ランテヴィアの革命志士 4
その日リオンは村人たちにジウでの暮らしを話して聞かせた。
リオンにとって漁村が新鮮だったのと同様に村人たちにとってもジウの話は驚きの連続だった。
村人たちもリオンの質問によく答えてくれた。
ここでようやくリオンは自分が、ゴドリック帝国という国の北東部にあるカヌークという漁村にいることを知った。
カヌークはゴドリック帝国内で一番ジウに近い村のようだ。
国境警備隊の懸念があるがここにいればジウの住人が助けに来てくれる可能性は高い。
リオンは自分に魔力がないと思い込んでいたのでその希望は一縷の望みでしかない。
しかしどのみちジウに帰る手段がないので暫く村でお世話になる他に選択肢はなかった。
リオンは食堂の老夫婦が世話をすることになった。
僅かな間だろうが村の一員になるということで夜にはささやかながら歓迎の宴が催された。
夜になりリオンが眠りについた後、組頭は村人たちを集めてリオンのことについて話し合った。
存在が存在なので皆で意思を共有しておく必要があったのだ。
治安維持隊にはリオンをテルシェデントから来た老夫婦の孫だと話すことにした。
テルシェデントとはカヌークの漁村の南にあるバエシュ領の大きな港町のことだ。
テルシェ・カヌーク間の行き来はよく行われているので疑われることはないだろう。
それでは、と村人の一人が組頭に質問する。
「組織には報告しますか?」
組頭は唸った。
「……少し待とう。連中も後ろ盾の勢力が欲しいはずだ。となりゃあ、あの子はジウの協力を引き出すための道具になっちまうだろう。それはいくらなんでも可哀そうだ。暫く匿ってりゃ、きっとジウの人らが迎えにくる。それまでは送り届ける方法でも考えながら普通の生活を送ろうじゃねえか」
一同は大きく頷いた。
面倒ごとに巻き込まれてもただ損をするだけだ。
しかし組頭は大きな誤算をしていた。
気心知れているはずの村人の中には帝政に心が傾いている者と、組織の間者の双方がいたことを。
ゴドリック帝国本領ランテヴィア大陸北部、ヴリーク湾。
開発も成されていない天然の湾口だ。
宵闇に溶け込むように沖に一隻の船が停泊していた。
そこから陸に向かって進む小さな小舟にはニ人の男が乗っていた。
一人は茶色の長髪を後ろで無造作に結び無精ひげを生やした中年だ。
目には布を巻きまるで目隠しをしているように見えた。
そしてもう一人は暗めの金髪に顎髭を蓄えた中年である。
両者とも服の上からでも分かる強靭な肉体をしており一見して明らかに強者の風を漂わせていた。
「ニ人でお舟漕ぎ! 楽しいねロブちん、うふっ!」
顎髭の中年が船を漕ぎながら気色の悪いことを言い出した。
男は少年のように無邪気な瞳で笑っている。
ロブと呼ばれた目隠しの男は口をへの字にして首を小さく横に振った。
昔から顎髭の男はお調子者で、目隠しの男は武骨だった。
「クランツ、何度も言うが目立った行動は絶対にするなよ。気を付けていてもあんたはただでさえ悪目立ちするんだからな」
「分かってるって。でも俺ら有名人だからなあ。……どうなるか分からんぜ?」
クランツはロブの忠告を軽く受け流して悪戯っぽい笑みを浮かべた。
それを見てロブは大きくため息をつくのだった。
ロブ・ハースト、およびアルバス・クランツ。
彼らは指名手配中の大罪人だ。
ニ人とも十一年前にそれぞれの理由でゴドリック帝国から国外逃亡していた。
そして長らくの静寂を破ってジウに現れた覆面のニ人組の正体こそ彼らだった。
「で、まずはどこを目指すんだっけ」
「カヌークだ。昔俺が配属されていた基地のそばにある小さい漁村だ」
「なんでそこにいると思うんだ?」
「縮地法という魔法は本来は自分が行った記憶のある場所にしか行けないんだ。あの空間転移使いがあの子を連れ去るのに失敗したのはそれが理由だと思う。そしてあの子の魔力はここに移った。あの子の潜在的な記憶があの子をここに連れて来たんだ」
「当時は赤ん坊だろう? ありえるのね、そんなこと」
「当時俺はあの子をアルバレル修道院から連れ出した。色々あったがあの子はジウに送り届けられた。その間は俺は別行動だったが、あの子が訪れた場所は修道院のほかはカヌークくらいなはずだ。だからあの子はカヌークにいる」
「ロブちん便利だねえ。でももう少し精度を上げることは出来ないもんかね」
「あの子の魔力が桁違いすぎるんだ。普通はもっと定点で絞り込める。だが……言っただろう? ジウどころかアルマーナ全域を包んでいた魔力が一瞬でこっちに移った。大賢老の魔力か大樹の気脈かと思っていたあの光はあの子から発せられていたものだったんだ。あまりにも広範囲すぎて断定は出来ない」
「ま、カヌークか修道院か、そこまで絞れただけでも十分か」
「ジウの住人はおそらく国境警備隊に阻まれて身動きできない。あの魔法使いたちも未だにこっちに来てないところからするとゴドリックの地理を知らないから縮地法も使えない。となると今、あの子に一番近いところにいるのは俺たちだ」
「あとは皇帝がどう出るか、だろ?」
「……ああ。あの子が縮地法で連れ去られる瞬間にブロキスの気配を感じた。俺もあの時は大賢老に存在がばれないように魔力を消していたから断定は出来ないが……どうも気になる」
「ノーマゲントとは一触即発だし、ラーヴァリエとはすでに子分どうしが戦争おっぱじめてるし、だもんなぁ。敵の魔法使いにあわや攫われ寸前ってところまで接近を許しちまった以上はジウももう信用出来ねえだろうし、となるとてめえの手元に置いておきたくなるのは道理か」
「阻止しなくてはならない。魔法使いたちにあの子は渡せない」
「……何度聞いても俺にゃ理解できない世界の話だな。ほら、着いたぜ。もう足もつくだろ」
船底を砂がこする音がする。
気が付けば小舟は浜辺の傍まで来ていた。
ロブ達は舟から降り脛を濡らしながら進んだ。
波打ち際を過ぎた時、クランツがはしゃいで飛び上がり両足で乾いた砂を踏んだ。
「おー、十余年ぶりの故郷の大地よ! 俺は帰って来たぞお! なんつって」
「あれから十年以上か。長かったな」
「みんなはお元気かしらね?」
「どの面さげて会えるかって話だがな」
潮が満ちても流されないところまでしっかりと舟を牽引し、ニ人は装備を背負って準備を整えた。
ロブは槍を握り、クランツは金槌と短刀を腰につるす。
銃が戦場の主力となって久しいがニ人はあくまでも近接武器に拘っていた。
それでも向かうところ敵なしの彼らは今や最強の傭兵として北の大陸で名を馳せる存在になっていた。
「やれやれ、こっから歩いていくのね」
「船で行って万がいち見つかって船籍を割り出されたら今後の活動に支障が出るだろ」
「はいはい、社長には迷惑かけられんもんねえ」
「そういうことだ。いくぞ」
闇夜に紛れてニ人はカヌークを目指した。
歩いて行っても日の出前には到着する距離である。
ロブには土地勘があった。
盲目を魔力の視認で補っているロブにとっては闇など足を止める理由にはならなかった。




