穢れた炎 2
「みんな、ちゃんといる?」
「うーむむむ……いるぞ!」
「これが魔法か……なんか奇妙な感覚だったぜ」
「ふぁー」
大船団に囲まれた商船にリオンが帰って来た。
出迎えたウィリーやノーラたちに事の顛末を伝える。
モサンメディシュも再戦の準備を進めていることが予想されるのでダルナレアとは一刻も早く連携しておいたほうが良い。
シュビナに抱えられたアストラヴァも今頃無事に帰還しているはずなので船は港に入ることとなった。
「それにしても北方守護家がもう出てきましたか。組織形態が不明瞭なラーヴァリエですが、私みたいな者でも知っている名族中の名族ですよ」
「凄い奴なのか? 俺にはそうは見えなかったけどな」
「リオンと親戚だと言っていたな。だから出て来たのか? 情に訴える作戦だろうか」
「私の家族はジウのみんなだけだもーん」
「ま、戦力を前面に出してくるってえことは敵も本土に上陸されるのだけは阻止してえのかもな」
「この精隷石があれば首都にだってあっという間なんだから無駄な足掻きではないか!」
「馬鹿いうんじゃないよ。奴らの脅威は怯まないで突っ込んでくる頭のおかしい連中が何万といる事さね。少人数で行ったらこっちの体力が持たないよ」
「軍隊丸ごと移動って出来ないもんですかねえ」
「うーん……多分無理かな」
「精隷石も魔力を消費している以上は人数や距離で移動の可能不可能が決まるかもしれないな」
未だ未知数な雨燕の精隷石だが何度も試すことは難しい。
石に含有する魔力がある程度元に戻らないと再度使用することが出来ないからだ。
故に移動に使うには慎重にならなければならないだろう。
その事はすぐに思い知ることになる。
「え…………? え? うそ……なにこれ……?」
「リオン?」
各軍艦に移動の合図を出しウィリーの船が動き出した時だった。
リオンは恐ろしい気配を感じた。
それは以前アシュバルの魔法使いがブロキスによって殺害された時に感じた感覚に似ていた。
だが気脈の揺らぎはその比ではなく、脳裏にジウがよぎる。
「ひどい……すごい嫌な感覚……魔力が消えた……おじいちゃんの?」
蒼白になりながらも擦れる声を絞り出すリオン。
無意識のうちに涙が溢れ膝から崩れ落ちるリオンをオタルバが支えた。
ジウで恐ろしいことが起きている。
リオンの様子を見て誰もがそれを確信した。
「どうしよう……どうしよう……はやく、はやく戻らなきゃなのに……」
急ぎ状況を確認するべきだ。
だが出来ない。
リオンが混乱する理由は皆も痛いほどに分かる。
雨燕の精隷石は今使ったばかりで帰ることが出来ないのだ。
ウィリーとエルバルドが顔を見合わせた。
都合が良すぎる展開だ。
まさか敵はこれを狙って状況を作り出したのではないか。
そう考えると小舟を優先的に破壊した理由が繋がるのだ。
やられた。
敵はジウの後ろ盾を脅威にしていたのだ。
リオンほどではないにせよ、遠くにいながら気脈を辿り反魔法を使ってロブの暴走を止められるほどの魔法使いである。
決戦の際にもジウが助力してくることを恐れ、先んじて倒すことにしたのだろう。
大賢老とイェメトは攻撃の術を持たない。
もしも鉄壁の魔法が突破されたというのなら他に危機を打破できる術はないだろう。
そうなれば戦える者はルーテルしかいない。
あの猛牛が使徒相手に後れを取るとは思えないが、とどめを刺せないという特性上長期戦になったら分が悪かった。
一同は精隷石の回復と共にすぐにジウへ発てるようにとロブやシュビナとの合流を急ぐことにした。
争点となったのはリオンを連れていくかだ。
察するにジウを襲っているのは使徒だろう。
倒すならばリオンの力は不可欠だが状況的を鑑みれば既に凄惨な光景が広がっていることは目に見えていた。
リオンの心に大きな傷を負わせてしまうのではないかと懸念する一同を余所にリオン自身は自らも行く意を押し通した。
ここで待ってなどいられなかった。
「それにしても何故だ……イェメトの鉄壁の睡眠魔法の壁を、どうやって突破したんだ」
信じられないとラグ・レが首を振る。
考察しても理解の及ばないことだが精隷石の回復を待つ時間は長すぎた。
ダルナレアに到着しロブとシュビナと合流した面々はアストラヴァにも状況を教えた。
モサンメディシュの今後の行動も気になることからリオンたちは二手に分かれることにした。
ジウへ向かうのは先に里帰りした者たちに加えてエルバルドとノーラだ。
一刻ほど経ってからようやく精隷石に魔力が戻った。
すぐさま縮地法でジウへ赴おうとするが内部を思い浮かべても魔法が発動しなかった。
妙なことだと更に不安が募る。
改めて入口前を想像することで転移した一同が見たものは黒煙を上げて燃え盛る世界随一の大樹の姿であった。