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穢れた炎 10

 神聖大陸に到着したリオンたちは海上にあって敵と睨み合っていた。


 膠着(こうちゃく)状態が長引けば大陸全土から増援や補給を送り込むことが可能なラーヴァリエ側が有利な状況である。


 初手で奇襲でもかけて上陸すれば制圧出来たかもしれないが今となっては敵も迎撃態勢を整えており攻め入ることが難しくなっていた。


 だがそれも作戦だった。


 第一陣は既に上陸していた。


 敵に船団を見せつけていたのはモサンメディシュに乗り込んだ時と同様の陽動作戦だった。


 今回の目的は敵本拠地までのリオンの安全な移送である。


 妨害を受けることなく敵の居城のそばに一気に移動しようという計画の序章だった。


 かつてシュビナがリオンをラーヴァリエから救出した時、一時的に休んだ小さな森があった。


 そこは首都エンスパリにほど近いうえに隠れ家として最適な場所だった。


 リオンは邪神復活の期日ぎりぎりまで船に残り、期日が近くなったら精隷石を用いて移動する。


 移動先には予めリオンを守る戦士たちを先回りさせておけば万全の体制で決戦に臨めるという寸法だ。


 先手の移動班は二手に分かれて小さな森を目指す。


 第一班は従軍経験があり隠密性に長けたロブ、クランツ、ダグ、ビビ。


 第二班は野性的勘があり機動力の高いオタルバ、ラグ・レ、エルバルドだ。


 上空からはシュビナが補佐して連携を取ると決まった。


 しかし良策かと思われたこの案に反対したのはリオンだった。


 気丈に振舞ってはいても最愛の家族を失ったばかりの少女である。


 家族のように思っている仲間たちが自分よりも先に乗り込んでいくことが怖かった。


 また誰か死ぬのではないかと不安に駆られたのだ。


 魔力を消しながら皆で攻め上れば良いというリオンの代替案(だいたいあん)は現実的ではなかった。


 この状況で魔力を消せば何か企んでいるのは明白であり敵も血眼になって索敵(さくてき)するだろう。


 魔力を消して潜んでいたサイラスたちを見つける方法を考え付いたリオンのように、敵も攻略方法に気づかないとも限らない。


 結局リオンの意見は却下されロブ達は闇夜に紛れて小舟でラーヴァリエに向かってしまったのだった。


 夜が明け、不貞腐れて涙目になって陸地を睨むリオン。


 あれからノーラやウィリーが声をかけたが頑なに口を開こうとしなかった。


 他にもグレコやカート、クランツの装甲義肢を正常に動かすために同行したジメイネスの付き人の技術者であるダロットさえも気を利かせて声をかけてみたが駄目で、ラグナにいたってはひっぱたかれた。


 リオンの気持ちは分かるものの態度が気に入らずノーラが立腹して一時は大喧嘩となり商船は酷く重苦しい雰囲気に包まれていた。


「なあリオン。リオーン」


 それでもめげずに声をかけ続けたのがラグナだった。


「……なによ」


 リオンもラグナのしつこさに根負けして反応する。


「そんなに心配すんなって。あの人らに敵う奴がいると思うか?」


 戦いの性質を理解していないラグナの安易な慰めが腹立たしい。


 リオンはきつくラグナを睨みつけた。


「あなたは何にも知らないからそんなことが言えるのよ。アスカリヒトも使徒も、私じゃないと倒せないんだから。それなのに私を置いていくなんて……信じられない!」


「説明してたじゃん。おまえとシュビナは土地の記憶があるから魔法で移動できるかしらんけど他の皆はそうじゃないんだろ。じゃあお前らが先に行って他の皆を待つのか? そんなことさせられるわけねえだろ。俺でも分かるぜそんなこと」


「だから! 私も一緒に行くって言ったじゃない! みんなと一緒に、魔法は使わないで!」


「それで妨害されたらどうすんのって話もしてたよな。ていうかお前さ、本当は自分でも言ってること間違ってるって分かってるだろ」


「うるさい! なんでみんな勝手に決めるんだ! 巫女は私なのに!」


「あぶねっ! おまえすぐ暴力振るうなよ!」


 叩かれそうになって腕を掴むラグナ。


 リオンは暫く暴れていたが不意に泣き出してしまった。


「もう……私のいないところで誰にも死んでほしくないんだもん……」


 ラグナは目を白黒させたが震える手で抱きしめ背中をさすってやろうとする。


 やろうとするがリオンに突き飛ばされた。


「てめえ! なにすんだよ人が(なぐさ)めてやろうとしてるのに!」


「手つきがいやらしい! こんな時に何考えてるの!?」


「ざけんなお前みたいな骨と皮しかねえような小娘なんか興味ねえよ!」


「小娘って何よそんなに歳変わらないくせに!」


 殴りかかってくるリオンを甲板に押さえつけるラグナ。


 同年代ゆえに当たりやすかったのだろうか。


 暴れに暴れるリオンだったが体力はすぐに尽きて大人しくなった。


 落ち着いたのか、ひとしきり転がって泣いていたリオンが仰向けになり鼻をすすって深呼吸を始めたのでラグナも隣に座った。


「あのなあ。確かにおまえは世界を救う巫女とかいってなんかすげえけどさ。辛いのはお前だけじゃないんだぜ」


「……あなたに私の何が分かるのよ」


「ノーラの姐さんだってそうだ。お前にあれだけぶちぎれたのはさ、そういうことだろ。海じゃ最強の姐さんでも陸地じゃ役に立てねえからここに残るしかねえんだ。そういう意味じゃおまえより姐さんのほうがよっぽど待たなきゃならねえんだぜ。なのにお前ときたら駄々こねてばっかでさ」


