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リオン 5

 ロデスティニアはランテヴィア共和国の北にある大陸の国の一つである。


 ウィリー・ザッカレアの故郷であるノーマゲントも同じ大陸にある。


 大陸の覇権を争い合う二大勢力ともいうべき両国は今は協力関係にあった。


 鞘の巫女などといういかがわしい女に援助するふりをすれば、ラーヴァリエのあった神聖大陸が切り取り自由であるためわざわざ強国同士で潰し合うあう必要がなくなったからだ。


 国内の緊張状態が解かれ再び植民地拡大の夢が広がったおかげで国は活気づいていた。


 人々は我先にと先行投資をし経済も潤ってきていた。


 夢のような平和によって華やぐ街ではその日も賑やかな声が飛び交っていた。


 そこから少し離れた所には富豪たちの一等地があり、そこに数台の馬車が停まった。


「鞘の巫女が邪神アスカリヒトを封印、世界は平和に……か」


 新聞を読んでいた小太りの中年が声に出して見出しを読んだ。


 お茶を()れていた召使いの青年が反応して顔を上げる。


 目が合った中年は肩をすくめて青年に新聞を広げて見せた。


 そこにはでかでかと空想読本のような大仰(おおぎょう)な挿絵が描かれていた。


「信じられるかね? このご時世に、なんとまあ迷信じみたことだ」


「でもたくさんの人が空に浮かぶ巨大な目玉を見たんですよ」


「そうらしいね」


 ロデスティニアの首都でもそれは確認されていた。


 らしい、というのは男は最近上京してきたからだ。


 雇われの青年は中年の事をよく知らない。


 政府の関係者だということだけは分かっていた。


「君は信じているのかね?」


「もちろん。僕も見ましたし。あれは自然現象なんかじゃないですよ」


「では救世主は本当にいると?」


「そのほうが面白いじゃないですか」


「いい意見だ」


 中年は丸めた新聞を薄くなった頭に付け満足そうに笑った。


 青年の言う通りだった。


 人々にとって大事なのは信憑性(しんぴょうせい)よりも興味を引く内容であるかどうかだ。


 そして多くの人々が信じればそれは真実となるのだ。


 中年は最近まで情報を扱う仕事をしていたからよく分かっていた。


 人は情報を与えられるようになると自ら調べることをやめる。


 何に興味を持っているかさえ捉えることが出来れば情報という名の麻薬は人を支配する。


 それこそがこれから時代の商売の在り方だった。


「時に、邪神をその身に宿していた悪の皇帝ブロキスのことは知っているかね」


「もちろん! 有史以来の最低のろくでなしですよ。巫女が倒してくれなかったらこっちにまで攻めてきていたかもしれないと思うと……恐ろしいですよね」


「あー、例えばその皇帝がだ。大切な存在がいて、それを守りたくて、世界の目を逸らすために仲間に自分を最低最悪の悪魔だと喧伝(けんでん)させていたのだとしたら、どうだろう」


「どういうことですか? 奴に仲間なんかいませんよ」


「まあ、例えばの話だ」


「例えばの話でもあり得ませんね。奴は身体に邪神を宿すほどの悪だったんですよ。大切な存在がいるならあんなことはしないでしょうし、悪い噂なんか流したらその大切な存在がもっと危険になるじゃないですか」


「ははは、確かにそうだな。実に参考になる意見だよ」


「旦那様は劇作家か何かなんですか?」


「迎えの馬がやって参りました」


「さっそくお呼び出しだ。行ってくる」


 部屋に入って来た執事が深々と頭を下げた。


 いつもより迎えに来るのが少し早い気がする。


 毎日立派な馬車に乗って出かけていき遅くまで帰って来ないこの雇い主は、本当に一体何者なのだろう。


 青年が外套(がいとう)を持ってくると男はお茶に少しだけ口をつけ、にやりと笑った。


「ああそれとさっきの質問だが……。その通り、私は劇作家だ。世界中を魅了させたほどのな」


 馬車に乗り込む。


 行く先は劇場ではなく議事堂だ。


 男の仕事は国家の発展に有用な発明や情報を提供することだった。


 暫く走っているとだいぶ揺れが激しいことに気づく。


「おい、どこを走っている?」


 男が疑問を投げかけても御者は控える素振りも停車させる素振りも見せない。


 窓から見える僅かな空に木々の緑が見える。


 馬車はどうやら舗道(ほどう)を逸れて林の中を進んでいるらしい。


 その道は本来なら通るはずのない道だった。


 急に止まり扉が開け放たれ幾人かの男たちが降車を促してきた。


 民間人のようだが連携に無駄がなく洗練された動きである。


 出資者の政敵が雇った荒事の玄人だろうか。


 帽子を目深に被った男が御者台(ぎょしゃだい)から降りてきて中年と対峙(たいじ)した。


「ゴドリック帝国の情報をもたらした功績で得た生活は快適ですか? ()()()()()()


 中年は数か月前にゴドリック帝国を脱した帝国諜報部のショズ・ヘイデンだった。


 彼はロデスティニアと取引をして身柄を保護されていたのだ。


 この国はヘイデンの持つ帝国の情報に興味を示しており、特にセエレ鉱石やアシンダルの発明についての情報を重宝していた。


 その対価が悠々自適な顧問(こもん)生活だった。


 セエレ鉱石の情報はブロキス帝から聞き出していたし、アシンダルの研究の大元になっていたフレイマンの設計図は手中にあった。


 設計図は貴重品の管理に無頓着なアシンダルに保管場所を固定させたおかげで帝国滅亡時の混乱の中でもすぐさま入手できた。


 フレイマンの設計図を知らないロデスティニアはヘイデンの頭脳を高く評価しており全ては順調だった。


 そう、この時までは。


「君は一体誰だね。私の支援者の政敵の使い走りか? 悪いことはいわない。私に危害を加えればこの国の発展に大きな打撃となるだけだぞ。蒸気機関の発明は誰のおかげだ? 君たちが構想で(つまず)いていた問題を簡単に解決したのは誰だ?」


