決戦 3
華やかな聖堂大広間に少女たちが舞う。
顔面の皮膚に同じ仮面を縫い付けられた少女たちが、まるで相手がいるかのように腕を前に出して軽やかに踊る。
血だまりを弾きながら同朋の残骸を踏む音が雨のように天井に響く。
沸き立つ臭いが吐き気を誘った。
その奥で蛇の顔をした二足歩行の怪物が長い舌を垂らしていた。
使徒化したアーバインの姿はエーリカや少女たちのそれと同じだった。
サイラスやアルカラストが変身した時の姿は特徴的であり、変身を遂げた後も人の言葉を発することが出来たがあれは特殊な事例だったのだろうか。
元北方守護者からは理性が感じられず指示を待っているかのように見えた。
一同が武器を構え臨戦態勢を取った時だった。
二階の吹き抜けの通路から音がして見上げると楽器を持った少女たちと共に指揮者が現れた。
「サイラス!」
「演奏のない宴など無粋ではありませんか?」
ひげを蓄えた紳士風の男は指揮杖を手に正面まで降りて来た。
空間を移動することが出来る一番厄介だと思われていた魔法使いはどうやらもう逃げ回ることを考えていないようだ。
ここが自分にとって最大の魅せ場だと確信したのだろう。
使徒の隣に立ちリオンたちを見下ろす。
「舞踏会の要素を演出したくせに演奏者の用意を失念し、その上せっかく猊下に賜った少女たちを待ちきれないという理由で遊び壊してしまう。なんと無教養な男だったでしょう」
アーバインに冷たい横目を浴びせながら転移の魔法使いは吐き捨てた。
「私は二等国民として生まれ、多くの疑問を持って生きてきました。このような無粋な男が貴族としてのさばり、私のような者はいくら教養を積もうが今生では彼らに絶対の服従を誓わねばならないのです。なんという不条理。ですが、それは最後の最後でブロキス様が変えてくださいました。この男の命令権が私に託されたことは、私が一等国民よりも尊い存在であることの証明となったのです」
指揮杖が床に打ち付けられると楽器を持った少女たちが構える。
「リオン様。あなたはこの男の親族だそうですね。きっとあなたにもこの男と同じ血が流れているのでしょう。自分こそが一番だと思い込み、能力もないのに与えられた功名を傘に我が物顔で振舞うこの男と同じ血が。所詮はあなた様も奪う側の人間ということです」
「サイラス、もう言葉はいらないわ。あなたたちは自分の事は被害者みたいに言うくせに、自分より下だって思った人には自分がされて嫌なことを平気でするじゃない。あなたはこの娘たちを気の毒に思ったことがある? 心が死んじゃうくらい洗脳されて、こんな玩具みたいにされた娘たちを、可哀そうだって思ったことがある!?」
「彼女たちは自ら進んで祝福を受けました。人の悦びのために己の全てを差し出した尊い存在です。全くもって論点がずれている。詭弁を弄しても私には通じませんよ」
「ほらね。話し合う意味がない」
「……聞く耳を持たないとはこのことですね。自分と相容れない存在は排除しようとする。そうやってルビクも殺したんでしょう。そして今度は伯父をも殺めるというのですか。悪魔だ、お前は」
「私の目にはあなたたちがそう映ってるわ」
「排除と救済の区別もつかない救世主など、誰が認めてなるものか!」
再び指揮杖が床を打ち鳴らすと演奏が始まり使徒が動き出す。
アーバインは一瞬にして踊る少女たちを蹴散らして距離を詰めて来た。
ロブが前に出て刺突を放つ。
避けられたところでクランツが踏み込み大振りの拳で殴り飛ばした。
ダグが後に続く。
惰気が吹き荒れ使徒化したサイラスが鏡面のような腹部の異次元から近衛兵を繰り出した。
「サイラスの魔力の流れを探るから、皆それまで時間稼ぎお願い!」
