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穢れた炎 7

 ジウの巨木から嵐のような音が聞こえる。


 分厚い樹皮によって外側はいつもと変わらない光景だが内部は灼熱地獄と化していることは想像に難くなかった。


 煙が噴き出る入口から転がり出て来たオタルバに海獣使いノーラが駆け寄る。


 オタルバは大きく息を吐き出し無念そうに呟いた。


「やっぱり入れそうにないねえ」


「だから言ったろ」


「いつまで燃え続けるかねえ。おかげであの恥知らずどもも手が出せないだろうけどね」


「もう、夜が明けちまったね。大丈夫かな」


「連中も見に来るほど暇じゃないさね」


「おおい、準備ができたぞ」


 ロブに呼ばれて二人はオタルバの家がある大樹の根の突き出しに向かった。


 丁度良くリオンとシュビナも帰ってきた。


 二人は水辺に咲く花をいくつか摘んできていた。


 家のそばには大きな穴が掘られていて、泥だらけのロブが穴の中にいた同じく泥だらけのエルバルドに手を貸して引っ張り上げた。


「ここらへんはすぐに水が湧いてくる。もう穴の中に水が溜まってきているからお別れは長くは出来ないぞ」


「うん。ありがとう二人とも」


 それはルーテルの為に掘られた穴だった。


 底では牛の亜人が手を重ねて仰向けに寝かせられていた。


 死者は北側にある共同墓地に埋葬されるのがジウの慣習だったがオタルバの意向が尊重された。


 目立つ頭の外傷は手先の器用なノーラがリオンたちを待っている間に綺麗に繕ってやっていた。


「ちょっと、深く掘りすぎじゃないかい?」


「奴は特別にでかいからこのくらい深く掘る必要があると判断した。腐敗する過程で地面から飛び出したら……奴も恥ずかしいだろ。暫くは墓守も出来んから野生動物に掘り返される可能性もある」


「アルマーナの連中が掘り返さないとも限らんしな。だから墓標は立てないぞ。いいな」


「ふん……墓標なんか作る必要ないさね。例えジウが燃え尽きたとしても、地中深くに張り巡らされた根が既にみんなの墓の代わりさ。これを引っこ抜ける奴なんかいやしないよ」


「……そうだな」


「ねえ、降りていい?」


 リオンとシュビナはルーテルの胸の上に花を置くために穴の中へ下ろしてもらった。


 穴の中はしんと静かで、ルーテルはまるで眠っているようだった。


 頭を撫でると剛毛の下で硬直が始まっているのが分かった。


 暫く無言で撫でていると実感が追い付いてきたのか視界がぼやけた。


 ようやく出てきた涙は今度は止まることを知らなかった。


 瞬きもしていないのに次から次へと水滴となって落ちて行った。


 シュビナも同じだった。


 二人はルーテルの胸板にすがって声を殺して泣いた。


 泣きたいのは自分たちだけじゃない。


 花を捧げて穴から引っ張り上げてもらう。


 土を被せ、墓が完成した。


 そしてラグ・レが唱える別れの言葉がジウに住んでいた全ての住人たちに捧げされた。


「おじいちゃん。イェメト、みんな。行って来ます。絶対また戻ってくるからね」


 雨燕の精隷石の魔力を解放し一同は再びダルナレアの情景を思い浮かべる。


 空間が歪みリオンたちは旅立っていった。


 盛夏の陰りを見せた二月二十八日。


 ジウ滅亡は邪神アスカリヒトの復活までたった十一日の事であった。




 リオンたちはダルナレアに戻った。


 ダルナレアでは既に戦闘の準備が整っていた。


 敵に辱めを受けたアストラヴァも気丈に陣頭指揮を執っており士気は申し分なく高まっている。


 巫女の到着を以て進撃が始まった。


「世界に名の知れた大賢老ジウが死んだ! やったのはラーヴァリエの者どもだ! 世界の異なる国の者たちが、異なるものを信じている者たちが、一様に敬意を示し、暗黙の了解で不可侵としていた、あの聖域ジウを、残虐非道な無法者たちが踏み荒らし、子供や老人に至るまでを皆殺しにした! 我らはこれを許してはならない! この蛮行を許してはならない! 世界を救うために、立ち上がった鞘の巫女に対して、愚かにも歯向かった、憎きラーヴァリエ! そしてその下僕たるモサンメディシュに、今、正義の裁きを下す時が来た!」


「裁きを!」


「裁きを!」


「裁きを!」


 港を埋め尽くす大船団が、送り出す人々が、アストラヴァの布告で足を踏み鳴らし復唱が天に木霊する。


 隣にいたリオンはアストラヴァに促されて一度オタルバたちを見た。


 豹の亜人が、盲目の槍使いが、アナイの戦士が、海獣使いが、梟の亜人が、とかげの亜人が、ノーマゲントの武器商人たちが、炭焼きの少年が頷く。


 リオンは大きく頷き返し、拳をあげて高らかに宣言した。


「出発します!」


 大歓声と角笛が響き船が港を出て行く。


 新たに戦力の充実した巫女の船団に敵う敵などいなかった。


 モサンメディシュの守備隊はあっと言う間に崩れた。


 注意が必要かと思われたアーバインの姿はなく、船団はそのままの勢いでラーヴァリエ本土に舵を取った。

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― 新着の感想 ―
[一言] シュビナはもう一度イェメトにあったときの反応が心配ですね
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