夢の終わりにみた夢 9
一方その頃リオンたちはモサンメディシュの来賓館を脱出していた。
海岸に着いた時に多くの兵が襲い掛かってきた以降は順調である。
それには理由があった。
リオンたちが来ることは予想されていたことだったのだ。
建物を出ると屋根にとまっていたシュビナが降りて来た。
全ての兵士はエルバルドのほうに行き、多勢に無勢で船が壊されてしまったという。
今は大勢に囲まれた状態で膠着状態となっている。
敵は船を壊し逃げられないようにしたうえで各個撃破する策略だったということか。
してやられたと思いつつもリオンたちにはまだ逃げ出す手立てがあった。
精隷石の力でウィリーの船に帰るのだ。
その場合アストラヴァだけは船の記憶がないので一緒に帰ることが出来ないが、シュビナが抱えて飛べば良い。
今のうちに計画を共有しておき一行は海岸へと急いだ。
雨燕の精隷石は使用する距離や人数によって消費する魔力が変わるらしい。
何度も試したわけではないので具体的にどうすればどうなるのかは分からないがジウに里帰りした時には半日ばかり機能が失われたようだ。
今回は人数が多いとはいえ目と鼻の先に移動するだけなのであの時よりは消費する魔力も少なく再び使えるようになるのは早いだろう。
とはいえ連続して使わなければならない状況でもないのでそんな事は気にする必要もなかった。
夜の見知らぬ街を駆けて浜辺に戻る。
シュビナの言う通り海岸では大勢の兵士がエルバルドを囲っていた。
群がる敵にたった一人で小舟を守ることなど出来なかった。
こっちにもっと頭数を割いておけばこの後の展開は大きく変わっていたのかもしれない。
「エルバルドの旦那! おら! どけや、てめえら!」
リオンたちの登場に気づいた兵士たちが振り返り合流を阻止しようと立ちはだかる。
隙を見てエルバルドと合流し縮地法を発動させなくてはとリオン達も戦闘の構えを取った。
だがその時後ろで鐘がなった。
今来た道を振り返ると奇妙な男が歩み寄って来ていた。
男は絢爛な衣装に身を包み、大層な獣の皮をまとった鷲鼻の中年だった。
暑いだろうに汗を流しながらも装飾を減らそうとはせずに数名の使用人に扇がせている。
足元では長絨毯を抱えた二人が砂地に絨毯を敷き、回収してはまた敷いてを懸命に繰り返して男の歩く道を作っていた。
見るからに面倒な奴が来た、とリオンたちの誰もが思った。
「……海は嫌いだ。靴の中に砂が入って気持ちが悪いっ。これはまるでそう、救済を求め我が御足に縋る浅ましき民草どものようだ。ああ不遜!」
「なんだあいつ」
「また妙なのが現れたなあ」
「うん? 言葉が分からぬのかね? まずは吾輩の足労に謝辞を述べよ」
「は?」
「分からぬか。吾輩が、出向いている。感謝の気持ちを表すべきだと仰っておるのだ」
「仰るって……自分に使う言葉じゃないねえ」
「むむっ、不遜なるけだものめ。死刑っ」
「で、何よあなた。いきなり現れて」
「皆さんお気をつけなさってください。あれはランスロット・アーバイン。ラーヴァリエの大貴族の一人ですわ!」
アストラヴァの言葉に反応したのはリオンだけだった。
「アーバイン!?」
「どうしたリオンちゃん、知ってんのかい」
「アーバインってラーヴァリエの北のほうの偉い人だよ。教皇が北方守護家とか言ってた。あと、たぶん私の親戚。なんでここに……」
「親戚!? あれが!?」
「そうだとも娘子! 吾輩はお前の父バティスタンの長兄っ、ランスロットぉ……アーーーバインであるっ。君の伯父にあたる者だ。そして偉大なる北方守護家の次期っ当っ主! 何故ここにおわすかと? この地も我がアーバイン家の御料地だからに決まっておるだろう」
「伯父!?」
「本当なのかよリオン……あんな奴が親戚なのかよ!」
「たぶんね。やめてラグナ、同情した目で見ないで」
「なんか後ろのモサンメディシュの兵士の皆さんがざわついてるなあ。おい、ここがお前さんの領土だったなんて皆さんも初耳だったみてえだぜ」
「黙れ覆面男、貴様も死刑っ! 神聖なる吾輩の御足は穢れた地を踏むことが出来ぬ! だから吾輩の御領にしてやるというのだ。吾輩がそうであれと仰ればそうなるのだ!」
「リオンどうする?」
「どうもしない。帰ろ」
「えっ」
「いつかは会うと思ってた。ラーヴァリエに連れていかれた時に本当は会うはずだったらしいし。でも、親の事だってよく知らないのに親戚なんかもっと知らないよ。はっきり言って他人だし、私が巫女だって知ってるくせにまだラーヴァリエ側についてるならもうどうでもいいよ」
「貴様! 葛藤は、葛藤はないのか! 偉大なる北方守護者の次期当主であり、お前の父の兄たる偉大なる吾輩と謁見しておるのだぞ!?」
「ない。偉大偉大うるさい」
「なんと不遜な……!」
「来たぞ」
「あ、エルバルドが来た。じゃあ行こっか。みんな、縮地法つかうよ! シュビナはおばさんのことお願いね!」
「ぎいー」
「おばさん……?」
「待たせた。すまん、舟が壊された」
「エルバルドお疲れさん。怪我はないかい?」
「俺は問題ない」
一帯に沈黙が流れる。
アーバインの唐突かつ意味不明な登場に釘付けになってしまった兵士たちはエルバルドが包囲を歩いて抜けてリオンたちと合流するのに気が付かなかった。
淡々と、リオンが精隷石の魔力を解放する。
何をしようとしているのかが分かるのはアーバインだけであとの敵勢は訝し気に様子を見守るばかりであった。
「逃がすとでも思ったかね!? 我が高貴なる法力をとくと味わうがいい!」
「え、やだ」
「なっ!? 法力が使えないだとっ!? そうか、これが反魔法だな!? 目上たる吾輩に逆らうとは何たる不遜!」
「あいつ元気だなあ」
シュビナがアストラヴァを抱えて飛び立つ。
兵士たちが慌てるも時すでに遅く、見上げていると今度はリオンの周りで風が吹き荒れた。
空間が歪み消えていく。
果敢な兵士が飛びついたが揺らぎの中に消えていくリオンたちには触れることも出来なかった。
「逃げられた……ふ、ふふ……」
狼狽する兵士たちを前にしてアーバインは笑った。
その顔に悔しさがにじむことはなかった。
むしろ予定通りである。
小舟を壊し、堂々と現れたのは精隷石を使わせるための計略だったのだ。
「役目は果たしましたぞ、猊下!」
気脈の僅かな乱れが合図となった。
それに合わせるように悪意が移動した。
移動した悪意は魔力を消して歩み寄る。
全世界を揺るがす大事件が起きようとしていた。