穢れた炎 6
突如として現れた異国の侵略者に不覚を取った。
集落は燃やされ幾人もの同胞がやられた。
夜回り組も意味を成さなかった。
圧倒的な兵力差にアルマーナは飲まれてしまった。
熊の亜人にしてアルマーナの王テユカガは迫りくる敵を果敢に迎撃するも追い詰められていた。
他者を守りながら戦うという経験のない亜人たちは自分の身を守るだけで精一杯だったのだ。
最初は集団でまとまっていたにも関わらず独断専行が目立ち、気づいた時には散り散りになってしまっていた。
最終的にテユカガの傍に残ったのは家族と重臣のみで他の者たちがどうなったかは分からなくなっていた。
谷間の奥に後退しいよいよ退路が断たれた時、大きな地鳴りと咆哮が闇夜に響いた。
暫くすると招かれざる客が増える。
ジウの住人たちだ。
審判のオタルバを筆頭に、蛇もどきのエルバルド、疥癬病の異国人がアルマーナの土地を踏み荒らした。
奴らは敵を倒すとこれで全てだと言った。
亜人の王は強者としての誇りを傷つけられた気がして激怒した。
ジウの者どもの態度はまるで助けに来たかのようだ。
助けなど求めた覚えはなかった。
「オタルバ! 貴様ら、これはいったいどういうことだ!?」
「奴らはラーヴァリエの兵士さね。攻めて来たのさ。こっちも散々にやられたよ」
「貴様ら……何をしでかした」
「あんたらは人の話を聞こうとしないから知らんだろうがね。今世界は滅びるかもしれない危機に瀕しているのさ。繋世の巫女の伝説は知ってるだろ。あの危機がまた迫ってる。連中は蛇神の味方をしてジウを狙いに来たんだ」
「ジウを狙いに、だと? 我らを巻き込んだのか!」
「だから助けに来たんさね」
「貴様らの行為は侵略だ! ジウと話をさせろ、協定違反だ!」
「鈍い奴だねえ! ジウは奴らにやられちまったんだよ!」
言葉にしたくない事実を叫ぶオタルバ。
ロブが近づこうとしたがエルバルドに制される。
差別意識の強い彼らにはオタルバですら嘲笑の対象だというのに人間のロブが口出ししたら面倒なことにしかならないからだ。
テユカガは信じられないと首を振りオタルバの言葉を繰り返した。
「なに……? やられた? 死んだのか、あの老木が。イェメトはどうした」
「……死んじまったよ。燃やされちまって……大樹そのものが奴らに」
「そうか! そうか!」
オタルバの言葉を遮って興奮するテユカガの高笑いが響いた。
呆気に取られるオタルバ。
流石に目の前の老熊の反応は予想だに出来なかった。
先ほどまで共通の敵を相手にしていた間柄ではないのか。
「ならば消えろ! 出て行くがいい! ここは我らの島だ!」
「あんた……」
「なんだ、吾輩たちとやり合う気か? たった三人で何が出来る」
「オタルバ、一端退くぞ。この調子だとリオンたちが心配だ」
「猶予はやろう。日の出までに島を出て行け! 分かったか!」
テユカガは己の偉大さを家族や重臣に示すために強気の姿勢を取った。
押し黙るオタルバの肩に優しく手を置くロブだったが、普段なら強がるだろう彼女もこの時ばかりは衝撃が大き過ぎたようで大人しく従った。
ロブたちが背を見せると重臣たちが威嚇して襲い掛かる真似をしながら着いてくる。
万が一があってはならないのでエルバルドが威嚇し返しながら殿を務めた。
戦ってはならない。
敵ではないのだ。
ロブ達はリオンの元へ戻った。
案の定リオンたちは生き残りの亜人たちに囲まれていた。
亜人たちはラーヴァリエの生き残りを押さえつけていた。
その者は知っている。
先ほどの戦闘で巻き添えを食わなかったとはなんと悪運の強い奴だろう。
ルビクはオタルバの顔を見ると一縷の望みをかけて訴えてきた。
「オタルバ……助けて……!」
「ルビク……生きてたのかい」
オタルバの反応に亜人たちがざわついた。
やはり共謀者だったのかと邪推が飛び交う。
悠然と後を追って来たテユカガも到着した。
亜人たちは殺気立ち、皆殺しにせよと騒ぎ立てた。
「なんだあの者は」
「さあね。ラーヴァリエの生き残りさね」
「いいや、覚えているぞ。あの者は確かジウにいたな……」
「…………」
「そうか! あれに裏切られたか! あれがラーヴァリエの兵を招き、ジウの者どもが皆殺しとなったというわけか!」
大喝するテユカガの説明口調にアルマーナの住人たちは驚き喜んだ。
長年の因縁の相手がいつの間に滅びたというのか。
それならばルビクと呼ばれたこの人間はよくやってくれたものである。
しかしアルマーナをも襲った罪は重かった。
「オタルバよ。その者は我らの国の掟に則って裁かせてもらう。よいな?」
「好きにしな」
「そんな……待ってくれよオタルバ! リオンお願いだ、なんでずっと黙ってるんだよ! 君は……世界を救う巫女なんだろ? 救世主が、救える命を見殺しにしていいのか!?」
「あなたがそれを言うの?」
「なんだよそれ……。僕は……ラーヴァリエは……君の救う世界には含まれないのか? 僕だってこんなはずじゃなかったんだ。こんな……亜人になんか殺されたら僕は……楽園に行けなくなってしまう……!」
「あなたはこっち側にだって来れたはず。だけどあなた自身がこうなる道を選んてしまったんだよ。私はみんなを助けられるなら助けたい。でも……助けられない人がいるってことも、知ってるから」
「そんな……」
「ルビク。私の世界にあなたはいないわ」
「世界を救う巫女? その娘の事だったか。ぐはははは、それは大層なことだな! 信じてしまいそうだ、ぐわははは!」
「あなた、よく笑えるね。仲間も亡くなってるのに」
「弱き者は仲間ではない。弱き者ども同士で傷を舐め合う貴様らジウの白蟻どもと一緒にするな」
「そう……」
「さあ、もう話すことなど何もない。いいか、日の出までだぞ! さっさと出て行くのだ!」
「嘘だろリオン……待って……僕を置いていくのか!?」
「…………」
「ぼ、僕ならラーヴァリエのことをよく知ってるよ! きっと役に立てるから!」
「ルビク」
「リオン……友達だろ?」
「……じゃあね」
「いやだ! 行かないでリオン……オタルバ……助けてエルバルド、ラグ・レ!」
ルビクにはなんの同情も湧かない。
むしろ自分たちの手でけりを付けられなかったことが悔やまれるくらいだ。
亜人に囲まれたルビクは恐怖で動くことが出来ない。
半狂乱の声が立ち去る皆の背に刺さった。
「リオン、リオーーーーーン!!」
汚い言葉を浴びせかける亜人たちの囃し立てる声にルビクの声がかき消される。
リオンはしっかり前を見つめて歩いて行った。
辺りは明るくなりかけて、近く日は昇るだろう。
しかし暗闇では見えなかった凄まじい黒煙が空一面を覆わんとしているのだった。