「それは貴方ではない」


 男が帽子を取る。


 ヘイデンは目を細めた。


 何の特徴もないような中肉中背の男だ。


 だがそれが逆に特徴となっていた。


「……ビクトル・ピーク准尉か」


「お久しぶりです。ようやくこの機会を設けることができた」


 半円状に並んだ男たちが一斉に隠し持っていた短銃をヘイデンに向けた。


 薄々勘付いていたことはそれが決定打になり確信に変わる。


 するとヘイデンは笑い出した。


 自分に差し向けられた追手がまさかこのような凡愚だとは思わず、あまりにもお粗末で滑稽だったからだ。


「ははは……そうか、そうか! レイトリフの(いぬ)め、設計図の存在を暴露(ばくろ)したな!? しかも権利を、譲渡してしまったのか! ははははは! なんという、なんということだ!」


 ピーク准尉は書簡を持ってロデスティニア政府に掛け合っていた。


 それこそがまさにヘイデンの言葉通りのことだった。


 国賊の身柄だけでも取り返したかったランテヴィア共和国だったが彼の()()を欲しているロデスティニアが手放すはずもなく、ティムリートはヘイデンも設計図も取り返すことが不可能ならばとヘイデンだけでも消す道を選んだのだ。


 設計図の存在さえ分かれば彼ごときの人材など大国ロデスティニアには掃いて捨てる程いた。


「だが、よく彼らが応じたな。君にそこまで弁が立つとは思えんが」


「これを見せただけですよ」


 ピーク准尉が懐から取り出したのは古ぼけた手記だ。


「カーリー・ハイムマン。あなたの姉の手記です。ここにはあなたが私情で小国の王子を(たぶら)かしたことが書かれています。立場的にも状況的にも嘘が書かれているとは思えないと彼らは判断してくれました。更にそれ以前の内容を読み進めてみたら……すごいですね。あなたは嘘や誘導がお得意のようだ。あなたのした悪事は全てご家族が記録してくれていましたよ」


「……そんなものが残っていたとはね、全くの盲点だったよ。だがそんなに大層に掲げて、それが決定打になったと本気で思っているのかね? 彼らは大義名分が欲しかっただけだ。私を悪人に仕立て上げるための情報がね」


「あなたは充分悪だ。あなたの人を人とも思わない奸計のおかげでどれだけの人間が死んだと思っている。エイファや、ニファがああなってしまったのだって……」


「懐かしい名だ。呼び捨てかね。君もだいぶ私情が入っているようだが」


「黙れ」


「黙るさ。この後、どうせそうなるのだろう? だから最後に言っておこう。お前たちは本当に馬鹿だ。腹を空かせた猛獣を前にして自分の家の鍵を渡してしまうのだからな。私は調整者だった。この設計図は実におそろしいものだぞ。これだけの国力がある国が一気に手にしてみろ、全てがひっくり返るだろう。そんなものと私の命が釣り合うと思っていたとはね……。満足だよ。私は今、あの国が滅びた瞬間に立ち会えたわけだ」


 父と姉を倒し、解放されたヘイデンは残りの余生でランテヴィア共和国が飲まれていく様をじっくりと見届ける楽しみに興じるつもりだった。


 だがそう仕向けなくても良くなった。


 全てが完了した。


 レイトリフやその意志を継ぐ者が形作ったあの国はきっと蹂躙(じゅうりん)されることだろう。


 ヘイデンの手からフレイマンの設計図を取った私服憲兵が同行した科学者に検めさせる。


 当然それは本物で、一同は撃鉄を起こした。


 ヘイデンは最期まで笑っていた。


「准尉。最高の贈り物をありがとう」


 乾いた破裂音が轟き(こずえ)に留まっていた小鳥たちが一斉に羽ばたいた。




「同志ピーク。(あるじ)より、我らはランテヴィアと共にあると言伝を(たまわ)っております。どうかそちらの代表にくれぐれもお伝えください」


「……ご協力感謝します」


 笑顔のまま事切れたヘイデンが自らの血に(おぼ)れていく。


 瞳孔から光が消える様子を淡々と見下ろしていたピークは憲兵の声でようやく視線を上げて深々と一礼した。


 おそらくはヘイデンの言う通りになるのだろう。


 この感覚はあの兵器を使ったことがあるものにしか分からないはずだ。


 明らかに時代の先を行く構造に、それを動かすことを可能にした非科学的な動力。


 これらはもっと時代が下った後に解明され発展していくはずだったものに違いない。


 ランテヴィア共和国はその権利を手放した。


 手放すどころかほぼ無償で敵国に渡してしまったのだ。


 だがそんなことはどうでもいい。


 ビクトル・ピークは名もないただの一市民だ。


 国の未来などどうでも良かった。


 ようやく果たせた、愛した者の為の復讐の前では。





 全てが終わった。


 数十年後、ランテヴィア共和国は大陸の覇権を取った大国ロデスティニアと戦争になる。


 その頃には鞘の巫女は影響力を失っており仲裁も虚しく空回る。


 圧倒的な国力と技術力を前にして抵抗らしい抵抗も出来ず、小さな島国は歴史の中にひっそりと消えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動させていただきました。
[一言] 読了致しました。 良い点に書こうと思いましたが、伝えると考えるとこちらかな?と。 綿密なストーリーを考えられていて、キャラに歴史があるというか、深いなって思わせてくれるお話でした。 中々に…
[一言] ヘイデンの一人勝ち感がありますね。こういうキャラにしては珍しい…
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