「了解!」
大乱戦だ。
戦闘能力でいえば圧倒的有利だったはずだが苦戦する。
リオンたちは少女たちを巻き込みたくないため行動が制限されるが敵はお構いなしに攻めかかってくるのだ。
更にサイラスの魔力を探ろうにも少女たちが縦横無尽に踊って魔力の流れを搔き乱すためなかなか集中出来なかった。
普通の少女たちの潜在魔力くらいならば気になるはずがない。
おそらく教皇が彼女たちの身体に魔法陣を施しているのだろう。
クランツとダグがアーバインの足止めをしている間にラグ・レとビビが鉤縄と捕縛帯を使って少女たちの動きを止めていき、迫りくる近衛兵たちはロブとエルバルドが蹴散らす。
オタルバとシュビナはリオンの護衛に着いてはいたが、持久戦に持ち込まれたら非常に厄介だった。
しかしリオンたちには策があった。
サイラスと戦う時はこうなることが予想されており、その場合に非常に有用な精隷石があった。
気を見計らって行動に移される。
握りしめていた精隷石に魔法使いの魔力が流れ込み、連動して魔法が発動した。
「よし、待たせたねえ! 皆いくよ!」
術者はオタルバだ。
精隷石が光った刹那、一帯に地震が起きた。
大きな横揺れが意識していなかった者たちの足元を襲い一瞬で全員の動きが止まる。
その隙をリオンは見逃さなかった。
反魔法の光がサイラスの全身を包んだ。
使徒の器が剥がれ悶える人間の姿が現れる。
かつてダンカレムで戦った少女たちは元の姿に戻るもすぐに消滅していったがこの男は違った。
魔力の余力を残しながら浄化されると元に戻るのか。
だが男は蛇の炎に焼かれ既に死人と同じ身となっていた。
魔力は自然治癒することなく消耗だけを続け、枯渇すれば消え去るのが運命だ
そんなことなど分からないサイラスは奇跡が起きて死を免れたと勘違いした。
逃走しようと空間転移の魔法を唱え、そして全ての魔力が消費された。
魔法は発動しなかった。
代わりに崩れる体を呆然と見つめながら男は言葉も発せずに瓦解した。
サイラスを倒した。
それでも攻撃の命令を受けたアーバインは止まらない。
「お嬢ちゃん、こっちも頼むぜ!」
ダグの声に我に返り、見ればクランツが使徒を羽交い絞めしているではないか。
人間技じゃないがよく見ると酔いどれ狂人は装甲義肢を雷導させていた。
「クランツ、離れて!」
クランツが飛び退くとアーバインも浄化の光に包まれ消えていった。
少女たちは動きを止め、近衛兵の最後の一人がロブの石突を食らい戦闘が終わった。
宿主を失った使徒の器が魂のように飛び交い大広間を出て行く。
ブロキスの元に帰ったのだろう。
ともあれ初戦に勝利したリオンたち。
誰一人として大怪我をせず、大勝利といっても過言ではなかった。
「皆無事か?」
「ふぁー」
「なかなか凄い揺れだったな。大聖堂が崩れなくてよかった」
「崩れて建て直したばかりだそうじゃないか。強化していたのかもな」
「ぎー。り、リオン、大丈夫?」
「ありがとうシュビナ。ぜんぜん平気だよ」
「ふいー疲れた。ロブちんの言うこと聞いてちゃんと上着脱ぎ脱ぎしといて良かったよ。あんがとねロブちん、あとオッタちゃんも。でもなんかもう壊れたっぽい」
「も、もう壊したのかい!?」
「使徒を力ずくで押さえつけたせいで火花放電の回路がずれたんだな」
「誰か直せる? 無理? まいっか。このほうが慣れてるし」
「やっぱこのおっさん頭おかしいぜ」
戦況を確認する。
オタルバが使った精隷石は沈黙し再び使えるようになるには少し時間をおかなければならないようだった。
それ以外は概ね問題なしだ。
一同は先を急ぎ、血塗られた大広間を抜けて教皇の間を目指した。