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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
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 帝国の首都では城を中心にして連郭式に伸びる建物の一端に技術部の機械課がある。


 機械課は軍隊の装備など研究、製造する部署である。


 その奥には重要機密を扱う一画があり関係者以外は立ち入れない。


 ショズ・ヘイデンはそこで新兵器の報告を受けていた。


「てなわけで。どうかな、装甲義肢。化身装甲より使い勝手良くない?」


 部分鎧のような兵器を説明する痩躯(そうく)の老人は機械課長のトルゴ・アシンダルだ。


 気品ある顔立ちの紳士だが奇人変人であり、フレイマンの設計図と呼ばれる時代錯誤な機械の資料を唯一理解し再現できる凄腕の技工士としても知られていた。


 昨今アシンダルは新皇帝が発見したとされるセエレ鉱石を用いて新兵器を作った。


 だがその兵器は操縦の難解さから到底実戦向きとは言えず、さっそく改良型が生み出されたのだった。


 化身装甲と名付けられていた原型は国威掲揚のための軍事行列に出された後はエキトワ領にて道楽貴族の姉妹の玩具になっている。


 そのような兵器を配備するということはそこに何かがあると外部の者が誤認すればそれで良く、目的さえ果たせば化身装甲は姉妹共々帝都に引き揚げさせるつもりだった。


 その兵器の製造から日を置かずして実戦用を創り出すとは流石は博士である。


 ヘイデンは誤字脱字が多くて字が汚く人に読ませるために書いていなさそうなアシンダルの資料に目を落としながら相槌(あいづち)を打って理解している振りをしていた。


「要するに稼働限界が従来品の何倍にも伸びて……万が一の時も命だけは助かる仕様になったということですよね?」


「そうそう、そういうこと。というかそもそも化身装甲の稼働限界って短すぎだよね。僕が言うことじゃないけどさ。で、エキトワ領に配備したって? 試験運用が足りなすぎるよ」


「危険なのは百も承知です」


「何が目的かは聞かないけどさ、サネス家って言ったらそこそこの名家だよ? そこのお嬢さんがひき肉になっちゃったらどうするのさ」


「貴族は名誉を重んじますから殉職となれば本望でしょう。ところで、なんであんなことになるんですか?」


「資料に書いておかなかったっけ? 磁場が発生するからだよ。重力と反発するの。だからあの鉄の塊を人力で動かせるようになるんだよ。その時の内部はどうなってるかというとね……そうだなあ、(さなぎ)……みたいな感じかな。動かしている時は内部の空洞に着装者がぱんぱんに詰まってるの。だからちょっとでも穴とか開いちゃうとぶしゃーってはみ出ちゃうわけ」


「不思議ですね。雷導を切った後も暫く降りることが出来ないのは身体が元の形に戻るのに時間を要するからですか」


「そういうこと! でもこれならすぐに脱着出来る。可動域に余計な空洞を作らなくて済むからね」


「それもその設計図に?」


「ううん、これにはそこまで細かく書いてないよ。というか技術的なことは殆ど書いてないんだこれ。そこは僕みたいな人間が思考錯誤して補完するしかないよね」


「流石ですね」


 アシンダルが持つ古びた書類の束を指すヘイデン。


 その書類こそがフレイマンの設計図と呼ばれるものだ。


 相当昔に書かれた書物なのだが構想が突拍子もなく当時の技術では再現不可能なものばかりである。


 ただ、用途は大昔の戦争や生活に合わせた内容となっているので作れたとしても時代遅れという意図不明の設計図だった。


 研究者や技術者にとっては大昔からの挑戦状のようで創作意欲が高まるのだろうがそんな余暇活動に付き合ってやれる金持ちはなかなかいない。


 しかし先帝ジョデルはこれに興味を持ってアシンダルに資金をつぎ込んだ。


 解読の結果出来上がった物の中で特筆すべきなのは威力と命中精度のより高い新式の大砲であり、この大砲が島嶼における戦闘に大きく貢献したのは言うまでもない。


 アシンダルは一躍有名になり、今や列強からも注目される時の人となっていた。

 

「ではそろそろ失礼します。これが今回の新兵器の試験に使えそうな名簿です」


「ありがとう。今度こそ全員死んじゃわないようにしたいね。エイファくんたちは奇跡だったとしか言いようがないよ。何が違うのかなあ。召集して検査しちゃ駄目?」


「任務中だから駄目ですよ。化身装甲自体の調整と違って何週間も要するでしょう?」


「早くその任務が解かれることを願ってるよ」


「私もです。ああ、あと博士。その設計図、適当なところに置いてたら駄目ですからね。ちゃんと仕舞うところを決めておいてください。大事なものなんですから」


「君たちには散らかってるように見えるかもしれないけどさあ、僕にはどこになにがあるか分かるから問題ないよ」


「そう言ってなくしたものが多々あるでしょうに」


「わかったわかった。じゃあここが定位置ね、今決めた。ほら、これでいいでしょ?」


 フレイマンの設計図をそばの棚に適当に入れるアシンダル。


 ヘイデンが来た時には足元の書類の山から取り出したからまだましというものだろう。


 深々と頭を下げたヘイデンは研究室を後にして王城に向かった。


 諸々の報告をするために王の間を訪れたがそこには誰もおらず、皇帝の自室を覗いたヘイデンが見たものは力なく椅子にもたれかかった新皇帝の姿であった。


「ザニエ!」


 駆け寄ってまず目に付いたのは床に落ちた杯だ。


 銀で出来た杯は内側が黒く変色している。


 最近、新皇帝は毒を常飲するようになった。


 脈を確かめようとすると目が弱々しく開き、安堵しつつ怒るヘイデンに新皇帝は弱々しく笑みを浮かべた。


「……ショズか。平気だ。致死量を飲んだりはしない」


「他の方法はないのか。毎回心臓に悪いんだよ、お前は」


 蛇神アスカリヒトは新皇帝の魔力を糧にしている。


 そのせいか時々蛇神の意識が同調してしまい無意識に鞘の巫女を探し出そうとしてしまうらしい。


 蛇の気配を感じると新皇帝は毒をあおり自らの意識を混濁させる。


 そうやって騙しながら生きているので公には殆ど顔を出さなくなっていた。


 最近では毒の後遺症なのか顔色が悪くなり肌はぼろぼろになってきている。


 そうまでしてでも守りたいものがあることを理解しているのでヘイデンは止めることが出来ない。


 死ねば蛇神は中途半端に覚醒してしまうらしく、死ぬことも出来ない故の苦肉の策だ。


 だが毒は蓄積するものであり、いつ最悪の事態が起きてもおかしくはなかった。


 その毒は妻アルコに振る舞われたものと同じものを取り寄せていた。


 これは償っても償いきれない自分への罰でもあった。


 自分は未だあの屈辱を受けるにふさわしい愚者だ。


 そして、だからこそ、これからも罪を重ねていける。


「それで、なにをしにきた?」


「報告だよ。化身装甲の改良版の兵器が出来た。装甲義肢というらしい。あと、例の最強の兵士とやらがエキトワ領に到着した。これで準備は整ったぞ」


 ヘイデンの報告に皇帝は静かに頷いた。


 これから数か月の後、嵐のような雨が降る夜が来る。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毒を飲むのにはそんな理由があったのですね…
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