたとはいえ銃を構える十数人に対し奴は近接武器しか持っていないようだ。


 これでは逮捕してくれと言っているようなものだ。


 マーロウは頬が緩むのを止められなかった。


「アルバス・クランツ……指名手配の殺人鬼とまさかこのような所で相まみえるとはな。十年の隠棲(いんせい)を破り自ら罪を償わんと戻って来たか!」


「違うよ!」


「そうか! 今まで国外逃亡の経験を活かし密入国の手引きをしていたのだな! 陛下直々の勅命とはこういうことだったわけか!」


「ええ……なにこの子、独りで喋ってるよ」


 動き出したクランツに驚き取り囲んだ兵士たちが一斉に銃を向けた。


「動くな! どういう状況に飛び込んでしまったのか分からぬわけではないだろう」


「うん分かる。すっごく危ねえ状況だねこれは。おじさんが君の隊にいたら君のおしりはぺんぺんだ」


「意味が分からぬ。狂人が」


「別にいいけど君たちはいいの? 下手すると死んじゃうよ? 仲間の手でさ」


「……なにが言いたい?」


「んー別におじさん、君たちに教える義理はないんだけどね? ほら、一応敵対関係なわけだし? でもなあ、後輩なわけだしなあ。教えたほうがいいのかなあ」


「なにが言いたいと聞いている!」


「聞いたからって何でも答えて貰えると思ったら大間違いですぅー」


「き、き……きさま……貴族を愚弄する気か!」


「違います! おじさん、貴族じゃなくて僕ちゃんを愚弄してるのよ」


「撃て! 撃てぇっ!」


 下賤な犯罪者に小馬鹿にされたマーロウは怒りに任せて指揮を振るった。


 しかし兵士たちはあることに気づいて引き金を引けなかった。


 指示を聞かない兵士たちに怒りの矛先が向いたマーロウだったが再び射撃の命令を出そうとしてその手が止まる。


 馬上のマーロウにクランツはにっこりと微笑んだ。


「気づけたみたいだねぇ。……この配置だと……同士討ちしちゃうねぇ」


 包囲している兵士たち。


 クランツの反対側には味方がいる。


 人を撃ったことがないエキトワ領の兵士たちは躊躇(ちゅうちょ)してしまった。


 もしも反対側にいる味方に当たってしまったら、と。


「おじさん優しいから教えちゃうね。まず、月も出ていない夜に銃を主体にした捕り物は危険です。どうしても銃が使いたいなら挟み撃ちや包囲はやめましょう。でもぉー、もう既にその状況になっちゃってるんですよねぇーっと、お困りのあなた! じゃあどうすれば良いか? さあ始まりましたクランツさんの実戦講座です。わあーすごいね! 待ってました!」


「…………」


「えー、のりが悪いので戦闘に移らさせていただきます」


 クランツは歩き出すとまるで挨拶でもするかのように兵士の一人に近づき手を振った。


 あっと短く悲鳴を上げた兵士がうずくまる。


 落とした照明の脇にはクランツが振るった短刀によって切り落とされた親指が落ちていた。


 兵士たちは色めき立ち銃を構えなおしたがそれ以上動くことが出来なかった。


「どうした? 仲間がやられたよ? なんで動かない? 動けないよねえ、怖いもん。撃ったら味方に当たるかもしれないし? そもそも生身の人間を撃つのってどうなのよ! おかしいねえ演習ではあんなに撃てたのに! 既に仲間がやられて! 被害が発生していても、どうした、自分の体がまるで自分じゃないみたいだ! ……よく分かるぜ、初めは誰しもそんなもんさ。だから! 恥ずかしがるこたぁないよ、試しに撃ってみようぜ? さあ、一皮()けちゃおうのお時間だ!」


 両手を広げて一人の兵士に近づいていくクランツ。


 標的にされた兵士は遠目からでも分かるほどに震え、目が泳いでいた。


 銃を向けられているのにひるむどころか笑顔を見せているクランツは悪夢の化身のようだ。


 その後ろでは味方の兵士が自分を助けようともせずに呆然と立っている。


 大尉殿はどうだ。


 馬上からこの男を撃てばいいだろうに鞭を握りしめたまま周囲の兵士に怒鳴り散らしているだけだ。


 なにが貴族のお偉いさんだ。


 部下の兵士が叩き殺されても指を切り落とされても自分は安全なところに居続けようとして、そのくせ未だに手柄だけは得ようと固執している、ただの糞野郎じゃないか。


 銃に伝わっていた震えが止まった。


 自分の震えが止まったのではない。


 銃の先がアルバス・クランツの胸に押し当てられたのだ。


「ほおらこんなに近い。どうする? 誤射の心配ある? ないよねえ撃てるよえ? 時間がないよぉ? 今決断しなきゃ、死んじゃうよ? ほらどうする! さあさあさあさあさあっ」


 絶え間なく次の行動を迫られて兵士の思考は完全に止まっていた。


 撃ったところで零距離でもこの男なら避けそうな気がする。


 それ以前に引き金にかけた手を少しでも動かそうものなら次の瞬間に自分は殺されているんじゃなかろうか。


 兵士の目から涙が溢れ、股の間からも温かい液体が漏れ足を伝っていった。


「はい時間切れです」


 クランツは右手で絡めとるように銃を掴むと左手で引き金周りを囲う用心鉄を掌底で突き上げた。


 指が折れ、銃床が顎を粉砕し兵士は後ろにひっくり返った。


 銃を奪ったクランツは装填されている弾を排出し弾が残っていないか内部をしげしげと目視した。


「視界が悪い!  足場も悪い。こんな状況では近接武器のほうが強いです。殺傷する必要がないのであれば近接武器の中でも手ごろな長いものを使いましょう。例えば補具とかね。でもそんなものは持ってないって?  あるじゃない、銃です。銃床は鈍器になります。銃弾がなくなった場合には持ち手をひっくり返して鈍器として使いましょう。でもここで要注意。弾が詰まった状態で鈍器代わりにすると稀に暴発して自分を撃っちゃいます。そうならないように、今のおじさんみたいにきちんと確認しましょうね。確認が終わったら、こうです」


 一方的な戦いだった。


 クランツは必ず兵士の間に入って戦った。


 錯乱して撃った兵士の弾が友軍誤射を招いた事も中隊の戦意喪失に拍車をかけた。


 三十人ほどに囲まれていたクランツは瞬く間に二十人ちかくの兵士を銃で殴って行動不能にしてみせた。


 圧倒的な強さを前にしてリオンたちも瞬きが出来なかった。


 それ以前にリオンは大暴れしている男の声に聞き覚えがあって困惑していた。


 まさか一瞬で海を渡った自分の元へ一日も経たずにあの時の男がやって来たとは露とも思わないリオンは男が村人の知り合いなのかと思っていた。


 クランツはそんなリオンと目が合うと片目をつむって微笑んで見せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アルバス・クランツは作者の分身かと思っちゃいました。
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