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SKYED7 -リオン編- 下  作者: 九綱 玖須人
ランテヴィアの革命志士
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ランテヴィアの革命志士 3

「ちょっと……机は座るところじゃないわよ!」


 抗議したリオンに対しラグナと呼ばれた少年は鼻で笑い返した。


 そのふてぶてしさが憎たらしい。


 年のほどはリオンより少し上くらいだろうか。


 痩せていてひょろりと背が高く、くすんだ麦色の短髪をした少年は体裁を取り繕うことなくリオンをじろじろと観察した。


「お前、見たことない顔だな」


「リオンよ。私だってあなたなんか見たことないわ」


 勝ち気に言い返されラグナは肩をすくめて入り口を振り返る。


 それに合わせて入り口に立っている少年たちが小馬鹿にした笑い声をあげた。


 何が面白いのか分からないリオンだが自分がからかわれていることは理解できる。


 少年たちの振る舞いに周りの大人たちも呆れた顔をしていた。


「俺はラグナ。あいつらは俺の子分だ。ここには一週間おきにバエシュから木炭を売りに来てるんだぜ」


「へー。何? バエシュとかモクタンって」


「は? 何って……何がだ?」


 バエシュとは漁村のあるエキトワ領の隣、東部バエシュ領のことだ。


 少年たちはバエシュ領の山から半日もかけて木炭を売りに来ているのだった。


 その距離に驚く反応を期待していたラグナはリオンのまさかの反応に戸惑った。


 両方とも、普通に生きて来たなら知らないはずはない単語である。


「ラグナ。ハリエの調子はどうだい?」


 組頭は間髪入れずにニ人の会話に割り込んだ。


 リオンの存在は自分たちでさえまだよく理解できていないのに余所者であるラグナたちに説明するのは骨が折れるからだ。

 

「どうもこうも、相変わらずさ」


 話題を振られたラグナは急に面白くなさそうな顔になりリオンから離れた。


 リオンのことを詮索すれば自分のことを答えなければならない構造に気づいたようだった。


「そんな話をしに来たんじゃねえからさ、さっそく木炭の出来を見てくれよ」


「私もモクタン見たい!」


 組頭を連れて出て行ったラグナの後を追いリオンも着いていった。


 村の入り口にはぼろぼろの荷車が停めてありその上には真っ黒な塊が麻袋に入れられて積まれていた。


 リオンはその周りをうろうろして、触ってみて、手についた木炭の粉に驚いて服で拭いてしまい一張羅を汚した。


 組頭から長時間燃える薪だと教えてもらいリオンは一つ賢くなった。


「どうだい、今回も良い出来だろう」


「馬鹿いえ。粗悪品ばっかり持ってきてるだろうによ」


「そんなことはねえよ! これが今できる最高の出来なんだ」


 つれない返事の組頭にラグナは食って掛かった。


 木炭は良質とは言い難かった。


 石炭の産出量が上がりつつある昨今、木炭の値段は魚の比ではなく急落している。


 ラグナたちのように炭焼きを生業(なりわい)にしている人間は誰もが仕事道具の整備費用さえ(まかな)えないほど追い詰められているのが世知辛い現実であった。


「……わるいが出せるのは先週の半分ってとこだな」


「ふざけんな。それじゃあ全部は渡せねえ。売れるのは半分だけだ」


「じゃあ残りの半分は持って帰りな」


「足元見るのかよ! くそったれ!」


 思いがけない組頭の値段提示にラグナは荷車の車輪を蹴とばして抗議した。


 本来なら妥当な値段であるがそれでは生きていけない。


 それに先週までは炭の値段が暴落する前の価格で購入してくれていたはずだ。


 値下げを要求するにせよあまりの下げ幅なので受け入れるわけにはいかなかった。


 しかし村は今まで譲歩に譲歩を重ねていた。


 せっかく遠くから重たい思いをして炭を売りに来る少年たちに最初は同情していた。


 助け合いの精神でなけなしの大金を(はた)いていたのだが少年たちが調子に乗ってきたのがいけなかった。


 だから組頭は村の皆と相談し、今日は少し厳しく接して反省するならまた温情をかけてやるつもりで話を進めていた。


「いいか、ラグナ。もう国産の木炭なんかの時代じゃねえんだよ。輸入でいくらでも安く入ってくるし、そもそも石炭っちゅうもんが台頭してきているご時世だ。それでもてめえらがバエシュのどこでも買ってもらえねえってんで、こっちに来るからしょうがあんめえ、買ってやってんだぞ。それを足元見てるだなんて言われちゃあたまったもんじゃあねえよ。半値以上はまからねえからな」


「……ちくしょう!」


 他の少年たちも口々に抗議するが、悪ぶっている少年たちの威圧など屈強な海の男たちには通用しない。


 ラグナは暫く考えていたが何か思いついたようで怒りが収まらない顔のまま組頭を睨みつけた。


「わかった。じゃあ半値でいいよ。残りの半分は()()に贈呈するから……仲介してくれよ」


「……まだそんなこと言ってんのか」


「組織?」


 リオンは隣にいた壮年の男性を見上げたが、男性は聞くなと言わんばかりに首を振るだけだった。


 組頭はラグナの提案を一蹴した。


「いいかてめえら。てめえらは餓鬼だ。学はねえし役に立つ技能もねえし、気に食わなきゃすぐに腹を立てる。そのくせ態度だけは一丁前だ。そんな奴らを入れたって、いったい何の役に立つ? 何度も言わせんじゃねえよ。はっきり言ってお荷物なんだ」


 厳しい言葉を浴びせられてラグナは口の端を戦慄(わなな)かせていた。


 だが言われていることは最もで反論など出来るわけもなかった。


「……おまえら! 木炭全部おろしな!」


「えっでもよう」


「残りの金は来週貰いにくるから……用意しとけや!」


 ラグナは荒々しく叫ぶと組頭の手から金の入った袋を乱暴にむしり取り足早(あしばや)に帰っていった。


 子分たちは大慌てで木炭を地面に放り投げてラグナの後を追っていった。


 そんな少年たちの後ろ姿に組頭は声をかける。


 ラグナは少しだけ足を止めた。


「ラグナ! 悪いことは言わねえ。おめえらはまだ若い! テルシェにでも行って、頭下げて、まともな職に就きな! 今の職に縛られる年でもねえ。やけっぱちになって人生棒に振る年でもねえ、まだやり直せるんだぜ、お前らは!」


「……雇ってくれるところなんかねえから、これにしがみつくしかねえんだろ」


 都市部は好景気に沸いているが地方はその限りではなかった。


 特にゴドリック帝国は経済発展が目覚ましく、繁栄のためには多くを切り捨てねばならなかった。


 需要に供給が追い付かず都市なら働き手はどこも足りていない状況だったが、それでも無学無教養な人間は敬遠されるものだ。


 生い立ちからして粗野なラグナたちを歓迎するのは無法者くらいなもので現実は厳しかった。


「悪い奴じゃねえんだ。だけど見ての通り粗暴でなあ……」


「だからソシキには入れられないの?」


「おっと、リオンは気にしなくていい話だ。さ、食堂に戻ろう。もっと話を聞かせてくれや……」


 組頭に促され食堂に戻るリオンだったが最後にもう一度だけ振り返る。


 そこで見たラグナたちの背中は酷く悲しそうだった。

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