リオン 2
ウィリーの船に戻ったリオンたちは各地を攻める列強諸国にアスカリヒト封印の報を飛ばした。
各国の偵察は首都エンスパリの惨状を確認し、それが真実であることを認めた。
リオンは多くを語らなかった。
暫くの養生の後に一行はリンドナル海軍司令官の提案で世界に事態の収拾を発表することになった。
繋世歴388年3月16日。
奇しくもその宣言は大転進記念祭の始まりの日と同日に成された。
ウェードミット諸島東部はダルナレアにて。
爽やかな秋晴れの下、駆け付けた群衆と各国の軍人が見上げる壇上にリオンはいる。
演台ではダルナレアの長ヘンリエッタ・アストラヴァが十余年に渡る島嶼の不遇の歴史を述べていた。
その後ろでは重傷ながらも無理やり復帰したバルトス・ジメイネスが彼女の背中を預かっている。
島嶼諸国はラーヴァリエの脅威から解き放たれた事で正式に自立した国家群となった。
結局は紆余曲折あり一つの国にまとまることとなるのだが、狡猾な妖婦がその頂点に君臨するのはまた別の話である。
「蛇の目が世界を覆った時、人々はようやく脅威が目前に迫っていたことを知りました。しかし、以前から人知れず戦っていた者たちがいたのです。ここにいる少女とそれを支えた戦士たちがそうです。鞘の巫女リオンこそ、繋世の巫女の再来です!」
紹介されて大喝采を浴びながらリオンは壇上に登った。
リオンが見渡すと打って変わり静まり返った人々の期待の眼差しが集中する。
その光景でランテヴィアの演台に立った時を思い出したリオンの脳裏に今までの旅の軌跡が蘇っていく。
観衆がざわつき始めた頃、リオンは沈黙を破って静かに語り出した。
「私は……何もしてません。道は全て、皆が示してくれました。その中で、死んでしまった人たちもたくさんいます。私はもう充分ですので、後はその人たちを、どうか讃えてあげてください。でも、誰かを讃える時に誰かを貶めないでください。誰もが懸命に生きて、何かを守りたいからぶつかってしまったんです。正義とか悪なんて立ち位置で全く変わってしまいます。私はこの戦いでそれをよく学びました。だから皆さんもお願いします。これからは前向きに生きていきましょう。人を嘲ることに学びはありません。より良い未来のためには理解が必要ですから。少しでも知っていれば、争いは減りますから。平和を願うなら、どうかよろしくお願いします」
演台の脇に並びロブ・ハーストはリオンの斜め後ろを見ていた。
彼女はザニエ・ブロキスを思っていたに違いない。
あの男は確かに暗君であり世界の敵であった。
だが同時に世界を守った救世主と言えなくもなく、確かに親だったのだろう。
誰にもかけがえのないものがある。
それを守るために相手のものを奪う今生のなんと醜いことか。
神聖大陸では現在進行形で列強諸国が切り取り自由の侵略を行っている。
その状況を作ってしまった自分たちの何が正義と言えよう。
リオンの言う通りだ。
少しでも相手を知っていればきっとこんなことにはならないだろう。
だがいつの世も人の行動など変わらない。
奪い奪われ失われた上に何かが新しく芽吹き、繰り返していくのである。
それでもロブは満たされていた。
たくさんのものを奪う結果になったとはいえ、死ぬ運命にあった娘の生を見守ることが出来た。
自分は奪うだけの存在ではなかったことの証明である。
彼女を守った先にはいったい何が芽吹いていくのだろうか、それが楽しみでならない。
大歓声が起きた。
リオンがアスカリヒトの封印と世界の平和を宣言したのだ。
降壇するリオンは緊張から解き放たれた安堵の表情を浮かべていた。
そして顔が合い、高説を垂れたことに照れるリオンにロブは満面の笑みで頷き返した。
数日間の祝賀の後、リオン一行はランテヴィア海軍を引き連れてダルナレアを後にする。
リオンたちだけ雨燕の精隷石で帰るという手もあったが共に戦った皆を置いていくわけにはいかないので全員で帰ることにしたのだ。
シュビナには足労だが先にティムリートの元に吉報を運んでもらった。
梟の亜人の少女がもたらした報告は瞬く間にランテヴィア大陸中に広まっていった。
その頃ナバフの島に寄港したリオンたちも偉大なる戦士たちの墓標に戦勝を告げていた。
ロブはもう戦う必要がなくなったので槍を返す。
いよいよ出発となった時、とかげの亜人エルバルドは意を決した。
「俺はここに残るよ」
蛇神を倒すために集った者たちが新たな未来を見つけていく。