「…………」


「俺だってそうだよ。せっかくついてきたのにここで留守番だろ? 悔しいぜ。俺もブロキスをぶっ飛ばしたかったからな」


「一緒の気にならないでよ。私は巫女。あなたはなんなわけ? 一番関係ないでしょ」


 つい口をついてしまってからリオンは気づいて動揺した。


 案の定ラグナは黙ってしまう。


 言ってはいけないことを言っている自覚はあった。


 なんと傲慢なことを言ってしまったのだろう。


「……俺さ、前におまえにも話したよな。俺の母ちゃんも父ちゃんも、ブロキスのせいで人生狂って、殺されちまったって。で、お前が言ってくれたよな、ついてきていいって。それが、関係ねえってか」


「そ、そんなつもりで言ってない!」


 飛び上がって否定するももう取り返しがつかない。


 吐いた言葉は飲み込むことが出来ない。


 誰かと比較して悲劇を気取りたかったわけではないのに。


 ただ感情を上手く処理できなくでどうしようもなかっただけで、ラグナを、皆を傷つけたくなんてなかったのに傷つけてしまっていたことに今更ながら気づいた。


「そんなこと……言って……ない」


「…………」


「……ごめんなさい」


 蒼白(そうはく)になって謝るリオンにラグナが手を上げた。


 リオンは咄嗟に目を(つむ)ってしまった。


 頬を叩かれるかと思ったが衝撃は別の所にくる。


 リオンは鼻に指を突っ込まれていた。


「ふがっ!?」


「うっせえ、ばーか!」


 小馬鹿にした顔で言い捨てるラグナ。


 リオンは物理的に精神的に辱められて頭が真っ白になった。


 指を引っこ抜いて反射的に平手が出てしまう。


 ラグナはその手を(かわ)し頭突きした。


「ぶっ……」


「へへーん。俺のほうがつええ。俺の勝ち」


「あなた馬鹿じゃないの!? こんなことしていいと思ってんの!?」


「なんでだ? 私は世界を救う巫女様だぞ無礼者! ってか?」


「えっ?」


「特別扱いするなとか言いつつあんたに何が分かるのーとか言ってさ。駄目、お前いいとこ取りし過ぎ。こっちは特別扱いしてねえし、お前の気持ちなんか言ってくれなきゃ分かりゃしねえよ。お前はお前なんだから」


「あ……」


 いいとこ取りをしているつもりはなかった、とは言い難かった。


 辛いことがあったのは皆同じなのに自分だけが甘えていた。


 失う事ばかりを考えて自分のやるべきことを見失っていた。


 覚悟がなかったのだ。


 自分は鞘の巫女だがそんな漠然としたものは本質ではない。


 勝手に作り上げた理想と責任に縛られるべきではない。


 自分はリオンだ。


 ジウのリオンとして、大切な家族たちを信じるべきなのに何故そんな簡単なことが出来なかったのだろう。


「そう……だね。ごめん。冷静じゃなかった。ずっと……」


「まあそれは仕方ねえと思うけどさ。色んな人間に期待背負わされてるわけだし。でもさ、だったら力抜けよ。お前にしか出来ねえならつまりさ、誰にもお前を責めることなんか出来ねえってことだろ。まあ、なるようになるっつーか、お前なら出来るぜ。根拠はねえけど」


「……うん」


「帰ってきたら皆お前のこと巫女様万歳! ってやるんだろうなぁ。調子に乗んじゃねえぞ。俺は万歳しねえからな。普通におかえりって言ってやらあ」


「……うん! ラグナ、ありがとう……」


「でけえ面してやがってたらまた鼻の穴に指突っ込んでやんよ」


「それはやめて」


「あ、指にさっきの鼻くそついてた」


「え、うそっ!?」


「うっそー」


「馬鹿! 最低! 死ね!」


「いってえな! ざけんなブス!」


 ラグナが笑い、リオンも釣られて笑った。


 子供たちが(たわむ)れる様子をウィリーとノーラが見守っていた。


 一時はどうなることかと思ったが取り越し苦労だったかもしれない。


「彼がいてくれて良かったですね。ね、ノーラさん」


「餓鬼どもが、なにいい雰囲気になってんのさ」


 悪態をつきながらもノーラの口元は安心で緩んでいた。




 その後追い風が吹いた。


 暫くして諸国からの援軍の艦隊が到着しだしたのだ。


 各国の代表がリオンとランテヴィア海軍の提督に挨拶して各地の敵の港に散っていく。


 巫女に協力せんという義の心か、戦後ラーヴァリエ領の切り取り自由の権利を狙ってのことかは分からないが、自国内にも信徒を抱えてしまっている国々がラーヴァリエに対して明確な行動を起こしたということは奇跡にも近い出来事であった。


 そして三月九日、昼。


 冷静さを装いつつ待ち続けたリオンたちの元にシュビナが帰って来た。


 先遣隊が全員無事に小さな森に到達したのだ。


 報告は船団に伝播していき歓声と喝采が沸き起こった。


 沿岸部に到達した敵はもはや首都に引き返せる時間的余裕などなく、これにて敵戦力の弱体化と詰めの一手が完了した。


 皆に無事を願われながらリオンは出立した。


 シュビナは休みたいというので一度船で養生することになったが期日には間に合うだろう。


 ノーラの抱擁を受け、ウィリーと握手を交わし、「後でな」と不敵に笑うラグナに頷いたリオンの周りの空間が歪み、消えていく。


 世界の命運をかけた三日間が始ろうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 盛り上げ方が上手い! [一言] 望む、望まないにかかわらず、子どもたちは少しずつ大人になるんだな―。
[一言] やはり同年代の対等な相手って大事ですね
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