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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
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 警鐘は鳴らされなかった。


 誰にも(さと)られてはならない国家の一大事が起きた。


 ヘイデンがエセンドラ城に召集を受けたのは日をまたいだばかりの深夜の事である。


 やって来た兵士も何が起きているのか分からないといった風であったが緊急事態であることはその顔色から理解できた。


 城の前は緊迫した空気に包まれていた。


 重鎮の面々も精鋭も到着していたが誰もが明かりさえ灯さずに、緊張でじっとりと汗ばんで息を殺しているのである。


 大臣の一人が駆け付けたヘイデンを見つけ詰め寄り胸倉を掴んだ。


 怒りと恐怖を何にぶつけていいか分からない老人はか細い声を絞り出した。


「貴様……。()と……いったいどんな関係があるのだ……」


 開け放たれた正門からは異様な気配が漂っていた。


 ヘイデンは門と大臣を交互に見つめ、刺激しないようにゆっくりと手を解くと誰に促されたわけでもなしに歩いて行った。


 門を抜け、中庭でせせらぐ水路の音を聞き、城の入口の傍まで来る。


 入口では暗がりの中に何かが落ちていたがそれが兵士の亡骸だということはすぐに分かった。


 糞尿の臭いがする。


 開け放られた扉の向こうの大広間では何十という数の兵士が折り重なるようにして死んでいた。


 見れば誰もが喉元に手をやり苦悶の表情で事切れている。


 苦しさのあまり排泄された臭いが立ち込める中、それは目の前にいた。


「……ゼナ?」


 幽鬼のように立つ男が指を向けるとヘイデンは心臓あたりに違和感を感じ膝を着いた。


 何かが臓器を縛り、瞬く間に死が身近なものとなったのだ。


 歩を進め目の前まで来た怪物は口から血を流し、顔中に蕁麻疹(じんましん)が浮かび上がってはいたが知っている顔であった。


 焦点も合っておらず、朦朧とした意識の中にありながら小国の王子であった者が口を開いた。


「ふと思い描いた時、お前しかいなかった」


 王子の姿をした怪物がぽつりと漏らした。


「何が……ですか」


「……皇帝を殺した」


 淡々と言ってのける王子。


 ヘイデンは奇妙な感覚に飲まれた。


 新進気鋭の帝国の長の命をたった一人で奪い取るなど不可能なことである。


 しかし信じてしまうだけの説得力が王子にはあった。


 皇帝は兵を呼んでしまい殺された。


 王子の三度に渡る絞首の魔法による警告は皇帝に恐怖を与えるだけで逆効果だった。


 突然現れた理不尽に対しまともに対応出来る者などいるわけがない。


 どこまでも負の連鎖は続くのだった。


「なにを……しようとしているのですか? あなたはセイドラントの王子ゼナ……ですよね?」


「その男も死んだ。セイドラントは……俺が滅ぼした」


「な……」


「気弱で言いなりで、自分では何も出来ない馬鹿な男だった。だから全てを失った。そう思っていた」


 王子の手がヘイデンの肩に伸びる。


 強烈な威圧感は視線さえも動かすことを許さなかった。


 だが王子はヘイデンの肩に手を置くと両膝をついて項垂(うなだ)れてしまった。


 震える声から、ヘイデンは王子が泣いていることに気づいた。


「でも、残った。一つだけ……残ってしまったんだ。俺は……どうしても守りたい。あの子に血塗られた運命を辿って欲しくないんだ」


「あの子……?」


「ショズ……。お前、何故、あの時いなくなった。お前がいなくならなければきっと、こんなことにはならなかっただろうに」


「すみません。ゼナ、それには……」


「その名で呼ぶな!」


 気管が締まった。


 首を絞められていないのに見えない何かに襲われる。


 咳き込むヘイデン。


 すぐに解放されたのは王子の理性によるものだった。


「早く、早くしないと……。子供がいる。俺の子なんだ……」


 セイドラントに置いてきてからすでに数時間が経過している。


 周りの全てが吹き飛んだため外敵の類の心配はないだろうが早急に風をしのげる場所を確保しなければいくら十一月の暖かな気候とはいえ夜露で凍えてしまうだろう。


 うずくまる王子の肩を抱き、ヘイデンは言葉を選ぶ。


 状況は未だよく分からないが、味方であることを示さないと一瞬先の未来さえないだろう。


「……わかった。とりあえず落ち着くんだ。私がなんとかしよう。その代わり……ザニエ、お前にも俺の夢を手伝ってもらうぞ。二人でこの国を牛耳るんだ」


 ヘイデンは王子の力によって権力の中枢が容易く掌握できることに咄嗟に気づいていた。


 力とは威圧のためにちらつかせるのが最も効率的な使い方である。


 怪物に相互扶助を提案したのはそれが恐怖による従属ではないことを示すためだ。


 あくまでも王子はヘイデンを頼っており、怪物は手綱を握る者を欲しているのだ。


「ひとまずお前の子が心配だ。どうやってここまで来た? 連れてこい」


「出来ない。転移の魔法はこの精隷石に眠る力だからだ。この装飾の恩恵を受ける者は行ったことのある場所を記憶していないといけない」


「魔法……? セエレー石? よくわからないが、じゃあお前以外は子供を助けることが出来ないんだな? ならひとまず帰れ。ああ、だがその前に宣言しろ。今日からお前がこの国の皇帝だ」


