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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
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 父王は間違っている。


 古くからの盟友であるリンドナル王家を裏切り、帝国を裏切ってまでラーヴァリエに近づこうなど狂気の沙汰だ。


 既に一度裏切っている以上二度目はない。


 そして制裁は罪なき民衆が被ることになるだろう。


 王子はラーヴァリエの仲介を以て自分がアシュバルの姫と婚姻関係を結ばされそうになっていることをヘイデンに話したが、ヘイデンは首を捻った。


 確かにこの島嶼地域は帝国とラーヴァリエとの間で板挟みの緊張状態が続いており、最も帝国に近いこの国がラーヴァリエに(くみ)することになれば他の小国は一斉に旗色を変えるだろう。


 だが交換条件で父王がアシュバルをもらい受けたとしてもこの海域を出る前に島嶼中に配備されているリンドナル方面軍によって捕縛されるのが関の山だ。


 この国の近海に方面軍の総大将であるキース・アロチェットが陣を布いているのもそのためであり、逃亡が不可能なことくらい父王も分かっているはずだろう。


 万が一があれば裏切りが他の小国に伝播しないように徹底的に叩かれる。


 それだけ帝国では今この国の動向に注目が集まっている。


 古くからの盟友であるヘジンボサム家だけは擁護する立場を示しているとのことだが、ならば使者を使わせても良いだろうに何も接触がないのは帝国内でも面倒事が起きているからだ。


 ヘイデンが言うには、バエシュ領主ジルムンド・レイトリフがこの国の不義理を暴くついでにリンドナル王家を道連れにしようとしているため迂闊に接点が持てない状況にあるというのだ。


 バエシュ領とリンドナル領は外様である。


 立地的に勲功を上げづらいバエシュ領は快進撃を続けるリンドナル方面軍を快く思っていないらしい。


 だがここでヘジンボサム家が失墜すればリンドナル方面軍を補佐する立場にある自分たちの影響力が増すだろう。


 ヘイデンは裏切りを未然に防ぐと共にレイトリフの策謀を挫くため自ら志願してこの国に潜入してきたというのだ。


 ヘイデンは王子に王子と国民の安全を約束すると言った。


 代わりに彼が望むのはこの国に伸びたラーヴァリエの手を退けることと、ヘジンボサム家に罠を仕掛けようとしているレイトリフの打倒だった。


 王子は昨夜、部屋から忽然と姿を消した父王の話をした。


 そこに何か手掛かりがあると見たヘイデンは今一度父王の動向を探るように王子に協力を仰いだ。


 その日の夜、父が部屋に入るのを見届けた王子は微かに開けた扉から驚きの光景を目にした。


 父が何もない空間に溶け込み消えていくではないか。


 魔法だ。


 王子は確信した。


 以前より父が、そして時折何故か自分さえもが焦がれてしまうアシュバルという名の国は不思議な力を持つ者を多く輩出する国であり自分はその国の血が流れていると聞いていた。


