決戦 4
通路を封鎖する兵士たちを倒し離宮へと移る。
離宮はリオンも教皇から説明だけ受けて案内はされていない場所だ。
行く前に逃げ出してしまったわけだが、そこは特別な神事などを行う空間らしい。
教皇とブロキスの魔力はそこから感じる。
九つ目の鐘が鳴る。
これより三度目の鐘が鳴った時、おそらく邪神が復活する。
徐々に強まる気配など、変化が感じられないのが逆に恐ろしい。
この期に及んでまで本当に復活するのかさえ疑念を抱かずにはいられない状況が酷く調子を狂わせるのだった。
シュビナが飛んできて警告を伝える。
見れば町の灯りが移動していた。
貴族や民が異変に気付いたのだ。
ブロキスたちとの対峙中にあの数が迫ってきたらただでは済まないだろう。
「敵襲! 敵襲! ぎっ、ぎっ!」
「やっぱ気づかれちまったか! 姐さんの魔法で派手に揺れちまったもんなあ」
「悪かったねえ」
「挟み撃ちにされたら不味いな」
「そいじゃ、こっちも二手に分かれちゃおうか!」
クランツが足を止めて拳を打ち鳴らした。
「クランツ!」
「想定済みでしょ? 行ってらっしゃいな魔法使いさんたち。君らもおじさんたちも、そのほうが暴れられるじゃん?」
確かにクランツの言うことは尤もだった。
ロブの炎もオタルバの大地の魔法も仲間がいると巻き込んでしまうため全力で使うことが出来ない。
ダグ、ビビ、エルバルドは即座に理解してクランツの側に集まった。
ラグ・レとシュビナも分かってはいたが後ろ髪を引かれてしまう。
「お前たちもだ。足手まといになる。俺たちと一緒に大群を迎え撃つぞ」
「え、エルバルドよ! 私はアナイの戦士だぞ。かつて巫女を導いた戦士の末裔だぞ!」
「ぎっ! あっち、あっちから気配する! イェメトがいる!」
「お前ら……俺だって行きたいさ。だけどリオンたちに任せるんだ」
「エルバルド……」
「ま、あたしも場違いではあるんだけどねえ。盾一回分にはなるかなって認識さね。それだけ奴らの魔力は桁違いさ。だから頼むよ。リオンが後ろを気にせずに戦えるように。それもまた立派な使命じゃないかい?」
「オタルバ」
「ラグ・レ。お前とは何度も背中を預け合った。今回も頼まれてくれないか」
「ロブ・ハースト……」
「私たちなら大丈夫だから! だからラグ・レ、シュビナ。みんなを守ってあげて」
「リオン……。くそ! 一人ずつ喋るな縁起でもない! 今生の別れでもあるまいし、いいからとっとと行ってさっさと倒してこい!」
「ぎぃ……。リオン、イェメト、きっと捕まってる。助けてあげてね……」
「もちろんだよ! みんな、死なないでね!」
力いっぱい頷いて一行は二手に別れた。
リオンとロブ、オタルバは離宮の中へ。
ラグ・レ、シュビナ、エルバルド、クランツ、ダグ、ビビは渡り廊下に防衛線を張る。
満点の星月夜の下、最後の戦いの扉が開かれた。
呼ばれた気がした。
敵の大群はまだ来ない。
クランツたちが急場しのぎの防御設備を作っている中シュビナは上を仰ぎ見る。
離宮の上に愛おしい気配がする。
「お、おいシュビナ、どこへ行くのだ?」
様子がおかしいことに気づいたラグ・レが呼び止めるがシュビナには聞こえていない。
渡り廊下の屋根を超え、飛翔して離宮の尖塔の頂に入る。
そこはラーヴァリエ教皇が特別な祈りを行う際に聖なる炎を灯す展望台だ。
ラーヴァリエで一番高い建物の部屋に見知った妖艶な美女がいた。
「い、イェメト! い、生きてた、生きてた! よ、良かった!」
驚きながらも喜ぶ亜人の少女。
ジウの大樹が炎上するのを目の当たりにした時には絶望的だと思っていたがここへ来てからは希望を感じていた。
やはり気配はイェメトのものだったのだ。
色々気になることはあるがまずは再会を喜び抱擁する。
「で、でもなんでここに?」
てっきり誘拐されたものとばかり思っていたが辺りには誰もいない。
いつものように煽情的な笑みを浮かべているだけの妖婦にシュビナの疑念は止まらない。
だがイェメトは何も答えずに佇んでいるだけだ。
ただただ小鳥を見つめ、そして全く関係のない話を始める。
「……そういえばァ、シュビちゃんっていくつくらいまで生きるのかしらねェ?」
「ぎ?」
「あのねェ私、これから大きな魔法を使うのよォ。だからァ、たぶん私、ずっと長い眠りにつくことになるわァ」
今までは契約者のジウを経由して大地の気脈から魔力を得ていたためほぼ無尽蔵に魔法を発動させ続けることが出来た。
だがジウ亡き今は心臓の精隷石に含有されている魔力と新しい契約者であるブロキスの魔力しか使えない。
ブロキスの魔力も強大だがジウの魔力の持続性には及ばず、更に今はアスカリヒトの復活の狭間にあって不安定となっている。
よって使える魔力は有限であるにも関わらずこれから唱える魔法は過去最大のものとなる見込みだった。
魔力が不足すれば石は再び使えるようになるまで時間を要する。
一定時間に周囲の気脈から魔力を吸収する量は精隷石によって異なる。
ここで魔力を使い果たした場合に次はいつ世に出ることが出来るだろうか。
魔力を理解する者が減少の一途を辿る今、もしかしたらこれが最後かもしれなかった。
「イェメト?」
「説明している時間はないのよねェ。だから……」
イェメトはシュビナに歩み寄ると優しく抱きしめ軽く唇を交わした。
情欲のままに執拗に貪るいつもの接吻とは違い、労りを感じさせる行為だった。
シュビナはイェメトが何を考えてその行為に至ったのかは理解できない。
理解出来ないものの哀しくなるのは目の前の精隷が秘めている感情にあてられたからかもしれなかった。
「い、イェメト……」
「……ああ、怖いわ。怖い。こういう気持ちだったのねェ。なんとなく分かった気がするわァ」
時間だ。
ブロキスからの合図があった。
名残惜しそうに繋いでいた手を放しイェメトが笑う。
その笑みは淫靡さの欠片もない優しい笑顔だった。
「また会いましょうねェ。きっと、必ず巡り会えるわァ」
「待って、イェメ……」
原初の精隷の体が高濃度の魔力の塊となった。
彼女の催眠魔法の範囲は球状の檻である。
イェメトは最大の出力で力を放出し、光となって消えた。
刹那、目に見えなかった力が可視化される。
球体の上部が泡のように弾けた。
睡眠魔法の網が四方八方に広がっていき、その範囲たるや地平線の先までを網羅するほどであった。
網に絡め取られた全ての生命は成す術もなく眠りにつく。
迫りくる群衆やクランツたち、そしてシュビナも例外ではなく。
爆発が起きた。
音を置き去りにした炸裂が地を揺るがした。
地表をめくりあげ、空気を押し潰し、破壊の衝動が何もかもを包んでいく。
そしてラーヴァリエは。
一瞬にして首都を中心に地平線の先までが荒野と化したのだった。