穢れた炎 4
叫喚が聞こえる。
アルマーナが近い。
おかしなことだが同じ島にありながらジウの住人は誰もアルマーナに行ったことがなかった。
ジウの住人に領土を侵されないようにと常にアルマーナの民が見張っていたからだ。
「音が近いな。そろそろだ」
「リオン、魔法使いの気配は?」
「一つだけ。たぶんあれはルビク。でもサイラスもいるよ。あともう一人いる」
「もう一人? ……その、エーリカか?」
「違う。使徒になったエーリカは気配を消せなくなってた。たぶんあれはアルカラストだと思う。ラーヴァリエに他に魔法使いがいれば別だけど」
「光の矢の魔法を使うという男か」
「矢か。弓の勝負なら私に任せておけ」
「でもルビクの気配しか感じないんだろ? どうやって探すのさね」
「説明は後。私を信じて。まずはサイラスからだよ。あいつが一番厄介だから、逃がしちゃ駄目だよ」
魔力を消して気配を絶っている者をどうやって見つけるというのか。
リオンは答えなかったが確固たる自信があるようだ。
それにしてもなんと冷たい声色で淡々と呟くのだろう。
やはり連れてくるべきではなかったのではないかとロブは後悔していた。
リオンの心に傷を負わせてしまった。
悲しみに浸る隙もないほどに憎むことを覚えさせてしまった。
いや、リオンだけでなく自分以外の皆が冷静に見えて激情に囚われている。
取り返しのつかないことにならないよう制御しなくてはとロブは一歩下がった所から皆を見渡していた。
燃え上がる家屋が見えた。
アルマーナに着いたのだ。
亜人たちが戦っている。
ラーヴァリエ兵たちは人間よりも身体能力の高い亜人たちに苦戦しているようだった。
だが苦戦しているのは亜人たちも同じだった。
ラーヴァリエ兵の数が多すぎる。
しかも相手は同胞がいくら倒れようとも救済のために嬉々として向かってくる狂信者たちである。
消耗戦では圧倒的に亜人たちに分が悪かった。
集落のはずれでは狼の亜人が絶体絶命の状況に陥っていた。
多くの兵を倒したが多勢に無勢で四方を囲まれ、目の前の敵に食らいつこうとすれば後ろから槍で突かれる。
いよいよ膝をついた亜人。
その頭上に兵士が木槌を振り下ろさんとした時、空を切り裂いた矢が乾いた音を立てて兵士の兜に突き刺さった。
新手に反応できる兵士はいなかった。
風のように接近したとかげの亜人が剣を、尻尾を振るう。
流れるように繰り出される足払いと刺突と体当たり。
兵士たちはあっという間に動かなくなった。
「蛇もどき、それにオタルバだと!? 貴様ら、何をしに来た! ここは我らの土地だぞ!」
すんでの所で命拾いしたにも関わらず狼はエルバルドの姿を見て唸り声をあげた。
彼らにとってジウの住人は他の侵略者と変わらない存在なのだ。
分かり合えないことを知っているエルバルドは素知らぬ顔で血振りをするがリオンはエルバルドに対して放たれた侮辱的な言葉に眉を顰める。
そして嘆息し、見下ろして吐き捨てた。
「なんで、こんな時でもそういう態度なわけ?」
「礼でも言って欲しいのか、疥癬病!」
「……別に。私たちは私たちのやるべきことをやりに来ただけだから」
「出ていけ! 出て行かないなら殺すぞ!」
「落ち着くんだ。お前も深手を負っているだろう」
「ロブ、相手にするな。亜人にとってあのくらいの傷は致命傷にならん」
「じゃあ作戦を始めるよ。オタルバ、ロブ。魔力消して」
「もう行くのか? こいつはどうする」
「どうもしない」
「放っておけばいいさね。また襲われたとしてもあたしたちが助けてやる義理はないよ」
狼を無視して淡々と進めていくジウの住人たち。
こんな時でも協力しようという意思が皆無とは、アルマーナの民はどれだけ拗れればこうなれるのだろう。
敵の敵は味方というが当てはまらないこともある。
一行は戦闘の真っ只中にある集落へは突入せず、狼の亜人もそのままにして再び森の中に消えていった。
アルマーナの集落は谷間にあり多少の高低差がある。
いくつかある高所のうちの一つでサイラスは魔力を消して身を潜めていた。
転移の魔法使いは更生官長と共に計略を携えてリオンたちを待ち構えていた。
囮を使った奇襲である。
そろそろ巫女たちがここに来るのは知っている。
さきほどようやく魔力を消したようだがこの高台にいればどこから来るのかなど目視で丸わかりだ。
サイラスの見下ろす先には数人の兵士に預けた自失状態のルビクがいて、あれが囮の役を負っている。
ジウの住人にとってルビクは敵意をぶつけやすい裏切り者であるため彼を見つければ巫女たちは一気に制裁に向かってくるはずだった。
そこへ他の場所に隠れているアルカラストが魔法の矢を放つ。
混乱したところをサイラスが巫女を攫い雨燕の精隷石を取り返す。
巫女は北方守護家の血族なので殺すことは出来ないがあれさえ取り返せばこの地からラーヴァリエへ来るには再び船に乗るしかなくなる。
唯一神の復活に乱入してくることを物理的に封じればこちらの勝利が確定するというわけだ。
サイラスの魔力は既に若干ながら溜まっている。
短距離なら何回か転移出来るだろうし、二人だけなら今すぐにでもラーヴァリエに転移することが可能だ。
サイラスはアルカラストに従っていた。
同じ使徒になった者同士とはいえアルカラストは元神官でありサイラスは元二等国民なので身分の差は歴然であり有無を言わず従わなければならない。
それが気に入らなかった。
この計画は自分が進言したものなのにラーヴァリエへ戻って賞賛を浴びるのはアルカラストだろう。
自分のほうが有能なのになんと馬鹿馬鹿しいことか。
だからあの禿げ頭にはここで死んでもらうことにした。
サイラスはリオンと二人でラーヴァリエに転移するつもりでいた。
ようは首都に近づかせなければ良いので目指すのは北方守護領だ。
そうすれば自分は邪教の野望を阻止し北方守護家の血族を救った英雄となる。
魔法の矢を放って居場所をばらしたあの邪魔者はロブ・ハーストあたりが始末するだろう。
さあ、早く現れろ。
サイラスが己の策に自惚れて笑みを浮かべた時だった。
背後に強烈な寒気を感じた。
振り返った目に黒い炎雷を纏った盲目の槍使いが放つ切っ先が飛び込んだ。