「俺がこの国の……皇帝に?」


「まあ聞け。私に策がある」


 ヘイデンに促された王子は外で成り行きを見守っていた大臣たちの前に現れ言い放った。


「ザニエ・ブロキスだ。今日から俺が皇帝となる。理解した者は頭を垂れるといい」


 誰も逆らえるわけがなかった。


 理解の及ばない恐怖は人を従順にする。


 その日は徹夜で全てが変わっていった。




 翌日、ヘイデンはすぐさまリンドナル領に急行して捜査隊を結成した。


 津波の影響で壊滅状態にあったバエシュ海軍の補給隊はリンドナル海軍に救助され、その陰でヘイデンの乗る船は一番甚大な被害を受けたであろう同盟国に赴いていた。


 そこで乗組員はただ一人生き残った人物を保護したがその話が世間に広まることはなかった。


 諜報部による口封じが行われたためであった。


 救護活動は早々に打ち切られた。


 皇帝乗っ取り事件が広まり民衆が騒ぎ出したからである。


 国内の治安維持を理由に兵は引き揚げられ、島嶼に取り残されていたリンドナル方面軍は事実上見殺しにされた。


 自力で帰ってきた者も僅かにいたが、劣悪な環境下に置かれ多くの者が精神に異常をきたしていたという。


 その中で生存者の帰還報告を受けていたヘイデンは耳を疑った。


 カーリー・ハイムマンが生きて帰って来たというのだ。


 ほぼ爆心地にいたはずの姉がどうやって生き延びたというのか。


 周囲が将校の帰還を讃えているのとは裏腹に内心で舌打ちをした。


 あの姉が自分と王子の組み合わせを見て何も思わないはずがない。


 自分が小国を離れている間にどれだけ嗅ぎまわったか分からないが、王子の子供については把握している可能性がある。


 赤ん坊を()()()()に送る計画が成功するまでは余計な邪魔は受けたくなかった。


 今まではレイトリフを打倒するために使えると思っていたが、自分が思い描く復讐のためには復讐相手とも協力しかねない姉の異常性を味わった弟の決断は非情だった。


 リンドナル方面軍少佐カーリー・ハイムマンとネイサン・プロツェット中尉は新皇帝の名の下に、勝手に戦線を離脱した罪で銃殺に処された。


 人々の反感を買う結果にはなったが仕方のないことだ。


 それから暫くは問題なく国家が運営される。


 むしろ重鎮たちは新政権に気に入られようと率先して前皇帝の一族を粛清していったのだった。




 重鎮たちに丸投げした国政はとりあえず混乱は起きていなかったものの新皇帝とヘイデンは目的を達成できずにいた。


 赤ん坊にとって一番安全であろう国、ジウが一向に動かないのである。


 新皇帝の話ではジウには魔法使いと思われる人間が方々から助けを求めて入っているという。


 つまりそういった人間を受け入れる意思はあるということだ。


 皇帝の子供は生まれながらにして強大な魔力というものを持っているらしく、それにジウの大賢老が気づいていないはずがないらしい。


 バエシュ領のテルシェデントに島嶼風の怪しげな若者が出入りしているという情報は入って来ていたが、それがジウの人間だとすると内陸に踏み込む決定打に欠けるということだろうか。


 攫いやすいようにと置いてきたアルバレル修道院では今日も赤ん坊は平和に暮らしているだろう。


 だがその程度の安心では駄目なのだ。


「もう直接こっちからジウに出向いて子供を置いて来るってのは駄目なのか」


「駄目だ。もしも子供がアルマーナの亜人たちに見つかったら問答無用で殺されてしまう。俺が行けば意図を邪推される危険性がある。あくまでも奴らの意志で攫わせないといけない」


「おいおいザニエ、子供って。そういえばお前から子供の名前をまだ聞いていなかった。話の度にあの子とか子供とかって、変だろ。私には名前を教えてくれてもいいんじゃないか」


「……リオーニエだ」


 ヘイデンに求められた皇帝は、そういえば子供の名前を決めていなかったことに気づいた。


 侍女は名付けていたのだろうか。


 今更考えていなかったなどというわけにもいかず、とりあえず思いついたのは憎き姫と従者の間に生まれた罪なき子供の名前だった。


 だがその名をヘイデンに告げようとした時、口をついたのが真名の誓約によって改変されたものだということに気づいた皇帝は心臓が凍り付く思いがした。


 まだあの呪いにかかったままなのか。


 この呪いもあの子に引き継がせるわけにはいかなかった。


「……リオン。リオンだ」


「どっちだよ。愛称がリオンってことか? リオンって男みたいだな。いや、別にいいんだが」


「居場所を特定できずにいるのかもしれない。エキトワ領から侵入させるにはどうすればいいだろう」


「警備を手薄にするか? いや待て、逆に見かけだけ厳重にしてみようか。あからさまに何かあるぞと仄めかしてみよう。そういえばお前の持ってきたセエレ石を使ってアシンダル博士が新兵器を作ったらしい。それを導入してみるか。あとついでに内部協力者になりそうな奴も置いてみようか。今の政権に不満がありそうで、レイトリフの傘下には降らなそうな奴がいいな」


「任せる」


 すぐ後に軍事行列で民衆にお披露目された新兵器は名を化身装甲といった。


 稼働すると魔力を発するという兵器はエキトワ領に配属された早々に餌の役目をしっかりと果たし、カヌークの漁村でも見知らぬ漁師の若者の報告があがってくるようになる。


 あとはどうすればジウの間者が踏み込んで来るかということだけだ。


 皇帝のもとにヘイデンが持ってきたものは旧リンドナル方面軍の帰還兵の資料だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あの時ロブがいたのも全部お膳立てされていたんですね。 全てが想定通りだったかは分かりませんが
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