 もしかしたら父も不思議な力でラーヴァリエに移動しているのではないか。


 荒唐無稽な話だがそう考えると婚儀の話の説明がつく。


 そしてこの力を使えば自分だけ安全に逃げ出すことが可能だろう。


 あくる朝、示し合わせた時間に王子は再び小さな岬を訪れた。


 暫く待っているとヘイデンがやって来た。


 王子は父が本当にアシュバル欲しさにこの国を売ろうとしている事に悲しみと憤りを感じていた。


 この男に託せば帝国が危機を救ってくれるはずだ。


 父王が魔法使いだったと告げる王子。


 突拍子もない告白だったがヘイデンは信じた。


 僅かではあるが世界各地で人智を超えた力を持つ者がいるという例は聞いているし、近海にある聖域ジウがその総本山だ。


 帝国のある大陸では超常の例がないものの、ラーヴァリエやウェードミット諸島、アシュバルには多く、そしてこの国の王家がアシュバルと縁が深いことも諜報部は知っていた。


「しかしラーヴァリエが絡んでいるとはまだ憶測の域を出ません。もっと決定的な証拠がなければ……」


 再び王子に父王の監視を依頼するヘイデン。


 アシュバルの姫がこの地に到着すればそれが逃れられない事実になるだろうが、そうなってからでは遅かった。


 王子も強制的な結婚など本意ではないだろう。


 しかし姫が綺麗ならやぶさかではないのでは、と冗談を飛ばすヘイデンに対して王子は怒った。


「アシュバルの姫と婚姻など。彼奴らは根絶やしにせねばならないというのに」


 強い口調で言ってから王子は愕然として膝を着いた。


 急激に顔つきが変わったことでヘイデンも驚き心配する。


 顔を上げた王子は元の線の細い好青年の目をしていた。


 今のは一体なんだと問うヘイデンに王子は素直に白状する。


「たまに……彼の国の事を思うと()()()()んだ。父はこれを真名の誓約と呼んでいた。俺は呪われているんだ」


 真名の誓約。


 それは王子の祖先がアシュバルから追放された時に子々孫々と受け継がせた呪縛だという。


 呪いは親が真名を子に呼びかけ、子がその名を自分だと認識できるようになると引き継がれるものだという。


 今はまだ父王が存命のため正式に呪いは譲渡されていないが、王子が大きくなったことで王の呪いは掻き消える前の蝋燭の火のように燃え上がり父王を苦しめているという。


「ラーヴァリエはそこに目をつけたんだ。父はそれに乗ってしまった。俺はただ婚儀を(いと)うているわけじゃない。王家の婚儀など世継ぎをつくるための通過地点にすぎない。俺は子を持つのが恐ろしい。このような狂った呪いを子に受け継がせたくない。だが呪いが俺たちに次代を作れと囁いてくるんだ」


「お父上がアシュバルをもらい受ければその呪縛から解放されるのでは?」


「……かまをかけるな。それはつまり父がこの国を裏切り島嶼に混乱を招いた後の結果だろう。そうなった時、お前たちは民の命を保証してくれるのか?」


「失礼しました。王子の民を想うお気持ち、感銘を受けました。私としてもこの国が離反することを想定して動いているレイトリフの暗躍を許すわけには行きません。我らは同志です」


 自分の呪いを解くよりも民を優先する王子にヘイデンは本心から敬意を表した。


 二人は固く握手を交わし、平和のために戦うことを誓った。


 だが次の日からヘイデンは王子の前に姿を現さなくなった。


 代わりにやって来たのは帝国の軍勢だった。


 港に迫る船団。


 恐怖する民たちの先頭に立って王子が待ち構える。


 敵船は交渉の旗印を掲げながら港に停泊した。


 降りて来たのは美しい女将校だった。


「お目にかかれて光栄でございます。私はカーリー・ハイムマン。ゴドリック帝国陸軍リンドナル方面軍の少佐です」


「寄港するとの話は聞いていないぞ。如何なる要件だ」


「最近うちの諜報部のショズ・ヘイデンと仲良くなされているそうで。その忠告に参りました。気を付けてください。奴は私の……弟なんですよ。奴は父に勘当されたことを根に持ち父に復讐しようとしているだけの小物でしてね。あなたは利用されているにすぎません。巻き込まれてはなりませんよ」


「なんだと……?」


「失礼。本当の要件はお父上様のほうにあります。あらぬ噂が流れていますからね。釘を刺しにきました」


「やめろ! そんなこと」


「おや、何か御存知でいらっしゃいますか?」


 そんなことをすれば追い詰められた父王が何をしでかすか分からない。


 そう言いたかったがそれでは謀反を訴えているのと一緒だ。


 しかし、いくら王子の証言があったとしても動かぬ証拠がなければハイムマンという女もおかしな真似は出来ないだろう。


 結果は余計に強硬姿勢になった父と父の裏切りを仄めかした王子が残ることになり、事態がより深刻になるだけだった。


「おまえたち、ヘイデンに何をした?」


「何も。奴は鼠のように狡猾ですから。私が動いたと知って尻尾を巻いて雲隠れしましたよ」


「お前もヘイデンを快く思っていないようだが言葉には気をつけろ。帝国も一枚岩ではないと公言しているのと一緒だぞ。それに、まさかそんな事をいうために姉を遣わすとはな。ハイムマンの家のいざこざは他の所でやってもらおうか」


「ああ違います違います。ハイムマンは私の旦那の姓ですよ。ハイムマン家にはなんの問題もありません。あと……勘違いされているようですが私が出向くのは至極真っ当な人事です。奴がこの地に赴任することを志願したせいで誤解されてしまうのは心外ですね」


 複雑な親子関係らしい。


 王子はハイムマンから助言を受けたにも関わらずヘイデンに親和性を覚えていた。


 彼も父と上手くいっていないのか。


 その痛みを知っているからこそ同じ境遇の自分に近づいてきたのかもしれない。


 ハイムマンは王子の制止を振り切ってアロチェット大将の言伝を父王に伝えた。


 警告を突き付けられた父王は取り乱し、潔白を証明するために帝国が提示する条件を飲んだ。


 二枚舌外交など上手くいくわけがない。


 焦った父王は王子とアシュバルの姫の婚儀の日程を早めるようラーヴァリエに嘆願し、ラーヴァリエは父王に更なる条件を課した。

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― 新着の感想 ―
[一言] これだけ民を想ってたとなると例の大爆発は完全に事故ですね…憔悴しそうです
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